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塚銛イオ

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29 シャンプーは魔法か?

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「次は髪を洗うからね。琅、上の洋服脱いでくれる?」

驚いた顔で紫沫を見た琅にさも当然のように告げた紫沫は自分自身の洋服の袖を捲り始めた。

細く白い紫沫の腕が目の前に晒される。
肘の辺りまでまくり上げられた服はぶかぶかでその腕の細さが眩しく見えた。

何故か背徳的な気持ちになって目を逸らした琅はこちらが思う複雑な気持ちに気付きもせずに「早く、早くっ」と琅を急かす。

「おいっ、ちょっと待てって。」

琅の腕を引っ張ってサンルームに常設されていたシンクの前に連れて行こうとした紫沫をやんわりと注意して身体に力を入れると紫沫の身体がグッと止まった。

「うわっ」

「あ、悪い。でもシブキが止まってくれないからだぞ。」

そう言うと、自分の行動に思い至ったのか紫沫はへへへと笑った。

「ごめん。何かテンション上がっちゃって。嬉しくなっちゃったんだ。」

照れ臭そうに笑う紫沫が可愛い。
誤魔化すようにクシャッと髪の毛を乱すと紫沫はとても嬉しそうに笑った。

「ふふふ。やっぱり短い髪型にして良かった。そういう仕草もサマになるし。」

意図した覚えは無かったが、紫沫が気に入ったなら良かった。

そう思った琅は今度はゆっくりとシンクの前まで歩いて行って着ていた服を脱ぎだした。

とはいっても、着ていたのはアンダーシャツのみでこのままこの格好で髪を洗ってもらっても良かった。
濡れてしまっても下着と同じものだし、替えなどいくらでもある。
それでも言いつけ通りにアンダーシャツを脱いだのはきっと紫沫の反応を見たかったからだろう。

紫沫からの好意的な気持ちはやんわりと伝わってくるし、この世界に知り合いもいない紫沫が琅を頼る事は至極当然の事だと思う。

そこにどれ程の情があるのかは分からないが、少なくとも自分はもう少し紫沫と深い付き合いがしたいと思っている。

”保護者”となった事で自分の気持ちは伝わっていると思っている琅は、肝心な言葉一つ面と向かって紫沫に伝えていない事に気付かない。

ただ、伴侶と同じ意味合いの”保護者”となった事。
紫沫から髪を切る行為を申しだされた事。

そういった状況証拠から琅は紫沫にとって自分は特別だ、と思っていたのだ。

ハッキリと言葉にされなくても、紫沫の気持ちは分かってる。
でも恥ずかしがり屋な紫沫はきっと自分から行動を起こせないでいるんだ、というのが琅の結論だ。

だから、自分から少し積極的になろうと思った。
自分の裸を見て紫沫がどんな反応をしてくれるのか気になった。

チラチラと眺めながら照れ臭そうにしていたら、それはそれで可愛くて、胸に抱き込んでキスをしようと思うし、積極的に肌に触れてくるならされるまま触れさせてやろう。

そして、上気した顔で俺を見たなら奪うようなキスを送ろう。
そんな妄想ばかりが頭の中をよぎって、琅の目が徐々に剣呑な色に染まる。

肉食獣が獲物を見つけて舌なめずりをするように、紫沫の姿を目で追った。

「うーん、やっぱりあっちの世界みたいにリクライニングするような洗髪用の椅子ってないよね。上下の高さ調整も出来て仰向けになれるような椅子・・・。僕そんな専門知識ないもんなぁ。」

