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5.この世界は。
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紫沫の年齢を聞いた琅は驚愕の表情で暫く紫沫の顔を見つめていたが、ありえないとばかりに首を左右に振ると、はぁっと息を吐きだした。
そんな琅の姿をみて、紫沫はどれ程自分が子どもだと思われていたのか深く理解した。
(でも子どもだと思っていた相手にあんな事する?とんだ淫行ヤローだよね・・・。)
心の中でこっそり毒づいたのは秘密だ。
「あ、あの。ここってその・・・琅、さんのお家なんですよね・・・。み、道に倒れてたって言ってたけど、僕あんまり覚えて無くて・・・。」
本当は理解している事が少なすぎて何も分からない事だらけだったのだが、ソコを突っ込まれると困るので紫沫は記憶があいまいだという事で押し通してしまおうと思った。
「ここは確かに俺の家だが、時折しか使わないんだ。街には違う家がある。本当は昨日ここを発つ予定だったんだがお前を拾ったからな。それもまた延期だ。」
「え、そ、それじゃとってもご迷惑かけたんじゃ・・・。琅、さんに・。」
「その『琅さん』ってやめてくれ。ロウでいいよ。お前みたいなちっこい奴があんまりにも丁寧な言葉で話してるってもの違和感あるからもっと気楽に話してくれていい。」
急にそんな風に言われてもドキドキするだけだ。
紫沫にはそんな気安く話しかけられる友達も知り合いもいなかった。
店では一番下っ端だったからか敬語で話す先輩しかいなかったし、例え年下であっても紫沫の小柄な体躯にタメ口で話される事が多かったからだ。
「じゃ、ロ、ロウ。こ、これでいい?」
おそるおそる名前を口に乗せると、琅は満足そうにうなずいた。
「ああ、それでいい。で、お前はなんであんな場所に倒れてたんだ?見た目は子どもだぞ、子ども。お前みたいなのが一人であんな時間に歩いてたら攫われて売られるのが関の山だぞ。」
「さ、攫われ?う、売られちゃ・・う?」
「ああ、この辺りはウィッチ地方の外れで城壁の側でもあるからな。外から迷い込んできたやつを狙う悪い連中も多い。壁の外のやつらはウィッチの内情なんて知らないからな。せいぜい噂で良い事ばかり聞いてきたんだろ。夢を持って家族で移住してくるやつらが多いんだ。」
琅の言う城壁っていうのは僕が通ってきたあの壁の事か、と紫沫は思った。
「子どもは高く売れる。労働力としても性的奴隷としてもな。」
「ど、奴隷?」
「そうだ。世の中には子どもみたいに柔らかくて美味そうな身体に興奮する変態も多いって事だ。親たちは獣の属性が入ってるから身体は硬くて中身しか売れないってものも多いさ。」
「な、中身・・・。」
もはや琅の言葉を繰り返す事しか出来なかった。
自分が生きてきた世界とはまるで違う暴力的な行為がまかり通る世界なのだと背筋が凍った。
「子どもとはいってもお前みたいに耳も尻尾もない種族はいない。シブキは身体中が柔らかくて滑らかだ。年齢を聞いたとてそのナリじゃ子どもと変わらないさ。お前の場合は乱暴される恐れもあるが、気を付けないと本当に食われる恐れもあるぞ。」
琅の言葉にギョッとした。
性的に乱暴されるのも恐ろしい事なのに、本当に餌のように食料として食べられてしまう恐れもあるだなんて・・・。
余りにも常識というか倫理観の違いにビックリした。
「お、同じ種族ではないですけど、お、同じ獣人?を食べる事なんてあるんですか?」
「ほとんどないさ。それはやっぱり禁忌だからだな。それでも昔からそう言った悪習を繰り返してきた野蛮な奴らが世の中に少数であってもいる事はいるんだ。やつらは一つの場所にとどまらない。だから注意が必要なんだ。」
厳しい顔でそう琅に言われ、紫沫はあまりの内容に涙が浮かんでくる。
どうしてこんな場所に飛ばされてしまったのか。
ただお店で閉店準備をしていただけなのに。
