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塚銛イオ

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13 王都へ行きさえすれば

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今度は息苦しさではなく、心地よさに目が覚めた。
温かな温もりが傍らにあり、紫沫はその温もりへしがみついた。

「ふっ。シブキ、気付いたか?」

「ふぇ?」

情けない声が出て、目を開けると琅の顔があった。

「わっ。」

胸元に抱えられる体勢で琅に包まれていた紫沫は次の瞬間飛び起きて琅から身体を離した。
と同時に紫沫の頭が琅の顎に見事にぶつかり、アッパーカットを決めてしまった。

「いてぇっっ。」

「う~っ。」

石頭だと自分でも思っていた紫沫はぶつかった衝撃に顎を抑えて悶える琅の姿にアワアワと狼狽えた。
琅の耳は毛が逆立ち、ピクピクと震える姿にとても痛いのだと知れる。

「ご、ごめっ。大丈夫っ。」

「ううう~。」

未だ琅は顎をさすり、痛みを逃がしている。そんな琅の姿に申し訳なさそうに謝って紫沫は周りを見渡した。

「あ、あれ。ここって・・・。」

「おー、いてっ。シブキ、お前石頭だなぁ~。」

琅はやっと痛みが引いてきたのか、口を開けたり閉じたりして具合を確かめている。

「ああ、風呂場にずっといるわけにはいかないからな。取り合えず着替えさせて部屋まで連れてきた。」

琅の説明の通り、紫沫の格好はパジャマ代わりにしているローブ状の前合わせ服で、小柄な紫沫の足首まである長いワンピースのような服だった。
絹のような綿のような手触りで、思いの外柔らかく普段も着ていた程心地良いのだが、如何せん丈の長さが邪魔をして就寝着として利用している。

自分が気を失った後で身体を拭いて着替えさせて、その上抱えてここまで連れて来てくれてのだろう。
またしても迷惑をかけてしまった・・・。

そう思って落ち込みそうになった紫沫だったが、そう言えばどうして意識を失う事になったのか、と記憶を辿って琅との事を想い出した。

「あっ、ああっ。」

途端に顔にカーッと血が昇り、頬が信じられないぐらい熱くなった。

(ぼっ、僕っ。あっ、あんなっ事っ。琅とっ)

キスをしたのも初めてなら、他人と肌を合わせた事もなかった紫沫には刺激が強すぎた。
顎を摩るその大きな手が自分の肌に触れ、パカパカ開けている口元が自分のソレと合わさって舌を絡めあった。

思い出すだけで恥ずかしくて、琅の姿が直視出来ない。
紫沫はくるっと反対を向いて琅を視界から追い出すと、身体を丸めてとにかく小さく小さくなるように縮こまった。

「ぶっ。おまっ何だそれ。」

とにかく琅の姿を見たくなくて、思い付く限りで一番手っ取り早い逃げ方をしたのに、琅はそんな紫沫を見て笑うのだ。

「おっ、お構いなくぅ・・・。」

とにかく恥ずかしい。

あんな、誰にも見せた事のない痴態を眼前に晒して琅と一緒に果ててしまった。
脳裏には琅の艶めいた甘い声音が甦ってまるでもう一度耳元で囁かれているようだ。

「おーい。おーい、シブキ。」

「やっ、ほ、本当にお気遣いなくぅ・・・。」

どうにも顔を見れなくて伏せた状態でそう応えれば、琅はクスッと笑うと紫沫の脇腹に手を伸ばした。

「ひゃっぁんっ。」

紫沫のくすぐったがりの一番の急所である脇腹をそろりそろりと撫でられる。
その触れ方は甘い感覚を呼び起こすよりも先にこそばゆく、くすぐったくてしょうがない。

こちょこちょこちょ、こちょこちょこちょ

それは悪戯好きな年下の知り合いが誰彼構わず襲い掛かって笑いの渦に巻き込まれた時のように。
とにかくくすぐったくて我慢出来ない。

うずうずと沸き上がるくすぐったい感覚はどんなに頑張って琅の顔を見ないように臥せっていても一瞬にしてその牙城を崩した。

「ひゃっ、はははっは、ははっ、はははっ。やっ、やめっ、はははっ、ははっ。」

ゴロゴロと転がるように身を捩って琅の手から逃れようとする。
それでも執拗に追いかけてくる琅の手は何度も何度もこしょこしょと脇腹を撫で、紫沫を笑わせる。

「ひー、ひー、もっ、もうっやめっ。苦しいからっ、もう、やめっ。」

笑いながらギブアップのように両手を挙げて琅へ向き合う。
眼が覚めた時の恥ずかしさは今の笑いで霧散したようだった。

「ごめっ。もう降参。降参するからっ。」

紫沫の笑顔に琅もやっと手を止めて、正面から紫沫を見つめた。

「ん、大丈夫だな。何処か痛かったり辛かったりする所ないか?」

ドキン

そんなの反則だよ。
急に真面目な顔をして、僕の心配をしてくれるなんてさ。

誰かに心配される経験もあまり持たない紫沫にとって、琅の優しさは嬉しい反面少し不可解な物でもあった。

たまたま一緒に行動する事になった自分を琅がどうして心配するのだろうか、紫沫には分からない。
きっと親切で困っている人を放って置けない獣人なんだろう、と単純に素晴らしい人だ、と思う。