ブツブツと言いながら紫沫はシンクの蛇口を捻って水を出す。

「冷たっ。」

思ったよりも冷たい水が出たようだ。
慌てて手を引っ込めて驚いている紫沫は全く琅の方を見ない。

「水だどダメなのか?」

琅が口を出すと、紫沫は困ったようにこう言った。

「汚れってある程度の温度がないと落ちないじゃない?髪の毛だった同じだよ。毛穴のつまりも取りたいわけだし。それにさ、水だと冷たいじゃん、琅が。」

髪を切る時に使われた霧吹きに文句を言ったことを気にしているのだろうか。
琅は少しだけ申し訳なく思った。

あの時思った以上に大きな声が出たのは、確かに急にかけられた水に驚いたからだが、本当は紫沫の指が髪を梳くその心地よさに身体の奥が熱くなってきたからだった。

自分よりももっと小さく細い指が何度も何度も琅の髪を掬っては撫で、また掬う。
地肌に触れるほんのりとした温かさも気持ち良さに拍車をかけた。

反応しそうになる身体に荒い息が漏れ出しそうになって、食いしばった歯の隙間からシューシューという音が漏れた。

紫沫が霧吹きで髪を濡らし始めてその冷たさが冷静さを取り戻してくれたのだ。

琅は本来、水であろうがお湯であろうが、自分の身体にかかる水分がどんな温度なのか気にしたことなどない。
訓練で野営する時もあるし、郊外の貧しい土地に赴く事だってある。
そんな時、お湯が出ない、水は冷たい、などと文句がいう奴がいたら張り倒して王都へ帰らせる。
除名してもっと違う仕事を紹介してやったり、他の部署に異動させる。
それは琅のいる治安部隊の仕事を理解していないとも言えるし、ようは「向いていない」という事に他ならないからだ。

だからあんなリアクションを取ったのも自分の反応を誤魔化す為にほかならず。
それを水が苦手だ、と勘違いして琅の心配をしている紫沫になんとも言えない罪悪感を覚える。

「ま、まぁお湯が欲しいなら蛇口部分に魔石を取り付ければいい。そんな大きな石も必要としない魔法だし、手軽に手に入るだろう。」
「そうかっ。そうだね。魔石を使えばお湯も出るね。」

思い付かなったよ!と嬉しそうに琅を見上げる。いそいそと魔石を取り出してきた紫沫に設置金具を差し出してやる。
こういう器具は何処にでもあるものだ。

「あ、ありがと。あと始めるまで気付かなかったんだけどさ。琅にはさシンクの上に頭を出してもらって髪の毛を洗おうかと思うんだ。そうするとずっと同じ体勢になっちゃうから椅子に座ってもらうんだけど大丈夫かな?泡を流すのはバスルームにあるシャワーヘッドをこっちに取り付ければ出来そうだったから拝借してきちゃったんだけど後でちゃんと戻すからね。取り合えず色々違う事もあるけど琅の髪の毛を洗いたいと思います。」

ペコリと頭を下げる紫沫。

何だそれ、可愛いな。
と思いながら素直に椅子に腰を下ろしてシンクの上に頭を出した。

バスルームのシャワーヘッドを云々は琅自身取り外した事などなかったので紫沫がどうやって外したのか気になったけれど、それを聞くのはまた後でもいいだろう。

「じゃ、始めるね。慣れないから濡れたらごめんね。」

申し訳なさそうにそう言って紫沫は琅の髪の毛にシャワーを当て始める。
魔石の効果か、出てくるのは人肌に温められたお湯で絶妙な強さが心地いい。

「ん、ちょうど良さそうだね。まずは全体を濡らして切った髪の毛を流してしまうからね。」

頭の後頭部辺りからゆっくりお湯をかけて琅の髪の毛が濡れていく。
小さな細かい毛が流されていく様子を見てから紫沫は一度水を止めた。

「次にシャンプーなんだけど。琅、僕が作ったシャンプー使ってもいい?」

俯いている琅に紫沫の顔は見えなかったけれど、声の様子から不安と期待の入り混じった感情が読み取れた。

「ああ、何でもいいぞ。」

琅がそう答えると、明らかにホッとしたような紫沫の声が聴こえた。

「ん、じゃぁ、僕が作ったのにするね。嫌いな匂いじゃないと良いんだけど・・・。」

そう言いながら琅の髪に触れてくる。
手にシャンプーを落としたのか、くしゅくしゅと髪の毛を揉むように幾度か手を動かすと直ぐに泡がもこもこと立った。

くちゅくちゅ ごしゅごしゅ

脳内に響く音は結構卑猥だ。
泡立てたシャンプーが立てる音だと分かっているのに邪な気持ちになる。

「痒いところはございませんか?」

「!!?」

耳元で紫沫の声がする。

小柄な紫沫が琅の頭を満遍なく洗おうとするとどうしても覆いかぶさるようになってしまうからか、ほんのりと紫沫の体臭がする。
甘くて口にいれたら溶けてしまう綿菓子のようにふわふわとした香りだ。

