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#11 雨の午後
しおりを挟む──食事の話。
「時に沢木君よ。」
綾川栗栖女史は不満げだった。雨の所為だろう。買い物にでも、と思っていたが荷物が雨に濡れるのは厭だ。
「何ですか綾川女史。」
見事な黒髪に癖はない。背に、頬に、すっと触れている。目つきは涼やか。口元には柔らかで仄かな笑みがある。冷徹にも見えるらしいが、俺から見れば可愛らしい。
「沢木遼介君。見事だねぇ?」
テーブルの上に料理が並んでいる。暇を持て余して作ったものだ。女史が口に運んでいるが、一向に減る気配がない。
「ええ。残ったら冷蔵庫に入れて明日にでも作り替えましょうか。」
「其れも良いが、勿体ないと思うのだよ。」
ジャガイモを口に運びながら言った。
「何がです?」
「後日作り替えた物も旨いがね、折角だから今日この日の為に作られたものを食べたい。其れを、君、なんだこれは。」
暇を持て余していた。ほうれん草と小松菜はお浸しにした。めん汁があれば食える。明日には削り節を乗せよう。女史が口に運んでいる肉じゃがは温めなおすだけで良いし、時間が経てば味が染みる。それよりも嫌って程バジルを突っ込んだトマトスープか。玉ねぎとピーマンが入っている。煮詰めてパスタソースにしたいけれど、腐敗が気になる。
「明日の朝ですか。時期的に腐敗が気になりますね。」
「なら残りはさっさと冷蔵庫に入れ給えよ。他にもあるのだから、全部は無理だ。食べ切れないよ。」
言われた通りにラップをかけて冷蔵庫に放った。後はエノキと人参と一緒にホイルに包んで焼いた鮭と、試作のパスタサラダか。ホイル焼きは麺汁に酒とポン酢を少々。後は材料を包んでオーブンで十五分程度。焦げ目ができるくらいで良い。パスタサラダは茹でてから悩んだ。
「こういうのって、水で洗って良いんですかね?」
「さて? 試してみれば良いんじゃないか? ソースはマヨネーズに、酢と塩コショウだね。良いセンスだ。異論はあるだろうが。」
「ですね。砂糖とか牛乳も良いみたいです。」
「ほぉ、それも試したいが。」
「先ずは水で洗うトコからですね。」
茹で上がったパスタをザルに上げる。湯気が一気に上がって、女史と二人で笑った。洗いながら思いついた。熱が取れるまでは水の中で良いだろう。レタスを千切る。気付いた女史がキュウリを斜めにスライスしてくれた。別の器でソースを作って、サラダボウルで混ぜた。
「旨い、がね、君は私を如何したいんだ。これではとても健康な豚になってしまうよ。」
「はぁ、健康なら宜しいかと。」
「嫌だよ。君に会わせる顔は、あるのか、でも、私が嫌だ。」
ならこれは如何だろう。鶏胸肉に塩と水に浸してそのままレンジで加熱する。粗熱を取ったらポン酢と山椒、ラー油に刻んだネギを振りかけて完成だ。
「確かに好いけれど、明日の弁当に入れて呉れよ。もう入らないよ、お腹いっぱいだ。」
「左様で。お粗末様でした。」
「粗末じゃなかったよ。美味しかった。」
「豚肉と白ゴマの炒め物も。」
「だから、もういっぱいだよ。これ以上は、ふふっ、私を壊してみたいのかな?」
「いえいえ。」
女子は笑いながら立ち上がった。
「もう少しゆっくりしましょう。」
「食べ過ぎた。少し動かないと本当に豚になってしまうよ。」
「好いじゃないですか。綾川女史なら豚になっても可愛いですよ。」
「五月蠅い。兎に角動く。でも、まぁ、いつも有難うな。今日も旨かった。」
「左様で。」
見事な黒髪が動き出す。俺は手近にあった料理雑誌を開く。簡単な料理、難しい料理、色々ある。味を想像するのも、女史の反応を想像するのも愉しい。
「また私を豚にする心算だな、全く、君の趣味が知れないよ。」
「美味しいと言われるのは嬉しいんですよ。」
台所で洗い物をする女史と言葉を交わす。それが愉しくて、嬉しくて、次は何を作ろうかと、想像ばかりが巡る。
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