ずっと君の傍にいたい 〜幼馴染み俳優の甘い檻〜

月城雪華

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始まりの合図 3

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(黒木さん……って、想像したよりも優しそう)

 紗耶はカメラに視線を向けつつ、時折ちらりと悠牙の方を盗み見る。
 昨日初めてドラマを観ただけだが、友里香から蘭を経て伝え聞いた性格よりもずっと打ち解けやすい気がした。
 寡黙に見えてその実、人をよく見ているのだろうか。

 現場に出向く事自体が普通の社員よりも少ない為か、異性と関わる事を避けてきたからか、初対面で気遣ってくれたのは悠牙が初めてだった。
 そういう人間を、紗耶は二十五年生きてきた中であまり知らない。

 異性とまともに話した記憶は無きに等しく、あったとしても緊張や恐怖から内容はおろか、相手の顔すら覚えていない。
 なのに、悠牙とならこの先も楽に仕事が出来るだろうことが、漠然とながら紗耶の心にぽつんと芽生えた。

(でもなんだろう、この……見られている感じ)

 真正面でゆったりと髪を弄っている悠牙でもなければ、隣りで準備を進めている蘭でもない。
 誰かの視線が自分に向けられているのだろうか。

(ううん、きっと蘭よね。お洒落だし、目立つから)

 頭をもたげた考えを即座に打ち消す。
 雑誌企画の打ち合わせであれば、紗耶は普段よりも色味のある服装をまとう。

 言わば、自分を奮い立たせるための最低限の武器だ。
 季節は春になろうとしている為、ペールカラーの青いワンピースに上からコートを羽織る。

 足元は動きやすいよう、低いレースサンダルを履いている。
 髪こそ下ろしてはいるものの、それだけだ。
 店内には女性客もおり、その人たちに比べると紗耶はまだ地味な方だろう。

 蘭は今年のトレンドを抑えた色合いのスカートに白いブラウスという、いかにも『できるオンナ』という出で立ちだ。
 メイクもきっちりとしているからか、紗耶の目から見てもずっと格好良く映る。

 元々お洒落が好きで、ファッションに関わる仕事をしたいと言っていたのもあるだろう。

(私も勉強しないと。とりあえず、今はこの仕事を無事に終わらせてそれから……)

「……や、紗耶」
「っ」

 ポンポンと肩を叩かれ、そこで紗耶は現実に引き戻される。

「ご、ごめんなさい」

 反射的に謝罪の言葉が口をついて出た。
 知らずのうちに自分の思考に没頭し、蘭の準備が終わった事にも気付いていなかったらしい。

「よーしよし、大丈夫よ紗耶。──始めましょうか」

 しかし、蘭は責めるでもなく肩を叩いて安心させてくれる。

(まずは集中、私なら大丈夫)

 そんな蘭に応えるように、紗耶は自分自身に喝を入れて気持ちを切り替えた。

「黒木さん、よろしくお願いします!」

 きょとんとした表情の悠牙を見つめ、紗耶は先程よりもやや大きな声で頭を下げる。
 ここで弱音を吐くのは後だ。吐いていいのは全てが終わってから。

(大丈夫。……大丈夫、頑張れば結果は一緒に出てくるもの)

 無意識にカメラを持つ手に力が込もる。
 道中、失敗してもいいと蘭は言ってくれたが、やはりいち編集者として出来る限りの事はしたい。

「こちらこそ。──」

 紗耶の気迫が伝わったのか、悠牙が眉尻を下げて笑う。
 しかし、その後に呟かれた言葉は誰の耳にも届かず空気に溶けていった。


 ◆◆◆


「……終わった」

 紗耶は盛大な溜め息を吐き、テーブルに突っ伏す。
 思い出すのは今日あった一連の出来事だ。
 つくづく自分はカメラを持つと周りが見えなくなるのだな、と改めて思い知った。

 蘭の質問に答える悠牙の表情は勿論、時々こちらからポーズの指定をして何度もレンズを向けた。
 それはいい表情を撮るためでもあったが、カメラに投げ掛けてくれる視線や仕草以上に、悠牙は被写体として優秀だった。

 前髪から覗く切れ長な瞳は、時々胡乱うろんげな色を見せる。
 男性にしては長く節張った手や白さの際立つ首筋は、遠目から見ても美しいとさえ感じさせる。

 だからか、必要以上の写真を撮っては一人で百面相していた自覚はある。
 ちらちらとこちらに向けられる悠牙の視線にも、小さく吹き出された事にもあとになって気付いた。
 家に帰って正気に戻ってみると、やり過ぎたと自分でも思う。

「絶っ対に変な人だと思われた。あ~~~、どうしてこうなるの!」

 ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱し、テーブルに頭を打ち付けるように顔を伏せる。
 鈍い音がしたが、ジンジンとする痛みで少し冷静にもなった。

(『またよろしくお願いします』って言ってくれたし、何よりお仕事だから……いや、社交辞令よこんなのは。でも)

 カフェを出る手前、悠牙の爽やかな笑みと共に紡がれた言葉を思い出す。

『──あ、今度は青山辺りでも大丈夫ですか? SNSでいい撮影スポットを見つけたんです。散策がてら白川さんに撮ってもらえたらな、と』

 紗耶が必要以上の写真を撮り終えた為か、次回は外でという事になったのだ。
 その時は勢いのまま『はい』と肯定してしまったが、こちらを見る表情が笑いを堪えるようだったと今になって思う。

(私、そんなにおかしかったかな。蘭には上出来って言われたけど)

 同僚兼親友の言葉が確かなら、そうなのだろう。
 会社に戻るまで褒めてくれたのは少しやり過ぎな気もするが、蘭が嘘を吐くタイプではないと知っている。

(蘭が言うならそうなんだろうなぁ)

 あまり自分の考えを出さない紗耶とは対照的に、蘭の性格を羨ましく思う。
 友人として思いやってくれ、同僚として時には厳しい言葉もくれる。

 本当に頭が上がらないな、と小さく独り言ちる。
 それと同時に悠牙の笑みも思い出してしまい、今更顔が熱くなるのが分かった。

「……ああして男の人と話すの、久しぶりなんだった」

 頬の熱を冷ますように顔をおおう。
 レンズ越しではない悠牙の微笑みは破壊力があるのだ。
 穏やかで優しい口調も、話に聞いていた寡黙な性格とは違った。

 芸能人で俳優という職業柄、外面や仕事だからというのもあるだろうが、これなら男性恐怖症も早々に克服できるかもしれない。

「今度は青山、か」

 頬に添えた手の平までも、段々と熱を持っていく。
 この感情がなんなのか、紗耶が気付くのはもう少し先の話だ。
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