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なにもかもから脱出しようとして、二人は全力を尽くした 1
しおりを挟む泊まりに来た命子は、メールでは太りましたと言っていたけれども、別にそうも見えなかった。確かにどことなく丸みを帯びた感じはあったけれど、それは内面から来るものであるように感ぜられた。
久美子が幸い親のどちらにも似ず、社交的で忍耐強くて成績がよくて友だちも多いという話、賢也にカノジョができた話。こちらからは知恵の話、爽子の話、重範と日南子の話。
――やがて美那子が命子に言った。
「一年間だけ母親をやめて、私と逃げてくれる?」
命子は即座に「どこへでも行く」と答えた。
それで美那子は安喜子さんに連絡を取った。おいでなさいと返事が来たのでさっそく訪ねた。すると、安喜子さんはなにやらたいへん元気そうなのだった。どこか異様なほど溌剌としている。いやに輝く瞳で打ち明けるのには、
「ここで喫茶店をやろうと思っているの。もしあなたたちが住み込みで手伝ってくれるなら、たいへんありがたいんだけれど。一緒にやってみない?」
二人は承諾した。知恵が、二人をそんなにどっぷり巻き込むことについて色々と常識的な意見を述べたけれども、内心は歓迎らしかった。
彼女は塾講師を辞めていた。ここしばらく、喫茶店を営業するために必要な各種手続きや、資格やら免許やら取得することに奔走していたそうな。
安喜子さんのためにすべてを捧げる心かと思えば然にあらず、知恵は知恵でこの洋館をゆくゆくは地上の楽園めいた高級穴場ホテルにする計画なのだと打ち明けた。それについて安喜子さんは、まず盤石の喫茶店を実現させるという道をちゃんと通るのなら、今の段階ではなにも言うまいという結論らしかった。
美那子と命子はそれぞれいったん荷物を取りに帰った。すなわち美那子はマンションを引き払い、ふたたび百貨店を辞めた。
もう言われないだろうと思っていたけれど、このたびも「いつでも戻って来て下さい」と熱心に言われた。言われない人々の怨念を浴びる心地であった。
爽子がひどく寂しがり、重範が全力で阻止しようとした。
命子のほうは、じっとこらえる久美子の寂しそうなあきらめ顔に後ろ髪を引かれ、賢也に怒鳴りつけられ、父母の失望落胆の表情は正視するに堪えなかった。
人情と良識が途方もない重みで二人の行く手を阻んだ。けれども約束の時間には二人並んで単線の二両列車に座り、洋館に向かって運ばれていた。
陸からはもう手の届かない、遠い沖の流れであった。
オリジナルブレンドコーヒーと、知恵の手になる安喜子さん直伝のキッシュとパイ、それからケチャップ任せのナポリタンや、マカロニだらけのグラタンや、卵の固いオムライスや、パンの分厚いピザトーストや、バターとメイプルシロップでいただくホットケーキや、さくらんぼの赤いメロンクリームソーダや、コーンフレークまさりのパフェ等々あえてノスタルジックなお品書きを作成し、新作の開発は追い追い。
有線でよいと知恵が言ったけれど安喜子さんが断乎ゆずらず、レコードのクラシックがかけられた。
開店前夜にみんなでワインを飲んでいると、遠くから祭囃子のような音が聞こえる。
「そうそう」と安喜子さんが言った。「こないだ美那子さんが二度目に来た、すぐあとくらいかしらね。向こうの雑木林の中に、露店ヶ原というのができたのよ。なんでもね、廃れゆく露店文化を保存するために、政府だか民間だか知らないけれど――」云々。
喫茶店は、馴染みのタクシー運転手が宣伝してくれて、地元の常連さんが数人ついたけれど、おおむね閑古鳥が鳴いていた。
評判は悪くなかった。料理も、店内の雰囲気も、裏庭に設けられたテラス席も、アカマツ林に面した二階席も、煉瓦の壁に囲まれた庭園(要予約)も、看板娘たちも。ネット上のレビューには、検索しなければたどり着けない一件だけのものにもせよ、現代の隠れた仙境とまで謳われた。
けれども、けっきょく立地が悪過ぎるのだと思われた。
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