やっとお客さまに喜んでいただけるようになってきた矢先だったのに。
そんな些細な自信も全て無くなってしまった・・・。
これから僕はどうしたらいいんだろう。
この世界の常識も分からないこの状態でもし琅に放り出されたら・・・。
そう思ったら紫沫は半分パニックになりながら琅の腕をぐっと掴んで訴えていた。
「ぼ、僕、何にも分からなくてっ。お願いです。街へっ、街へ連れて行ってくれませかっ。」
「ま、街か?」
「そ、そう。ま、街へ行ったらや、役所?みたいな人を管理する場所ってあるでしょ?ぼ、僕みたいな迷い人もどうにか面倒見てくれたりするんじゃ。」
「あーまぁなぁ・・・。迷い人は一応届け出することになってはいるからなぁ・・・。でもなぁ・・・。」
紫沫の涙を浮かべて更に幼さを増した顔を長々と眺めていた琅だったが、渋々ながら頷いてくれた。
「取り合えず街まで一緒にいってやる。その後の事も取り合えず心配するな。俺が何とかしてやるから。」
「え?その後?」
「あ~~。取り合えず、追々な、追々。」
どうやら今はその話をする気がないらしい。
それでも街まで連れて行ってくれるという琅の言葉に一気に力が抜けるのが分かった。
ぐぅぅぅぅ
力が抜けたら今度は腹の虫が鳴った。
それはそうか。もう丸一日以上食うや食わずだったのだ。
「ははっ。腹の虫は大人顔負けだな。」
「だから、大人ですって。」
「分かった、分かった。取り合えず食事にしよう。」
琅は快活にそう笑って言うと、紫沫の頭を子どもにするようにグシャグシャにしてから食事の用意に向かった。
今の仕草はどう見たって子どもにする事だな、と紫沫は琅が自分の事をやっぱり子どもだと思っているのではないか、と疑いながら後を追った。
++
「美容・・師?」
「ええ、僕、美容師見習いだったんです。」
「美容師見習い・・・。」
「そうです。髪を切ったり、整えたり。街にはありませんか?」
「髪を切る・・・。」
簡素な木のテーブルに並べられたのは見た目サンドイッチのようなものだった。
薄く硬そうなパンからはみ出していたのは肉のように見える。
パサついたこれまた堅そうな食感に躊躇したが、とにかくお腹の空いていた紫沫は何とか一口齧ると、口の中で何度も何度も噛んで飲み込んだ。
少し塩辛い。それでも噛んでいるとじわじわと旨味が溢れてくる肉だ。
硬いパンは少し酸味があるもので紫沫には食べ慣れぬ味だったが文句など言えない。
こうやって食事を分けてくれるだけでありがたいのだ。
食事をしながら紫沫は自分の事を少し琅に話して聞かせた。
この世界が何処なのかは既に問題ではなく、これから自分はどうやってこの世界で生きていけばいいのかを考えないとならないと思ったからだ。
紫沫のなるようになる精神は順応性もまた発揮したようだった。
このままここで暮らすのであればやはり仕事をしなければならないだろう。
どこでもタダで食べ物が手に入るような事はないのだ。
であるならば自分が出来る事を仕事にするほかない。
紫沫は元いた世界と同じように美容師として働く事が出来れば、と思った。
幸い、琅に聞いたら紫沫のシザーケースはきちんと保管されていたし、見せてもらったが特に破損したものもなかった。
それならば同じような職場?があれば自分もこの世界でやっていけるだろうと考えたのだったが目の前の琅の表情はどうも冴えない。
「あーシブキ。その、美容師?ってのは髪を切ったり・・・その、整えたりするんだよな?」
「ええ、そうです。・・・髪・・・伸びますよね?」
見た目は自分と同じような身体付きに耳と尻尾がついているだけのように見えたので、獣人の彼らも同じように髪が伸びると思ったのだが違うのだろうか。
「そうだなぁ。確かに髪ってのは伸びるけどみんな適当に自分で切ってるはずだぞ。若しくは母親や女房、恋人なんかに切ってもらうとか。それこそ伸ばしっぱなしの奴だっているぐらいだ。」
「そ、そうなんですか。」