なのに、不意に示される優しさに紫沫の心臓はドキドキと音をたて始める。
それは今まで感じた事のないリズムを刻んでいて。
紫沫の胸をきゅうっとさせる。

その胸の痛みの原因は何なのか。
紫沫は原因を探るのが怖くて蓋をする。

今はまだいいよね。
琅と一緒に王都まで行って。
迷い人登録してもらって。

とにかくこの世界で自分1人で生活できるようにならないと。
今のまま琅に何でもかんでも全てを頼ってるようじゃ、琅に対して申し訳ないし、自分自身が何の価値もないように思えるから・・・。

宙ぶらりんな気持ちをそのままの状態にして、紫沫はこのまま流れに任せる道を選んだのだった。


***

次の日。朝早く宿屋を出た2人は、王都へ向かう最後の山道を登っていた。
ここは最後の難所と言われていて、賊や獰猛な獣たちが王都を襲わないように断崖絶壁のような場所が何か所か設けられている山だった。

琅が言うには、自分たちの力を過信していた獣人たちは数百年前その過信ゆえに敵からの侵入を許し、内部からの攻撃で壊滅状態に陥ったそうだ。

絶対絶命のピンチを救ったのは力の強い獣人の王でもなく。
大きな知恵を持つ魔力を持った獣人でもなく。

頭上から降ってきた一筋の雨だったそうだ。
雨は何日も何日も降り続き、見る間に大雨になった。
雨粒は土壌に染み渡り、木々を腐らせ、全てを押し流してしまった。

そんな木や土が染み込まず流れ落ちなかった場所が今も残る断崖絶壁の崖部分。
そして木々が生えそろっている場所が流された土が溜まって山となった場所。

土壌は敵も味方も同様に巻き込んで全てを流し、戦いは誰も勝者のいない終結を見た。
残ったのはただの平原のみで、辛うじて生き残った獣人や獣たちと話し合い棲み分けが行われた結果、今の状態に落ち着いたという事だ。

紫沫は元々この世界の住人ではないので、創世神話のような話を聞かされてもおとぎ話のようなイメージしか生まれなかったが、きっとこの世界に生きている獣人や獣たちのルーツはそこにあるのだろうと思った。

ルーツか・・・。
と、出生さえ本当の事を知らない紫沫は誇らしそうに紫沫に話して聞かせる琅の顔を見ながら一抹の寂しさを感じてもいた。

自分がどこに帰属するのか、元々あやふやだった事実が異世界に飛ばされた事で更にあやふやなものになってしまったように感じたからだ。

それでも王都に行きさえすれば。
迷い人として登録さえしてもらえば。
きっとこの先の自分の生き方が見えてくる。

そんな風に思う緊張で身体を強張らせていた紫沫は、琅が心配そうに様子を伺っていることに気付けないでいた。

紫沫の様子が気がかりではあったが、それでも声を掛けられなかったのは琅もまた宿屋での出来事を整理出来ていなかったからだ。

戯れに手を出した訳ではなく。
最初は純粋に溺れた紫沫に人工呼吸を施していただけのハズが。

艶めかしく緩く開けられた口と、湯で火照った肢体。
小柄ながらスラリと伸びやかな腕と赤く色づいた胸の小さな粒。
見た事もないピンク色の性器に興奮したのは確かで。

目の毒とばかりに急いでタオルで覆ったが一目見たあの映像は目に焼き付いてしまいどうにか襲わないように自制していたはずなのに。

自分の心配を冗談のように返された事に腹を立て。
泣きだした紫沫の様子に深い憐憫とほの暗い嗜虐性を刺激されて。
結局宥める目的がもっと深く感じさせてやりたくなって手をだしていた。

最後まで奪わなかった自分を褒めてやりたい位だが。
目を覚ました紫沫のあまりの狼狽ぶりに罪悪感が沸き上がってきて、無かった事のように接するしかなかった。

それが功を奏したのか、紫沫は以前のように自分の胸に身体を預けて馬に乗っている。
その信頼を損なう事は出来なかったが、少なくとも紫沫に対して純粋な欲望を感じている事は間違いなかった。

その存在を大切に思う気持ちはあった。でも、この気持ちがこの先変わって行くという確信は持てなくて結局何も言わずに王都に向かっている。

きっと王都に着きさえすれば。
紫沫の存在をこの場所に繋ぎ止めさえすれば。
そうしたらきっと紫沫に対する気持ちの正体も判明しているだろうと。

そんな風に思った琅は何も言わずに歩を進めた。

そんな2人の思惑を乗せて、馬はゆっくりゆっくりと歩を進めるのだった。
                       
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