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塚銛イオ

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30 好調な体調

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「~って事があってな。俺は今すこぶる体調が良い。」

満面の笑みでテスとフラニーに報告する琅。
ここは第二治安部隊の事務室。
昨日持ち帰った書類の束を持って現れた隊長の様子にテスとフラニーは顔を見合わせた。

颯爽と部屋に入ってきた琅は昨日とはうって変わった様相をしていた。

爽やかに借り上げられた短い髪が精悍な顔立ちを露わにしていて、目元の涼やかな様子までよく見えた。
キリリと引き締まったフェイスラインも更に際立ち、その背筋の伸びたしなやかな身体付きによく似合った。

「隊長っ。その髪型っ。ど、ど、どなたに切ってもらったんですかっ。」

入って早々フラニーから詰め寄られた琅は最初こそその勢いに腰が引けたが、髪型の事を尋ねられると少し照れたように笑って答えた。

「ああ、これか。シブキに切ってもらったんだ。どうだ?似合うか?」

琅は少々浮かれ気味だったのだろうか。
すっかり頭の中から抜けていた。

髪の毛を他人に切らせる事がどういった意味合いを持つのか。
耳や尻尾に触れさせる事が、この世界でどういった間柄で行われる事なのか。

そういったこの世界では当たり前の”常識”が琅の頭からすっぽり抜けていた。
もちろん、琅がその”常識”を知らなかったわけではなく、テスやフラニー、その他周りの獣人たちにどう思われるかを忘れていたのだ。

だから、フラニーの

「シブキにっ!!で、でもそ、そうね。シブキなら”迷い人”な訳だし、隊長はシブキの”保護者”な訳だし、そう言う繋がりがあるなら髪を切ってもオッケーよね。そうよね。間違いじゃないわよね。」

とブツブツ呟く独り言を聞きながら、テスの

「って事は・・・隊長、もしかしてもう?まだ子どもでしょ、シブキ。大丈夫なんですか身体?」

とか言う見当違いな言葉にやんわりと否定しながら、これは不味い事になったと思った。

世間一般の髪や耳に触れさせる行為は親愛の情や信頼の証、友情の証にもなり得るが、髪を切るという、より一層親密な行為を許す関係というのは限られている。
家族、夫婦、恋人だ。

紫沫の熱意に負けて髪を切ることを了承してしまったが、周りから見ればそれは琅と紫沫が親密な関係にある証拠として見られるのだった。
それも肉体関係を伴った関係・・・。

だからこそのテスの言葉だ。
実際自分は紫沫の”保護者”なので伴侶同然と見られるのは当たり前なのだが、実際にはそういった事実のない状態での揶揄うような視線はあまり気持ちの良いものではなかった。

そのテスは昨日久しぶりに残業もなしに早退できた事でめいいっぱいセスとの時間を満喫できたらしい。
内面から輝いている生気が違うし、やる気もみなぎっている。
最も、時折動作が緩慢になって辛そうにしているので、今日はあまり動く機会のない書類仕事を回してやろうと思った。

「お前たち、あんまりある事ない事、吹聴するなよ。俺はあしらう手立ても知っているけど、シブキはまるで分かってないんだからな。」

「分かってますよ。でも隊長が”保護者”を引き受けた時点で注目の的なんですから、それはもう有名税って奴じゃないですかね。」

「そうですよ、隊長。それに隊長とシブキがそういう関係でもあるって思わせておいた方が周りには牽制になって良いんじゃないですか?野放しは危なっかしいとおもいますけど・・・。」

