イェルフと心臓

チゲン

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第三部 人間とイェルフ

6頁

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 昼も過ぎた頃。
 ポロノシューの診療所は、男たちでごった返していた。
「なんなのよ、これは!」
 シュイは悲鳴をあげた。
 大半の連中は、たいした怪我もしていない。手当てもそっちのけでシュイの周りに群がっては、へらへらにやにやしながら、下らないことを訊いてくる。
「あんた、結婚してんのかい?」
「恋人は?」
「ど…どんな男が好みなんだい?」
 などと言った下世話な質問から、
「イェルフの里って、年じゅう花が咲いてるって?」
「魔術で魂だけ抜けだせるって聞いたけんど、どうやるんだい?」
「あんた、ほんとは百歳なんだって?」
 などといった、まさに根も葉もない与太話まで。
「いいかげんにしてよ!」
 と、声を荒げたい衝動に何度も駆られた。
 なかには、ひっぱたいてやりたくなるほど、ひどい偏見もあった。
「人間は、まだあたしたちが魔術を使えると思ってるんだ」
 シュイの里に魔術師などいやしない。そもそも、噂すら聞いたことがない。だがこれが、人間たちにとっての真実なのだ。
 それにしても、とシュイは思う。
「なんなのよ、こいつら」
 つい先程まで、遠巻きに彼女を見つめてビクビクしていたくせに。
 なかには花束まで持ってくる男もいた。
「ちょっと、ポロノシュー、なんとかしてよ!」
 思わず救いの目を向けたが、どこ吹く風である。
「しっかり働けよ」
「こんなの仕事でもなんでもないじゃない!」
「患者の心をいやすのも、医者の仕事のひとつだ」
「こいつらのどこが患者なのよ!」
「借金まみれのくせに、口答えするな」
「こ…この……後で覚えてなさいよ!」
 結局、日が暮れるまで、男たちの質問攻めから解放されることはなかった。
 嵐のような時間だった。
 夕食を摂った後も、シュイはぐったりしたまま、しばらく動けなかった。
「やっと終わった……」
「イェルフを見るのは初めてという連中が多いからな。珍しかったんだろう」
「あたしは珍獣じゃないんだけど」
 ポロノシューが小声で、イェルフというだけじゃないがな、と付け足した。
「ねえ」
「なんだ?」
「人間って、イェルフのこと嫌いなんじゃなかったの?」
「そうだな」
 ポロノシューが、水の入った杯を、シュイの前に置いた。
「杯からこぼれた水は戻らないが、よく見ると、まだなかに残っているものさ」
「なにそれ?」
 億劫おっくうになって、シュイは考えることを放棄した。
 水を一気に飲み干すと、盛大な溜め息を吐く。
「とりあえず、医者の手伝いなんて、もう二度とごめんだからね」
 それがシュイの、今日一日を費やして得た教訓だった。
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