縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

文字の大きさ
50 / 93

血を抜いて、草の上で寝る 2

しおりを挟む



 美那子が本棚の整理をしていると、気分の問題であろうか、ロクな本がないと思われた。詩興の不在が寒い寒い。いずれ帰って来るであろうか。

 そう思っていると、ふと見慣れぬ背表紙があった。《忘れられないお話》と題されているけれど、ハテこんな本があったかしら……そうだ、いつだったか縁日ヶ丘で古本屋さんというか、なんでもかんでも叩き売りにしている中にあったから買ったんだ。

 そして読んだに違いないのに、いっこも思い出せない。《忘れられないお話》の内容が、いっこも。

 著者の名前は画数が多過ぎて一発では読めなかった。開こうとしたけれど、なんとなく踏みとどまらされるものがあって、ちょうど命子がいたので「これ面白いよ」と言って渡した。命子は楽しそうに受け取った。美那子がちょっと席を外して、こっそり覗けばちゃんと読んでいた。その日の夕食時、

「今どのへん?」
「今は、あそこ――ほら主人公が、」うんぬんかんぬんと説明するのを聞いて、
「はいはい、そこね」

 とは答えつつ、いっこも思い出せなかった。

 行く気はあっても仕事のない日が続いて、少し連続で休むと休み癖がつき、のちに社長から連絡があってもしばらく断って、良助に借りた古いゲーム機を静華さん宅に持ち込み、古いゲームをたいそうやった。命子はナビ係を買って出て、黄色くなったボロボロの攻略本を読みふけり、ネットで裏ワザだの隠れイベントだの夢中になって検索していた。

 これさえあれば生涯の無聊ぶりょうがまかなえるかもしれぬと思われた。かつて少女漫画や児童文学やテレビドラマに対しても覚えたことのある感覚だった。

 これがあるなら生きるに堪えるというような。この世に存在する名作ぜんぶに触れ尽くしてしまったらと考えると恐ろしいけれど、鬼のように長生きしたりしなければ、触れ尽くしてしまう前に逃げ切れるだろうし、あとで触れ直すと印象が変わっていたり、何度もくり返し触れたくなる作品もあるからには、千歳まで生きても追いつかれないやもしれぬ。

 それはとりもなおさず永遠の命の獲得であった。

 けれどもけっきょくその時は来た。飽き飽きして締まらなかった。苦痛でさえあった。生涯まかなえる――中毒になったら成し遂げられるかもしれないと思うけれども、中毒というものもまた能動的にはなかなかなられない、なにか先天的の才能めいた、階級的の産物であるように感ぜられた。

 永遠の命は断念して、良助にゲーム機を返した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...