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#09 初夏の日
しおりを挟む──パトリシア。
長い冬だった。寒い日が続いて、其れが終わったかと思う頃に疫病が蔓延した。終息には、恐らく半年程を費やした。前後はあるだろう。もう如何でも良い話だ。
「して、君よ。」
そうして、君は変わらずに其処に居た。
「何処へ行こうと言うのかね?」
「約束。果たしておかないな。」
そして君は黙った。辺りには春が溢れて居る。蔓延る草花に飛び回る虫。良いさ。勝手に生きれば良い。この子がそうしたように。
「君は、優しいね。」
「そうか?」
「ああ。邪魔なら払ってしまえば良いのに。」
自分も、だろうか。推測の域を抜けないが、肯定する訳にはいかない。何か、言葉を。
「良いよ。其れで、良いよ。」
沈黙は僅か。
「もう海に出る。青い鳥かウミネコか。好きなものを探せば良い。」
「なら。」
君は枯れた手を取った。
「一緒に来て呉れ。」
僅か頷いた。君は正しく受け取った。長い黒髪が踊る。匂いを、其の柔らかさを受け取る。
今はそれだけで良いだろう、
かつての誰かが言う。
君の手を握り歩く。遠く遠い水平線を目がけて。届かない。知っている。其れでも、僕らは。
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