呪われ公爵様は偏執的に花嫁を溺愛する

香月文香

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解呪

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 ユージンは高く積んだ枕に身をもたせかけ、ゆったりと寛いでいた。

 イリーシャの姿を見とめると、急いで腕をついて体を起こそうとする。だがイルはずかずかと部屋に入り込んでいって、彼の身を跨いだ。

「……どうした?」

 柔和な微笑を漂わせ、ユージンはイリーシャを見上げる。微笑み一つ投げられるだけで、イリーシャは腹が立った。

 腕を伸ばし、ユージンの肩をベッドに押し付ける。抵抗はなかった。単純に、次に何をするのだろうという興味に満ちた眼差しをイリーシャに向けていた。

 ユージンを見下ろし、イリーシャは厳かに宣言した。

「……私が今から、ジーンの呪いを解きます」

 そこで初めて、ユージンの顔に動揺が走った。瞳が見開かれ、たじろぐように唇が引き結ばれる。

 イリーシャは身を乗り出した。髪が肩からこぼれ落ち、ユージンの顔の周りを紗の幕のように覆う。イリーシャは彼の襟を留める飾りボタンを外し、首元をあきらかにした。

 断首の痕のような、不吉な呪紋の広がり。

 それに指を這わせ、きっぱり告げる。

「いいですか? 嫌と言ってもやめませんからね。ジーンは私に酷い目に遭わされるんですよ。分かってますか」
「……待て」
「待ちません。覚悟はよろしいですか?」
「それはこちらの台詞だ」

 ユージンはイリーシャを優しく押しのけた。上半身を起こすと、彼女の腰を両腕で抱えてひょいと脇に置く。子どもにするような仕草に、イリーシャはむっと唇を尖らせた。二人はベッドの上で向かい合わせになった。

 ユージンが襟元を整える。片手で顔を覆い、深々とため息をついた。

「自分の言っている意味が分かっているか? 酷い目に遭うのはイルだぞ」
「そんなことはとっくに承知の上でここにいるんですよ!」

 イリーシャは血を吐くように叫んだ。体が震えて、ばらばらになってしまいそうだった。

「私は怒っているんですよ。あなたが憎くて堪らない。私から何もかもを奪って、勝手に手放して。それで自分だけ罪を償った気になれて、良い気持ちで死んで、勝ち逃げなんて許さない。——せいぜい長生きして、一生苦しんでください。それが私の与える罰です」

 イリーシャの考え得る限り、彼女の手の及ぶ限り、最大の打擲だった。

 ユージンを許すなんて到底できそうになかった。きっとこの先、一生憎しみは燻り続ける。けれど、ユージンが短命の呪いを受け入れて、命でもって償いを果たすというのも納得できなかった。彼の一方的な贖罪を受けて晴れるような、生やさしいものではないのだ。

 ならばもう、イリーシャはユージンを生かすしかなかった。

 ずっとずっとずっと、苦しんでいて欲しかった。

 その苦しみを与えるのは、イリーシャが良かった。他の誰にも——避けられない死にさえ、その役を譲りたくはなかった。

 喉に血の味が滲んだ。息が切れて、呼吸が荒くなる。こんなにも荒れ狂う感情を誰かにぶつけたことなど、生まれてこの方一度もない。

 歯を食いしばり、ユージンを激しく睨みつける。握りしめた拳の中で、爪が肌を食い破った。鋭い痛みが走るが、構っていられない。

 ユージンのかんばせからは、どんな感情も読み取れなかった。整った顔立ちの裏にあらゆる気持ちを覆い隠し、黙ってイリーシャを見据えている。イリーシャは肩で息をしながら、彼を睨み続けた。

 やがて、インクの滲みが広がるように、ユージンの満面に微笑みが浮かんだ。

 愛おしむように瞳を細め、イリーシャの拳をそっと開かせる。血のにじむ手のひらを、構わず握りしめた。

「……イルのいる人生を?」

 イリーシャは無言で彼を見据えた。ユージンは顔を寄せ、イリーシャを抱きしめる。耳たぶに吐息が触れた。彼の声が、空気をかすかに震わせた。

「戻ってきたのはイルだ。悪いが、今度は本当に逃さない」

 イリーシャはぎゅっと目を閉じる。その確信に裏打ちされた口調が、今度こそは逃げ切れないだろうことを伝えていた。

 だが、イリーシャはもう迷わないと決めたのだ。

 目を開く。こわばりそうな頬を強引に緩めて、にやっと笑ってみせる。

「いいですよ。私が地獄を見せてあげます。うんと長く苦しめてあげましょう」

 ユージンが切なげに瞳を細め、イリーシャの唇の端に口づけた。舌を這わせ、剥げ残った口紅を舐め取る。「甘いな」と目が蕩けた。

「……その憎悪の別の名を、俺は知っている気がする」
「はは」

 イリーシャの口元から、乾いた笑声がこぼれた。わけもなく泣きたくなって、喉にこみ上げた熱いものをこっそり飲み下す。

 ほっそりとした指を伸ばし、ユージンの唇を軽く押さえた。

「ジーンが言ったのでしょう。愛なるものとそれ以外とを、一体誰が区別するのです。……どうかもう黙ってください」

 イリーシャはユージンの腕の中でもがき、彼をベッドに押し倒した。ほとんど彼自ら横になったようなものだったが、ひとまず目的を達成し、イリーシャはほっと息を吐いた。

 面白そうな顔で見上げるユージンが、イリーシャの髪を指先にくるくる巻き付けながら聞く。

「……それで、やり方は知っているのか?」
「ええ、知っておりますとも! ヨハン殿下のところで学んでまいりましたから」

 手のひらで胸元を押さえ、精いっぱい妖艶な微笑を作った。ユージンを睥睨し、吐息混じりに囁く。

「……実技も交えて、ね」

 マリアンヌにちょっと触れられたくらいだが、嘘ではない。

 瞬間、ぐるんと視界が回り、イリーシャはベッドに引き倒されていた。視界に天井と、激情を押し殺したユージンの顔が映る。いつもより鮮やかな紅瞳が、ギラギラした光を放っていた。

「——誰に、何をされた?」

 放たれる怒気に、皮膚が痺れる。けれどイリーシャはもう気を失ったりしない。代わりに挑発的に笑ってみせた。

「ジーンの手で確かめてみては? 夜はこれからなのですから」

 ユージンの手が、何かを探るようにイリーシャの唇の線をたどる。だがやがて、ふっと目つきを緩めると、イリーシャに覆いかぶさった。

「その通りだな。長い夜にするとしよう」
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