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#05 金木犀
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──秋の空へ。
街を行く風からほんの少しだけ夏の鬱陶しさが消えたような気がする。暦は秋になって久しいが、夏は長く残っていたように思う。まぁ、どうでも良いか。
「良くないと思うけどね?」
茶色の短い髪が揺れる。切れ長の瞳が俺を見ている。桐山曜子は赤い唇を忙しなく動かす。
「全く君はいつもそうだよ。前は季節の雰囲気とかそれの色々サ、愉しんでたのに。今はさっぱり。あーあ、いつからだろうねぇ? 君がそんな風になっちゃのは。最初の仕事辞めた時? あの変な女を追い返した時? それとも、」
あーあ、ぐらいまでは聞いていた。後はいつも通りどうでも良い話だろう。踵を返して別の道を歩く事にした。どうせ今日の予定は無いし、明日も休みだ。少しずつ季節が進んで行く。良い時節だな。
「ぉーぃ、流石に怒るぜ?」
後ろから肩を掴まれた。勿論比喩だが首筋に刃物でも当てられている気分にさせられた。
「おっけー、りょーかいだ。話を聴かせて貰おうじゃないか。」
「そりゃ散歩に誘ったのはボクだし、いつもの変な演説始めたのもボクだけどサ? 急に居なくなる事ないんじゃないかな? そりゃぁさ、君だって可愛い子と歩きたいだろうけど。」
曜子は上背がある。確かに可愛いという言葉は似合わないように思える。不満と怒りと逡巡の表情では尚の事か。それでも。
「割と美人だとは思うがね。」
「そうかい。」
一転して顔が緩んでいた。
「長々と演説かますのだけ止めて貰えれば。」
苦痛に感じた事はないが、止めるか無視を始めるまで続くのは面倒に思えた。
「君の他とは会話が成立するのだがねぇ?」
恐らくそれは、俺に伝えたい事が無いからだろう。言葉が途切れないようにするには曜子が喋り続けるしかない。
「また、妙な事考えてるだろ?」
「いや?」
伝える必要が無いだけか。
「折角なのだから楽しくお喋りしている方が良いだろう?」
そうか? 曜子とだったら別に黙ったままでも構わない。まぁ、伝える必要はないか。
「そうかもな。」
「何だ、今日はやけに素直じゃないか。」
いつもそうだろう。とは言わなかった。だから僅かな沈黙が生まれる。ほんの一瞬、曜子の顔が曇る。そうなのだった。沈黙の前の言葉と、その沈黙と、その先を曜子は考えている。昔はそうではなかった。何年前だったか、俺はまた俺を殺そうとした。当然ながら失敗した。丈夫だと過信した紐が切れたのだった。身体は直ぐに治ったが、精神が回復するまで一年かかった。それから。何人かの友人はいい加減に呆れて離れた。元々散り散りだった家族や親族とも殆ど会っていない。曜子だけは何故か離れずにいてくれて、それでもそのしこりの様な物は確かに残った。俺の自殺の理由がそこにあるのだとでも思っているのだろう。だから曜子は喋り続ける。言葉は何気ないもので、沈黙など存在しなかったかのように。意味が無い。そんなものは結果に至る過程の一つに過ぎないのだった。
「まぁ、どうでも良い。どうせ暇なら買い物付きあえよ。」
「あ、ああ。それなら車を持って来るべきだったな。」
「散歩って言ってたもんな。とりあえず今日食う物しかねぇんだ。」
背を伸ばして見せる。曜子は漸く表情を崩してくれた。頭を掻いて歩き出す。風が降りて来た。
「それなら矢張り一度戻った方が良くないかい? 酒やら調味料も少なくなってなかったか?」
色々揃えたら徒歩では大変そうだ。ならばそうするか。ふらふらと漂う二人の手を二人で見た。少し笑った。
「嫌じゃないなら、それで良いんだ。」
「嫌だと思った事も厭だと思った事も無いよ。」
「そうかい。」
ふと、懐かしい匂いがした。見上げると金木犀が花をつけていた。高く青い空に、緑の葉と金色の花。匂いが懐かしい理由は、良いだろう。俺と曜子が知っている。
「もう、冬が近いね。」
応えなかった。代わりに手を握る。背の低い俺が見上げる曜子の顔は、何だか見た事がないものだった。
「嫌じゃ、ないなら、」
背伸びをするのが厭で、曜子の身体を引き寄せた。秋の空は、変わらずにそこに居た。