「あー、ほら・・・髪を切る時って耳が近いだろ。耳ってのは俺たちにとって急所にもなるんだよ。尻尾もそうだけどな。結構無防備なわけ。それを触らせるってのは信頼できる奴にしかさせないのが俺たち獣人の習性なんだよ。ましてや刃物をもってたりしたら信用できる奴にしか任せられないしな。」
「そうなんだ・・・。」
琅の説明を聞いて紫沫は酷くガッカリしてしまった。
今の話からすると、髪を切れるのは家族や恋人じゃないと無理のようだ。という事は美容師のように散髪を生業にしている店なんかも無いのだろう。
(いい案だと思ったのにな・・・。)
紫沫が出来る事などそれ程ない。
ましてやこの場所では自分が生きてきた常識だって通用しないかも知れない。
またふりだしに戻ってしまった紫沫は、肩を落としてモソモソとパンを齧った。
「まぁ、そんなに落ち込むな。街に付く間に何か思いつくかも知れないだろ。なっ。」
頭をグリグリと撫でられる。
もう琅には何度もされた行為であるけれど、慰められているのは分かる。
そんな琅の優しさが嬉しかった。
「ああ、シブキにはそれちょっと硬かったな。俺用の食事だったからな。スープでもあれば良かったんだが、あいにくもう発つ予定だったから食材なんかは処分した後だったんだよ。」
申し訳なさそうにそう言われこちらの方が恐縮してしまう。
「ごめんなさい。全部は食べれなかった。味は美味しいんですけど、顎が・・・。」
何度も何度も噛んでいた為、次第に顎が疲れてしまっていた紫沫は正直に話して謝罪した。
ここで頑張ってもしょうがないという気持ちもあった。
「いや、いいって。取り合えず今夜もここで過ごして、明日出発しよう。俺はこれからちょっと出かけてくるから。シブキは明日に備えてゆっくりしてろ。」
紫沫の食べ残したサンドイッチをひょいっと一口で飲み込んでしまうと、琅は食器を片付けて出かけていった。
あっという間の出来事で、ごちそうさまの一言も言えなかった紫沫だったが、辛うじて小さく
「いってらっしゃい」
という事は出来た。
誰かの為に『いってらっしゃい』なんて言葉をかけたのは初めてだ。
その事実が面映ゆくて、琅が出て行ったドアを暫く見つめ続けていた紫沫だった。
そんな琅の姿をみて、紫沫はどれ程自分が子どもだと思われていたのか深く理解した。
(でも子どもだと思っていた相手にあんな事する?とんだ淫行ヤローだよね・・・。)
心の中でこっそり毒づいたのは秘密だ。
「あ、あの。ここってその・・・琅、さんのお家なんですよね・・・。み、道に倒れてたって言ってたけど、僕あんまり覚えて無くて・・・。」
本当は理解している事が少なすぎて何も分からない事だらけだったのだが、ソコを突っ込まれると困るので紫沫は記憶があいまいだという事で押し通してしまおうと思った。
「ここは確かに俺の家だが、時折しか使わないんだ。街には違う家がある。本当は昨日ここを発つ予定だったんだがお前を拾ったからな。それもまた延期だ。」
「え、そ、それじゃとってもご迷惑かけたんじゃ・・・。琅、さんに・。」
「その『琅さん』ってやめてくれ。ロウでいいよ。お前みたいなちっこい奴があんまりにも丁寧な言葉で話してるってもの違和感あるからもっと気楽に話してくれていい。」
急にそんな風に言われてもドキドキするだけだ。
紫沫にはそんな気安く話しかけられる友達も知り合いもいなかった。
店では一番下っ端だったからか敬語で話す先輩しかいなかったし、例え年下であっても紫沫の小柄な体躯にタメ口で話される事が多かったからだ。
「じゃ、ロ、ロウ。こ、これでいい?」
おそるおそる名前を口に乗せると、琅は満足そうにうなずいた。
「ああ、それでいい。で、お前はなんであんな場所に倒れてたんだ?見た目は子どもだぞ、子ども。お前みたいなのが一人であんな時間に歩いてたら攫われて売られるのが関の山だぞ。」
「さ、攫われ?う、売られちゃ・・う?」
「ああ、この辺りはウィッチ地方の外れで城壁の側でもあるからな。外から迷い込んできたやつを狙う悪い連中も多い。壁の外のやつらはウィッチの内情なんて知らないからな。せいぜい噂で良い事ばかり聞いてきたんだろ。夢を持って家族で移住してくるやつらが多いんだ。」
