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血を抜いて、草の上で寝る 2
しおりを挟む美那子が本棚の整理をしていると、気分の問題であろうか、ロクな本がないと思われた。詩興の不在が寒い寒い。いずれ帰って来るであろうか。
そう思っていると、ふと見慣れぬ背表紙があった。《忘れられないお話》と題されているけれど、ハテこんな本があったかしら……そうだ、いつだったか縁日ヶ丘で古本屋さんというか、なんでもかんでも叩き売りにしている中にあったから買ったんだ。
そして読んだに違いないのに、いっこも思い出せない。《忘れられないお話》の内容が、いっこも。
著者の名前は画数が多過ぎて一発では読めなかった。開こうとしたけれど、なんとなく踏みとどまらされるものがあって、ちょうど命子がいたので「これ面白いよ」と言って渡した。命子は楽しそうに受け取った。美那子がちょっと席を外して、こっそり覗けばちゃんと読んでいた。その日の夕食時、
「今どのへん?」
「今は、あそこ――ほら主人公が、」うんぬんかんぬんと説明するのを聞いて、
「はいはい、そこね」
とは答えつつ、いっこも思い出せなかった。
行く気はあっても仕事のない日が続いて、少し連続で休むと休み癖がつき、のちに社長から連絡があってもしばらく断って、良助に借りた古いゲーム機を静華さん宅に持ち込み、古いゲームをたいそうやった。命子はナビ係を買って出て、黄色くなったボロボロの攻略本を読みふけり、ネットで裏ワザだの隠れイベントだの夢中になって検索していた。
これさえあれば生涯の無聊がまかなえるかもしれぬと思われた。かつて少女漫画や児童文学やテレビドラマに対しても覚えたことのある感覚だった。
これがあるなら生きるに堪えるというような。この世に存在する名作ぜんぶに触れ尽くしてしまったらと考えると恐ろしいけれど、鬼のように長生きしたりしなければ、触れ尽くしてしまう前に逃げ切れるだろうし、あとで触れ直すと印象が変わっていたり、何度もくり返し触れたくなる作品もあるからには、千歳まで生きても追いつかれないやもしれぬ。
それはとりもなおさず永遠の命の獲得であった。
けれどもけっきょくその時は来た。飽き飽きして締まらなかった。苦痛でさえあった。生涯まかなえる――中毒になったら成し遂げられるかもしれないと思うけれども、中毒というものもまた能動的にはなかなかなられない、なにか先天的の才能めいた、階級的の産物であるように感ぜられた。
永遠の命は断念して、良助にゲーム機を返した。
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