フラニーの言葉に琅も頷かざる得ない。

壁の向こう側から来たらしい紫沫はこちらの世情にとことん疎い。
子どもでも知っているような事すら知らず、騙されて連れ去られる心配もある。

そう思ったら、自分が紫沫の身体に触れ快感を引き出し発散させた事実は、最後の最後までイタしていないだけであながち間違ってもいないような気がするのだ。

「そうだな。なによりシブキ自身の危機感もないしな。」

そう言って納得したように何度も頷く琅を見て、どこかホッとしたテス達だった。


「それにしても一気に男前が上がりましたね。いや、これまでだってめちゃめちゃ男前だったんですけど、醸し出す雰囲気がヤバいですよ。」

「ほんと~。ねぇ隊長。私と一度デートしません?軽~いのでいいですから。」

いつものように軽口で琅をデートに誘うフラニーに苦笑しながら琅は家に置いてきた紫沫の事を思い出していた。

髪を切ってもらい、洗髪までしてもらった時点でかなりの時間が経っていたのは分かっていたがあまりの気持ちのよさにそのまま流されてしまった。
早く仕事に行かなければ、と思ったが琅が家を出たのはお日様が大分高く昇った頃だった。

まだこの辺りの地理も分からないし勝手に外に出て迷子になってもいけないから、と取り合えずの食べ物を渡したのだが時間的にもあまり余裕が無く慌ただしく出てきてしまったのでちゃんと紫沫に伝えられたのか実は自信がない。

一方的に約束事項・・・例えば一人で外に出ない事や誰が来てもドアを開けない事。どの部屋を見て回ってもいいが、琅の部屋には入らないでもらいたい事、などを伝え仕事に出てきた。

昨日預かった書類は溜まりに溜まっていただけあって早めに処理したい物が数点含まれていた。
自分が王都に戻った事は伝わっているだろうし、流石に今までのように紫沫を一緒に連れ歩くわけにもいかず置いてきたがその理由も分かってもらえているだろうか。

何より、ルシオに言われた”癒し”の力。
あれが見つかったかもしれない。

紫沫に触れられ頭を洗われた時から身体が軽い。羽根が生えているかのように重さもダルさも感じない。

慢性的に悩まされていた頭痛も無くなっている事は確かで、これが紫沫と関係ないとは決して言えないだろう事が分かる。

細い指先で満遍なく頭皮に触れられ、強くも弱くもない絶妙な強さで髪を洗われた。

紫沫の作ったというシャンプーの香りにリラックスして身体の疲れも飛んでいったのか?とも思ったが、それにしては身体の隅々までいきわたる瑞々しい感覚がそれは違う、と言っている。

細胞の一つ一つが息を吹き返したかのような気がするのだ。
力がぐんぐん沸いてくるような身体の底から溢れるパワーも感じる。

(これは、疲労回復とかのレベルじゃねぇぞ・・・。)

いってらっしゃい、と心細そうな顔で手を振って送りだしてくれた紫沫の様子に、ずっと傍についていてやりたかったが、紫沫の力についてもう少し詳しく情報が欲しいと職場にやってきたのだ。

ある程度こっちの仕事を片付けて、ルシオのいる研究棟に行こうと思っている。
選定士たちのいる場所だ。

今日もルシオがいるという確証はないが、ほとんど毎日研究三昧なルシオならきっと今日も同じように城へやってきているだろうと思った。

本人が預かり知らぬ所で魔法を使っているのならその制御方法を学ばせなければならないし、彼を守るために些細な事でも知っておきたいと思った。

一緒に連れてきてルシオから直接話をさせても良かったのだが、そ自分の目の届かない場所に紫沫を一人でやらせるつもりはなかった。それに、髪を切って数段可愛さの増した紫沫を誰にも見せたくなかったのだ。

いつの間にか独占欲じみた思いが生まれている事に少しだけ苦笑して、とりあえず目の前の仕事を片付けることに専念する。

失念していたのはルシオという男がこちらの思考パターンなどとうに把握しているという事実。
自分が紫沫に伝え忘れた何点かの重要な事。
そして、大人しく引っ込み思案な紫沫だったが、比較的流されやすい紫沫の性格。

結局ルシオに会えず有益な情報も得られなかった琅が家に帰ってきたのはその日の夜遅くになり。
家のドアを開けた途端ルシオと紫沫の陽気な声が聴こえてきて琅はぐったりと肩を落とした。

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