琅の言う城壁っていうのは僕が通ってきたあの壁の事か、と紫沫は思った。
「子どもは高く売れる。労働力としても性的奴隷としてもな。」
「ど、奴隷?」
「そうだ。世の中には子どもみたいに柔らかくて美味そうな身体に興奮する変態も多いって事だ。親たちは獣の属性が入ってるから身体は硬くて中身しか売れないってものも多いさ。」
「な、中身・・・。」
もはや琅の言葉を繰り返す事しか出来なかった。
自分が生きてきた世界とはまるで違う暴力的な行為がまかり通る世界なのだと背筋が凍った。
「子どもとはいってもお前みたいに耳も尻尾もない種族はいない。シブキは身体中が柔らかくて滑らかだ。年齢を聞いたとてそのナリじゃ子どもと変わらないさ。お前の場合は乱暴される恐れもあるが、気を付けないと本当に食われる恐れもあるぞ。」
琅の言葉にギョッとした。
性的に乱暴されるのも恐ろしい事なのに、本当に餌のように食料として食べられてしまう恐れもあるだなんて・・・。
余りにも常識というか倫理観の違いにビックリした。
「お、同じ種族ではないですけど、お、同じ獣人?を食べる事なんてあるんですか?」
「ほとんどないさ。それはやっぱり禁忌だからだな。それでも昔からそう言った悪習を繰り返してきた野蛮な奴らが世の中に少数であってもいる事はいるんだ。やつらは一つの場所にとどまらない。だから注意が必要なんだ。」
厳しい顔でそう琅に言われ、紫沫はあまりの内容に涙が浮かんでくる。
どうしてこんな場所に飛ばされてしまったのか。
ただお店で閉店準備をしていただけなのに。
やっとお客さまに喜んでいただけるようになってきた矢先だったのに。
そんな些細な自信も全て無くなってしまった・・・。
これから僕はどうしたらいいんだろう。
この世界の常識も分からないこの状態でもし琅に放り出されたら・・・。
そう思ったら紫沫は半分パニックになりながら琅の腕をぐっと掴んで訴えていた。
「ぼ、僕、何にも分からなくてっ。お願いです。街へっ、街へ連れて行ってくれませかっ。」
「ま、街か?」
「そ、そう。ま、街へ行ったらや、役所?みたいな人を管理する場所ってあるでしょ?ぼ、僕みたいな迷い人もどうにか面倒見てくれたりするんじゃ。」
「あーまぁなぁ・・・。迷い人は一応届け出することになってはいるからなぁ・・・。でもなぁ・・・。」
紫沫の涙を浮かべて更に幼さを増した顔を長々と眺めていた琅だったが、渋々ながら頷いてくれた。
「取り合えず街まで一緒にいってやる。その後の事も取り合えず心配するな。俺が何とかしてやるから。」
「え?その後?」
「あ~~。取り合えず、追々な、追々。」
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それでも街まで連れて行ってくれるという琅の言葉に一気に力が抜けるのが分かった。
ぐぅぅぅぅ
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それはそうか。もう丸一日以上食うや食わずだったのだ。
「ははっ。腹の虫は大人顔負けだな。」
「だから、大人ですって。」
「分かった、分かった。取り合えず食事にしよう。」
琅は快活にそう笑って言うと、紫沫の頭を子どもにするようにグシャグシャにしてから食事の用意に向かった。
今の仕草はどう見たって子どもにする事だな、と紫沫は琅が自分の事をやっぱり子どもだと思っているのではないか、と疑いながら後を追った。
++
「美容・・師?」
「ええ、僕、美容師見習いだったんです。」
「美容師見習い・・・。」
「そうです。髪を切ったり、整えたり。街にはありませんか?」
「髪を切る・・・。」
簡素な木のテーブルに並べられたのは見た目サンドイッチのようなものだった。
薄く硬そうなパンからはみ出していたのは肉のように見える。