街を行く風からほんの少しだけ夏の鬱陶しさが消えたような気がする。暦は秋になって久しいが、夏は長く残っていたように思う。まぁ、どうでも良いか。
「良くないと思うけどね?」
茶色の短い髪が揺れる。切れ長の瞳が俺を見ている。桐山曜子は赤い唇を忙しなく動かす。
「全く君はいつもそうだよ。前は季節の雰囲気とかそれの色々サ、愉しんでたのに。今はさっぱり。あーあ、いつからだろうねぇ? 君がそんな風になっちゃのは。最初の仕事辞めた時? あの変な女を追い返した時? それとも、」
あーあ、ぐらいまでは聞いていた。後はいつも通りどうでも良い話だろう。踵を返して別の道を歩く事にした。どうせ今日の予定は無いし、明日も休みだ。少しずつ季節が進んで行く。良い時節だな。
「ぉーぃ、流石に怒るぜ?」
後ろから肩を掴まれた。勿論比喩だが首筋に刃物でも当てられている気分にさせられた。
「おっけー、りょーかいだ。話を聴かせて貰おうじゃないか。」
「そりゃ散歩に誘ったのはボクだし、いつもの変な演説始めたのもボクだけどサ? 急に居なくなる事ないんじゃないかな? そりゃぁさ、君だって可愛い子と歩きたいだろうけど。」
曜子は上背がある。確かに可愛いという言葉は似合わないように思える。不満と怒りと逡巡の表情では尚の事か。それでも。
「割と美人だとは思うがね。」
「そうかい。」
一転して顔が緩んでいた。
「長々と演説かますのだけ止めて貰えれば。」
苦痛に感じた事はないが、止めるか無視を始めるまで続くのは面倒に思えた。
「君の他とは会話が成立するのだがねぇ?」
恐らくそれは、俺に伝えたい事が無いからだろう。言葉が途切れないようにするには曜子が喋り続けるしかない。
「また、妙な事考えてるだろ?」
「いや?」
伝える必要が無いだけか。
「折角なのだから楽しくお喋りしている方が良いだろう?」
そうか? 曜子とだったら別に黙ったままでも構わない。まぁ、伝える必要はないか。
「そうかもな。」
「何だ、今日はやけに素直じゃないか。」
いつもそうだろう。とは言わなかった。だから僅かな沈黙が生まれる。ほんの一瞬、曜子の顔が曇る。そうなのだった。沈黙の前の言葉と、その沈黙と、その先を曜子は考えている。昔はそうではなかった。何年前だったか、俺はまた俺を殺そうとした。当然ながら失敗した。丈夫だと過信した紐が切れたのだった。身体は直ぐに治ったが、精神が回復するまで一年かかった。それから。何人かの友人はいい加減に呆れて離れた。元々散り散りだった家族や親族とも殆ど会っていない。曜子だけは何故か離れずにいてくれて、それでもそのしこりの様な物は確かに残った。俺の自殺の理由がそこにあるのだとでも思っているのだろう。だから曜子は喋り続ける。言葉は何気ないもので、沈黙など存在しなかったかのように。意味が無い。そんなものは結果に至る過程の一つに過ぎないのだった。
「まぁ、どうでも良い。どうせ暇なら買い物付きあえよ。」
「あ、ああ。それなら車を持って来るべきだったな。」
「散歩って言ってたもんな。とりあえず今日食う物しかねぇんだ。」
背を伸ばして見せる。曜子は漸く表情を崩してくれた。頭を掻いて歩き出す。風が降りて来た。
「それなら矢張り一度戻った方が良くないかい? 酒やら調味料も少なくなってなかったか?」
色々揃えたら徒歩では大変そうだ。ならばそうするか。ふらふらと漂う二人の手を二人で見た。少し笑った。
「嫌じゃないなら、それで良いんだ。」
「嫌だと思った事も厭だと思った事も無いよ。」
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ふと、懐かしい匂いがした。見上げると金木犀が花をつけていた。高く青い空に、緑の葉と金色の花。匂いが懐かしい理由は、良いだろう。俺と曜子が知っている。
「もう、冬が近いね。」
応えなかった。代わりに手を握る。背の低い俺が見上げる曜子の顔は、何だか見た事がないものだった。
「嫌じゃ、ないなら、」
背伸びをするのが厭で、曜子の身体を引き寄せた。秋の空は、変わらずにそこに居た。
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