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塚銛イオ

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4.子どもじゃないですからっ。

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「んっ・・・。」

紫沫が目を覚ますと、そこはやはり記憶にあるベッドの上だった。
広々としたベッドの上で、きっとここは自分が生きていた場所とは違うのだろう、と昨日の出来事を思い浮かべながら再認識した。

(だって、耳っ。ケモ耳ついてたっ。)

脳裏に浮かぶのは昨日の男の頭に付いていた耳だ。
カチューシャのようなファッションとは言い難い、滑らかな曲線と、音に反応するその様子から作り物ではないと思う。

それに、動物の毛というとごわごわとした短い毛を思い浮かべる事が多いが、触れてみると見た目以上に柔らかい毛もたくさんあるのだ。あの耳は柔らかそうな毛質をしていた。

もっとも、ごわごわとした毛も手触りは太く硬いものだが、一本一本の毛の力強さを感じさせてくれるものでもあって、紫沫にとってはそれもまた愛しいものだった。

(あのケモ耳、動きも可愛かったな。それにさ、尻尾、尻尾だよっ。ああ、もう一回ちゃんと見たいなぁ。
それにしても・・・あの人?人で良いのかな?まぁ呼び名なんてどうでもいいか。
あの人、一体何であんな事したんだろ・・・。)

知らない男に裸に剝かれ、あまつさえ自分の大事な部分を見られ、擦られ、最後までイってしまった。

そこに全く嫌悪感がなかったのは疲労と空腹から意識が朦朧としていたからだろうか。
それとも、ぴょこぴょこ動くケモ耳と、ふさふさ尻尾に目を奪われたからだろうか。

理由はどうあれ、少なくとも紫沫にはあの男との行為が”嫌なもの”とは認識できなかった。
ただ理由は知りたいと思ったが・・・。

ふと、自分の身体を見ると紫沫は見た事のないワンピースのようなつなぎの衣を着ていた。
色はベージュの大人しい色だ。前合わせになっている浴衣みたいな造りだ。

「これ・・・着替えさせてくれたのかな?」

ふわりと花のような華やかな香りとお日様に当てて乾いたぷくぷくとした匂いがする。
洗濯された清潔な衣類なんだと思うと着替えさせてくれた男に感謝した。
多少、ワンピースみたいな形が残念ではあるけれど。

このままベッドにとどまっていてもどうしようもないか、と紫沫は起き上がり男を探しに行く事にした。
結局ここは何処で、あなたは誰で、この世界はどんな世界なのか、というのは聞かない限り分からないからだ。

「この服・・・もしかしてパジャマなのかな?こんな格好で外に出ても怒られないかなぁ。でもこれしかない・・・よね。」

ちょっと不安にはなるけれど、自分が着てきた洋服は見当たらないし、確か腰に掛けていたシザーケースも見当たらない。
あれは大事な自分の商売道具だ。取られたなら取り返さなくてはならない。
一生懸命働いて、少しずつ貯めたお金で買った散髪用のハサミやコームがあれには入っている。

紫沫はあまり物に執着する性格ではなかったし、なるようになる、という性格でもあったが、あれだけは取り返したいと思った。
それだけ紫沫にとって大切で大事なものだったのだ。

「よっと。」

紫沫が小柄だからというよりも、このベッドが大きすぎるのだ。
紫沫が床に降りようとすると、思った以上に高く床からの距離があった。

ずっと歩き通しだったし、疲労もあった。そして、昨夜のアレコレで身体の機能が強張ってしまったのか。
紫沫はしっかり降り立つ事が出来ず、ヨロヨロと倒れそうになってしまった。

「おいっーーー。」

いつのまに傍にいたのか、紫沫の身体は男の腕の中だった。倒れそうになった腰と肩に腕を回され支えられている。
力強い腕で体勢を立て直されると、ひょいっと両脇に手を差し入れられそのまま持ち上げられた。

「わっ。」

「危ないからそのままな。お前はもう少しベッドで寝てろ。」

これまたひょいっという感じでベッドに降ろされた紫沫は、宥めるように頭をぐりぐりと撫でられた。まるで小さな子供扱いだ。
そのまま背を向けて去って行こうとする男に向かって、紫沫は慌てて声を掛けた。

「あのっ、ちょっとまって。」

「ん?」

「た、助けてくれたんですよね?ありがとうございます。」

昨夜の身体検査もどきのアレコレはさておき、紫沫が林の中で倒れたのは確かだった。その時この男の姿を見た覚えはないが、自分がこうして世話になっているという事は助けてもらったのだろう。