パサついたこれまた堅そうな食感に躊躇したが、とにかくお腹の空いていた紫沫は何とか一口齧ると、口の中で何度も何度も噛んで飲み込んだ。
少し塩辛い。それでも噛んでいるとじわじわと旨味が溢れてくる肉だ。
硬いパンは少し酸味があるもので紫沫には食べ慣れぬ味だったが文句など言えない。
こうやって食事を分けてくれるだけでありがたいのだ。
食事をしながら紫沫は自分の事を少し琅に話して聞かせた。
この世界が何処なのかは既に問題ではなく、これから自分はどうやってこの世界で生きていけばいいのかを考えないとならないと思ったからだ。
紫沫のなるようになる精神は順応性もまた発揮したようだった。
このままここで暮らすのであればやはり仕事をしなければならないだろう。
どこでもタダで食べ物が手に入るような事はないのだ。
であるならば自分が出来る事を仕事にするほかない。
紫沫は元いた世界と同じように美容師として働く事が出来れば、と思った。
幸い、琅に聞いたら紫沫のシザーケースはきちんと保管されていたし、見せてもらったが特に破損したものもなかった。
それならば同じような職場?があれば自分もこの世界でやっていけるだろうと考えたのだったが目の前の琅の表情はどうも冴えない。
「あーシブキ。その、美容師?ってのは髪を切ったり・・・その、整えたりするんだよな?」
「ええ、そうです。・・・髪・・・伸びますよね?」
見た目は自分と同じような身体付きに耳と尻尾がついているだけのように見えたので、獣人の彼らも同じように髪が伸びると思ったのだが違うのだろうか。
「そうだなぁ。確かに髪ってのは伸びるけどみんな適当に自分で切ってるはずだぞ。若しくは母親や女房、恋人なんかに切ってもらうとか。それこそ伸ばしっぱなしの奴だっているぐらいだ。」
「そ、そうなんですか。」
「あー、ほら・・・髪を切る時って耳が近いだろ。耳ってのは俺たちにとって急所にもなるんだよ。尻尾もそうだけどな。結構無防備なわけ。それを触らせるってのは信頼できる奴にしかさせないのが俺たち獣人の習性なんだよ。ましてや刃物をもってたりしたら信用できる奴にしか任せられないしな。」
「そうなんだ・・・。」
琅の説明を聞いて紫沫は酷くガッカリしてしまった。
今の話からすると、髪を切れるのは家族や恋人じゃないと無理のようだ。という事は美容師のように散髪を生業にしている店なんかも無いのだろう。
(いい案だと思ったのにな・・・。)
紫沫が出来る事などそれ程ない。
ましてやこの場所では自分が生きてきた常識だって通用しないかも知れない。
またふりだしに戻ってしまった紫沫は、肩を落としてモソモソとパンを齧った。
「まぁ、そんなに落ち込むな。街に付く間に何か思いつくかも知れないだろ。なっ。」
頭をグリグリと撫でられる。
もう琅には何度もされた行為であるけれど、慰められているのは分かる。
そんな琅の優しさが嬉しかった。
「ああ、シブキにはそれちょっと硬かったな。俺用の食事だったからな。スープでもあれば良かったんだが、あいにくもう発つ予定だったから食材なんかは処分した後だったんだよ。」
申し訳なさそうにそう言われこちらの方が恐縮してしまう。
「ごめんなさい。全部は食べれなかった。味は美味しいんですけど、顎が・・・。」
何度も何度も噛んでいた為、次第に顎が疲れてしまっていた紫沫は正直に話して謝罪した。
ここで頑張ってもしょうがないという気持ちもあった。
「いや、いいって。取り合えず今夜もここで過ごして、明日出発しよう。俺はこれからちょっと出かけてくるから。シブキは明日に備えてゆっくりしてろ。」
紫沫の食べ残したサンドイッチをひょいっと一口で飲み込んでしまうと、琅は食器を片付けて出かけていった。
あっという間の出来事で、ごちそうさまの一言も言えなかった紫沫だったが、辛うじて小さく
「いってらっしゃい」
という事は出来た。
誰かの為に『いってらっしゃい』なんて言葉をかけたのは初めてだ。
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