洗髪させていただきます!よろしければ丸ごとお任せ下さいっ。

塚銛イオ

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27 シブキからのお礼。

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「んぅ・・・ん?」

寝苦しい・・・というか暑苦しい。
紫沫は起き上がろうとして身体が動かない事に気付いた。
そしてその感覚が馴染みのあるものであることにも気付いた。

「もっ、琅っ、ちょっと離して。」

後ろからガッチリと抱き込まれて起きるのはこれが初めてじゃない。
旅の間に、ほぼ毎日一緒に寝て起きるとこの状態だったのが平常運転。

それでも琅の家には自分の部屋も与えられた事だし、今日からは別のベッドで寝るのだと思っていた。
ん?でもベッドに入った記憶がない。
お風呂に入って、髪を切った姿を琅に見られて、ダイニングルームに連行されて琅の膝の上で夕飯を食べさせられた。

旅の間中あまり食事は良いものではなかった。いや、琅のような強靭な顎に鋭い歯を持っていたのなら苦痛でもなんでもなかったのだろうと思う。ただ、紫沫はただの人間だった。食事は味の他に見た目も重視されるような世界で生きてきたのだ。硬くて大きくて噛み切れない肉ばかりが食事だったせいで昨日の食事は夢みたいに食べやすかった。
琅も道中の食事には飽き飽きしていた様子だったし、満足できたんじゃないのだろうか。

・・・・・・あれ?
琅の膝の上で食事をして、美味しい食事にさっぱりと汚れを落とした身体に抗いがたい眠気が襲ってきた記憶はうっすらとある。
コクリ、コクリ、と船を漕ぐ紫沫の様子に琅に抱き上げられたような気もする。

という事は、琅がわざわざ紫沫を部屋まで運んでくれたのだと思いいたった。
ああ、また迷惑をかけちゃった、とシュンと落ち込みそうになった時、腹に回されていた手が紫沫の身体を強く引いた。

「うわっ。」
「ん~シブキ、おはよう。」
「あ、琅起きた?おはよう。昨日はごめんね、僕途中で寝ちゃったみたいだね。」

へへへっと見えないけれど紫沫が照れ笑いを漏らす。
琅はそんな紫沫の髪へ鼻先を埋めすんすんと紫沫の匂いを嗅いだ。

「ん~やっぱりお前の匂い、いい匂い。凄く好きだなぁ。」

スリスリと項にも鼻先を押し付けて匂いを嗅がれる。
くすぐったいようなこそばゆいような何とも言えない感じ。
ぞわっと背筋を何かが這い上がるような感触。

「もっ、止めてよぉ。く、くすぐったいからっ。」

身を捩って抗議すると琅は、しょうがないと腕の力を抜いて放してくれた。

「運んでくれたのは助かるけど、毎回これだと僕は苦しいんだからね。琅の方が力が強いの分かってるでしょ。それに匂いって・・・。」

言葉が途中で消えたのは、くるりと身体を反転させて琅の方へ向いたから。
目の前に現れた琅のカッコいい腹筋とか、逞しい腕の筋肉とか、そういった色気のある琅に当てられた・・・訳でもない。
紫沫の言葉を失くさせたのは、琅の激しい寝ぐせ頭にビックリしたからだった。

「な、な、何それ!そんな寝ぐせ見た事ないんだけど!!」

今までだって少しピョンと跳ねた寝ぐせは見た事がある。
枕に押し付けられた形で変な方向に曲がって跳ねている髪の毛に微笑ましいものを感じたりしたけれど、今日の琅の寝ぐせは群を抜いている。

アッシュ系のくすんだ中に透明感のある髪色をしている琅の髪の毛が左右上下関係なく跳ねまくっている。両耳の間にあるフワフワとした髪の毛も一晩中誰かにぎゅっと掴まれていたかのように毛束がまとまって癖づけられている。
後頭部の髪は襟足付近から全部右側に倒れていて、どうやったらそんな痕ができるのか不思議だ。

そしてもみあげの辺りの毛はクルクルと渦を巻いていて、琅の精悍な顔立ちに酷く不釣り合いだ。
ちょび髭でもついてたら喜劇役者のように見えたかもしれないけど。

「はっ、はっははっ、はははははっ。」

隙があるようで実は気を張り詰めて生活している琅の姿を見てきた紫沫にそのお道化たような琅の寝ぐせはとても可愛らしいものに見えた。
もちろん、似合わないのだけれど、自分自身では見えていないからか、琅は至極真面目な顔付きで紫沫を見つめていてその寝ぐせ全開の髪型と真剣な顔付が全く合っていなくて面白い。

「そっ、その頭っ。どうしたらそうなるのっ。ぷぷっー。」

こんなに笑ったのは初めてだ、という位笑った。
笑って笑って笑い疲れて涙が出てきた頃、憮然とした顔つきの琅に声を掛けられた。

「もういいか・・・。」

(あっ、怒らせちゃった。)

不機嫌です、と言っているように強張った顔で口を結んで紫沫を見ている。
ピクピクとこめかみの辺りが動いているのは紫沫を怒鳴らないように我慢しているからだろうか。

「ご、ごめんっ琅。で、でもさっ・・・やっ、やっぱり・・・ぷぷー。」

ダメだ、ダメだ、と思ってもくるくる巻き毛になっている揉み上げはやっぱり可笑しい。
それだけで笑いを誘う。
笑いが止まらない紫沫の様子に、更に琅の表情が無くなっていく。

これは本当に怒らせて話してももらえなくなるかもっ。
でも、こんな寝ぐせ、本当にどうやったら出来るのだろう、と笑いを堪えながらマジマジと琅を見てふと気づく。

(ああ、琅の髪の毛、ちょっと伸びすぎなんだ。)

そう言えばこの世界には美容師はいないと言っていた。家族に頼んだり、自分でパっと切ってしまうと言っていた。
琅は普段どうしてるのだろう。
ここには一人で住んでいると言っていたし、家族は近くにすんでいるのだろうか。そして、髪の毛を切ってもらうような恋人はいるのだろうか?

琅の髪に触れる恋人の事を考えたら紫沫の胸がきゅっと苦しくなった。
あれ?どうしたんだろう?
そう思うけれど一瞬の事で気のせいかな、と思う。

それよりも、そうだ、そうだよ!
僕からのお礼、これにすればいいよっ。
琅が良いって言ってくれたら、僕の唯一の特技でお礼をしよう。
うん、それがいい。
紫沫は不貞腐れた表情の琅に向き直って勢いよくこう言った。

「琅!僕に琅の髪の毛、切らせてくれない?」

「え?」

「その寝ぐせ。琅の髪の毛がちょっと伸び過ぎなんだよ、きっと。そんなくるくるになるぐらい長さがあるって事でしょう?僕、前にも言ったけど美容師見習いだったんだ。琅よりは上手に髪の毛を切れると思うよ。」

そう言って琅の手をきゅっと握った紫沫には、頬を染めてその言葉を聞いていた琅の様子は目に入っていなかった。

この世界で耳や尻尾に触れさせるのは信頼の証。
髪の毛や尻尾の毛を切ったり整えたりさせるのは愛情の証。

紫沫は無意識に琅への求愛をした事になるのだ。

それが分かったからこその琅の様子に、紫沫は気付くべきだった。
きちんと説明しておけばその場で誤解はなくなったのに。

2人はそれぞれの思惑と期待と興奮で顔を赤くしてお互いに見つめ合っているばかりだった。
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