記憶が間違ってなければあの時見たのは銀色の綺麗な生き物だったはずだ。もしかして目の前のこの男はあの銀色の動物の事を知っているのかも知れない。

そう、あの光輝く銀の艶やかな毛並みを持つ孤高の狼・・・。あの毛に指を差し入れて、思う存分モフモフしたい・・・。
そんな風に妄想してしまった紫沫の様子に男は不思議そうな顔をしていたが、取り合えず答えてくれた。

「ああ、まぁな。お前が道の真ん中で倒れてたんだからしょうがないだろ。俺だってそこまで薄情じゃない。」

「え?道?」

「なんだ、お前記憶がないのか?もう辺りは暗かったしあのままにはしておけなくてな。俺が自分の家まで連れて帰ったんだぞ。」

道の真ん中で倒れた記憶なんてない。
紫沫は男が自分に嘘をついているんじゃないか、と思った。けれど、すぐにその疑念を打ち消した。
だって、紫沫を騙して何の得があるのか。

きっとこの男は口では面倒くさいと言いながら放っておけない気の良い男なのだろう。
そう結論付けた紫沫はもう一度頭を下げた。

「そうですか。ご迷惑おかけしました。つきましては、少々お伺いしたい事があるんですが・・・。」

「なんだ、その喋り方?子どもがそんな喋り方しなくていいんだぞ。もっと大人になってからで十分だ。」

男は紫沫の頭をもう一度よしよしと撫でた。
本当に紫沫の事を年端もいかない子どもだと思っているらしい。

「いえっ。あのっ、僕子どもじゃないんです・・・。」

「いやいや、大人をからかうもんじゃないぞ。お前どう見たってまだ乳飲み子ぐらいの大きさじゃないか。」

「ち、乳飲み子!!」

「いや、それは言い過ぎか・・・。でも手だってこんなに小さいし、毛は頭にしか生えてないし、耳もツルツル。尻尾だってなかっただろ。もっと大きくなったら生えてくる種族なのか?」

「しゅ、種族・・・。」

「俺もそんなに博識って訳じゃないからな。お前みたいなのは見た事がないんだけど・・・。種族は何なんだろうなぁ。お前親はどうした?名前は?」

ここに来てやっと名前を尋ねられた。
ずっとこのまま名無しでいなければならないのかと思った。

「紫沫(シブキ)と言います。親は・・・知りません。僕、親の顔見たことなくて。」

そう言った紫沫の顔を見て、男は少々痛そうな顔をした。

こんな顔は見た事がある。
紫沫が『親の顔を知らない』『児童養護施設出身だ』と言うと決まって現れる表情。
可哀想、悪い事聞いたな、といったマイナスの表情だ。

紫沫にとって親の顔を知らない事はもうどうにもならない事実だった。
時間は巻き戻せないし、親というのがどういうものなのかよく分からない。
知らないものはそんなもの、そう生きてきた紫沫にとって相手から受ける同情は理解できないものであった。

それでも、そんな顔をさせてしまって申し訳ない、という気持ちは生まれる。

だから、紫沫はあまり親がいない事を他人に話す事はしなかった。なのに、この現状に普段の思考回路が混乱しているらしい。落ち着いた態度ではいられない。

「あっ、あの。あなたはどなたなんでしょう。しゅ、種族は?」

「ああ、俺はロウ。種族は狼。バーウルフっていう種類なんだ。」

「バーウルフ?普通の狼とは違うんですか?」

「いや、普通の狼と同じだよ。バーっていうのは俗称さ。バーミー地方に端を発する狼ってだけだ。」

「バーミー地方・・・。」

「そういや、シブキは?どこ出身なんだ?大人になってどんな尻尾が生えてくるんだよ。」

何故かワクワクとした感じで琅が詰め寄ってきた。

「お前、本当にツルツルだもんな。ちょっと転んだだけで大けがでもしそうで危なっかしい。」

結局元に戻ってしまった琅の誤解を解こうと紫沫は琅の腕に縋り付いた。


「僕、本当に子どもじゃないんですっ。僕、こう見えても20歳ですから!」

「へ?」

男は何を冗談を、という顔をしていたが、紫沫が至極真剣な顔つきでジッと見ていると、じわじわとその表情を変えた。


「だからもう成体?なんですぅぅ・・・。」


「嘘だろっ!!」
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