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塚銛イオ

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パチパチと火の爆ぜる音がする。

「ん・・・」

「ああ、そろそろ起こそうと思ってたんだ。」

琅の声がして、紫沫はぼんやりと目を開けた。

まだ何となくゆらゆらと身体が揺れているような気がする。
それでも、自分が地面に敷かれた敷物の上に横たえられているのが分かった。

敷物越しに感じるのはひんやりとした地面の冷たさで。
暖かかった琅の腕の中を思い出して身体がブルリと震えた。

「こ、ここは?」

「シブキが寝ている間に距離を稼ごうと思ってな。大分走ったんだ。小さな村なんかは幾つかあったんだが、立ち止まらずに通り過ぎてきた。」

寝ている間に通った村を見て見たかった気がしたが、もし自分を見て嫌な顔をされたら、と思えば寝ていて良かったとも思う。

「そうなんだ。じゃ、もう少しで街に付くの?」

「あーそれなんだけど。シブキが言ってるのってどこの街なんだ?聞かなかった俺も悪いが、割と大きな街じゃないとシブキの事を届け出出来る役所がないんだよな。」

「どこの街でもある訳じゃないの?」

「ああ、お前みたいな迷い人ってのはそうしょっちゅう現れるわけじゃない。壁の向こうから来た奴らは大抵殺されるか盗賊にでも掴まって奴隷として売られるかってのが相場だからな。闇から闇なんだよ。」

「で、でも家族で壁を越えてくるって。」

「ああ、そういうのが一番多くて一番悲惨だ。親は殺され、子どもは食われたり性奴隷として売られる事が多いからな。」

「そ、そう・・・。」

琅の言葉は一度聞いているにも関わらず恐ろしいものだった。
想像するだけで心臓がドキリと音を立てる。

「それでも網をかいくぐって生き延びる奴らもいる。それが迷い人だ。ま、凄く強いか、もしくは凄く運がいいかって共通な所はあるけどな。」

「強いのは生き残ったから?」

「ああ、強ければ逃げ延びる隙も生まれる。運が良ければ誰かの庇護下に入ることが出来る。」

そうか。自分自身で身を守るか、守ってもらうか、しか選択肢がないのか。
紫沫はそういう意味で琅に助けてもらえたのは幸運だったと思った。

「ま、ちゃんと迷い人として登録しないとこの壁の中では生きていけないからな。所属をしっかりさせておかないと争いの種になる。」

「それは一般人でもなの?」

「ああ、村に住んでる奴らだって街に住んでる奴らだって、王都にいる奴らだってみんな所属は登録されてるんだ。」

(住民票みたいなものなのかなぁ?)

「俺としては、シブキの登録は出来るだけ大きな街・・・いや、王都で登録した方が良いと思ってる。俺も王都に籍があるしな。」

「え!琅って王都に住んでいるの?」

「まあな。」

「じゃ、僕が琅に助けてもらえたのって本当にラッキーな事なんだね。」

「ああ、そう思う。俺がお前を見つけられて本当に良かったよ。」

酷く安心したように琅が言う。
紫沫もその幸運に今さらながら感謝した。

「じゃ、街じゃなくて・・・王都に向かうの?」

「ああ、シブキが嫌じゃなければ。王都でお前の登録をさせて欲しい。」

酷く真剣な眼差しでそう言われて紫沫はその視線の強さにドキドキとした。

「ん、い、いいよ。僕も琅しか・・・琅だけなんだ、知りあいって。」

全面的に頼ることになってしまうが、琅がそう言うなら紫沫には異論はない。
寧ろこちらからお願いしないといけないかと思ってしまう。

「あ、あのさ琅。僕何にも出来なくて迷惑ばっかりかけちゃうんだけど・・・。一緒に行ってもらってもいい?」

「ツッ・・・。」

紫沫の真剣な顔付きがまるでキスを請うような顔つきだとは本人は分かっていなかっただろう。
思わずその眼差しに顔が赤くなりそうになって琅は咄嗟にくるりと背を向けた。

「という事で目的地も決まったことだし、今日はここで野宿だ。」

その言葉通り簡易的なかまどのように石が組まれ、火が起こされていた。
さっきのパチパチという音は木の枝が燃える音だったらしい。

琅はこういった野宿には慣れているのか、小さな鍋でお湯を沸かして暖かな飲み物を作ってくれている。

「ほら、これを飲め。身体が温まる。」

手渡されたカップの中身はとろりとしたスープのようで、匂いもコンソメのような芳しいものだった。

「ありがと。」

フーフーと冷ましながら口にいれる。
コンソメスープよりも色々な味がして、喉をゆっくりと通っていった。

「ん、美味しい。」

「そうか。携帯用だから具なんかイマイチなんだけどな。栄養価は高いから全部飲むんだぞ。」

中身は教えてくれなかったが、それでも温かな食事は気持ちを落ち着かせてくれた。

スープと硬いパンの簡素な食事を終えると、琅が濡れタオルを差し出してきた。

「身体を拭くのも出来なくて悪いな。水場もこの辺りには無くてな。」

そう言って顔を拭くように言われる。
貴重な水を使わせてしまって申し訳ないと言ったら、自分も拭くからいいんだ、と言われた。

「慣れない旅で身体もキツかっただろう。大丈夫か?」

琅はそう言って紫沫を心配そうに眺める。

確かに少し動くだけで身体の節々がピキピキと痛む。
それでも、自分みたいなお荷物を世話しながらの琅の方が大変だっただろうと思うと泣き事は言えない。

「大丈夫。ゆっくり休めば良くなると思う。」

心配させないように琅に向かって微笑めば、琅はわかった、とばかりに横になる。

「俺は眠りが浅いから火の番をしながらでも大丈夫だ。ゆっくり休め。」

琅は、紫沫が座っていた場所からそう遠くない場所に腰を下ろして火を見つめている。

馬上で眠っていた紫沫はあまり眠くなかったが、琅の言う通りに身体を横たえた。

「大丈夫。俺がいるからな。」

そう優しく言う琅の横顔が火に照らされ、さわさわと揺れる琅の尻尾の動きを眺めている内に紫沫はまた眠りに落ちた。
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