これがシャンプーの匂いなのか?と思ったが、それにしては包み込まれるような体勢の紫沫の身体から香るのだからきっとこれは紫沫本人の匂いなのだろうと思った。

髪を洗っている紫沫の指は頭皮を適度な力で圧迫してくる。
指の腹を使いグイッと押したと思えば、指先を立て叩くように刺激される。
時折ゴシゴシと髪の生え際を洗われるのが本当に気持ちいい。

それは痛みを伴うものではなくじんわりと疲労を排除していくような指使いだった。
今まで溜まっていた、身体に悪い老廃物が頭に集約されていくような不思議な感覚。
徐々にその吸い上げられる感覚は大きく早くなり、身体の隅々から嫌な物質を根こそぎ集めているようだった。

「ふぅ・・・。」

思わず息が漏れた。

とにかく気持ち良い。
紫沫が作ったというシャンプーの爽やかな香りと紫沫本人の甘やかな香りに訳もなく癒される。
いや、癒されるというよりも酔ってしまう程の酩酊感が生まれていた。

「はぁ・・・。」

「ふふ。琅、気持ちいい?」

耳元で囁かれた言葉は親密な雰囲気を醸し出していた。

「あ、ああ。気持ち・・・いいよ。」

正直気持ち良すぎる。

このままこうして紫沫に触れられ続けてしまえば、あらぬところが元気になってしまうだろう、洗髪してもらっただけで興奮した事を見られたら余りに情けない。
そう思った琅は、終わりの合図とばかりに左手を軽く挙げた。

「あっ、疲れちゃったよね。ごめん、気付かなくて。流すからね。」

慌てたようにまた蛇口を捻ってお湯を出す。シャワシャワとしたお湯が泡をどんどん流していった。

すると、泡と一緒に集められた老廃物や蓄積していた疲労物質がどんどん流れていくのを琅は感じた。
泡が流れていく度に身体の隅々までみなぎる瑞々しい感覚。
力が溢れる。細胞が活性化する音までしてきそうだ。

何だこれは?
この感覚は何なんだ?
慢性的に感じていた疲労も、寝不足気味だったじんわりとした頭痛も。
とにかく不調という不調の兆候が無くなっているのだ。

「さ、取り合えずシャンプーしたよ。後で流さないで済むトリートメント付けてあげるね。」

優しくタオルが掛けられて琅の髪の毛の水分を吸っていく。
ふんわりとしたタオルが瞬く間に水気を吸って重くなっていくが、琅の身体は軽くなった。

「優しく、優しく水分を吸うんだよ。タオルドライって大切なんだから。」

嬉しそうな紫沫の声に未だにうつ伏せのままの琅は顔が見たいな、と思った。

「はい、もう起き上がっても良いよ。辛かった、あの体制?」

椅子に座っているから顔を上げて起き上がると紫沫の顔は少し琅の顔の上にある。
タオルで今度はゴシゴシと髪の毛を拭いている紫沫は満面の笑みで彼は洗髪という仕事がとても好きなのだな、と分かった。

「どう、気持ちよかった?」

「ああっ!!っていうか、シブキ、お前の指?どうなってんだ?俺は今、これまでになく絶好調なんだが。」

「ええ?どうして?」

「ん~分からんが。とにかくお前に髪を洗ってもらっている最中から痛みや疲労がどんどんなくなっていく感覚があってな。泡を流してもらうついでにそんな疲労物質も流れて行った感じなんだよ。」

「ええ!僕、何もしてないよっ。」

「そうだよなぁ。でも本当に気持ち良くて、疲れがふっとんだ。シブキ、本当にありがとうな。」

お礼を言うと嬉しそうに笑う紫沫がいた。
仮説はあったが、今は髪を拭いてもらうという口実の元紫沫を膝の上に抱き上げながら、その笑顔を眺める琅だった。
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