【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 聞きなれない単語に、エリオット以外の全員が『ろでお?』ときょとんとして、僕に注目が集まった。
「返事は! 暴れ馬に乗ったことはあるかって聞いてるんだよ!」

 束の間呆然としていたエリオットがハッとして答える。
「ありませんよ! でも、やれって言うんでしょう!?」

 もちろんその通りだ。けど。ひとりの騎士が僕とエリオットの間に割り込んできた。
「ちょっと、王子様。下がっていてください。邪魔をしないでいただきたい」

 乱暴に肩を掴まれ「離せ!」と暴れた。人間の姿のままではびくともしない。
「バーレイ様。邪魔になっているのはあなたの方です」
 エリオットが静かな怒りが篭った声で言って、騎士を僕から引き剥がした。

「ルシアン殿下には切り札がございます。必ず、テオドール殿下を助けてくださる。ですが」
 エリオットが気遣わしげな目で僕を見た。
「本当に、ここで披露してしまってよろしいのですか?」

「大丈夫。僕はいつでも、化物と罵られる覚悟はできているんだよ」
 それこそこ今の自分の能力を確認した3歳の頃からね。

「『身体強化』はできるね? 運んでやるから死ぬ気でしがみつけ」
 僕がそう言うと勇者は顔を顰めた。
「毛が毟れても怒らないでくださいよ。それと、場所はわかるんですか?」
「ぼんやりと。迷いそうなら指示して」

「……わかりました。魔馬より速いんでしょうね?」
「当然」
 これでも、獣神カーハディール様から直々に加護をいただいた愛し子だ。家畜化された魔物なんかと比べないでもらいたいね。

 僕は周囲を見回し、集まっている騎士や使用人に敢えて念話で告げた。
『今からこの場で見るもの、聞いたこと、全て。口外することは許さない』
 そして、その場で獣化した。

 騎士たちが僕を見上げ、何人かは剣を抜こうとした。使用人の中からは悲鳴がいくつも上がる。怯えられて傷付かないと言えば嘘になる。それでも、今は構っていられない。

「この間より大きくないですか?」
『そりゃ、大きい方が速度も出るから。さっさと背中に乗ってくれる?』
 エリオットを乗せようと伏せた時、僕の目の前に先ほどの騎士が立った。

『何? 今は気が立ってるから、邪魔するなら本当に噛み殺すよ?』
「深緑の迷宮まで行ってくださるのですか」
『そのつもりだけど』

「……もうひとり、乗せていただけませんか」
『お前を? 冗談じゃない』
 鞍も綱もないまま人を乗せようというのに、ちゃんとしがみついていられるかわからない人物を乗せて走れると思う?

「決してお邪魔はいたしません! きちんと事情を説明できる者の同行が必要なはずです!」
 ……これの言うことも一理あるな。今の僕は魔物として討伐対象にされかねないし、それを止めるのに侍従のエリオットでは発言力がない。

 この騎士が何者かは知らないけど、いないよりマシかもしれない。
『エリオット。フォローできる?』
「……しますよ! すればいいんでしょう!」
 背中から、自暴自棄になった勇者の声がした。



 ***



 『深緑の迷宮』はトラステア王国の首都ユステルから日帰りできる距離にある。でなければ、テオが毎晩帰宅できるはずがない。なんとなくの方角は知っていたし、人と馬、それに魔物の気配を辿れば、場所の特定は難しくなかった。

 ただ、獣化した僕が街の中を走るわけにはいかないので、少しばかり遠回りする必要がある。それでも魔馬よりずっと速い。

 背中に張り付いた二人は静かなものだった。声を発する余裕なんてないのだろう。かなり急いだからね。猫の走り方は馬とは違う。どうしても上下に弾むから相当乗りにくかったはずだ。

 迷宮に近付き、知らない人間の気配が増える。僕は少し迷って、このまま走ると決めた。当然、悲鳴や怒号が聞こえたし、攻撃しようとしてきた者もいる。それを全部無視して避けて、流石に少しスピードを落とし、僕は迷宮の前に辿り着いた。

 立ち止まった僕の周囲を騎士が取り囲む。もちろん剣を向けられている。怖くはなかった。あるのは苛立ち。全て薙ぎ倒してやりたくなる。
「人が乗っているぞ!」
 誰かが叫んだおかげで、騎士たちの動きが止まった。

「もし、山猫の魔物がテイムできても絶対背中には乗らない……!」
 エリオットが素でそんな風にぼやき、騎士を先に下ろして僕の背中から転がり落ちた。周囲の騎士たちがざわめく。

「バーレイ侯爵令息……!?」
「トバイアス様!」
 あ、僕が運んで来た騎士は意外と良い家のお坊ちゃんだったのか。バーレイの名前は貴族名鑑にあったな……確か子沢山の家。トバイアスは五男だったはず。

 どうにか立ち上がったトバイアスが、声を張り上げた。
「攻撃するな! この方は王弟殿下を助けるためにここまで来てくださったのだ!!」
 なかなかの声量だった。ふらふらでエリオットに支えられているのに頑張るなぁ。

「罵られることも魔物に間違われることも覚悟の上で来てくださった神獣様だ! お前たち、下がれ!」

 そういえばテオにも『神獣』って呼ばれたよな……トラステア王国には神獣の伝説か何かがあるのだろうか。

 騎士たちは剣を納めることはしなかったけど、切先を下げた。バーレイ家の子息を連れて来ていて良かった。僕とエリオットだけならこうはならなかったはずだ。

 僕の周りから騎士が離れる。でもまだ警戒されている。この空気の中で獣化を解くのか。戻りにくいな……。

 騎士たちがざわめく。人の壁が左右に割れて、ひとりだけ群青色のマントを装備した騎士が、僕たちに近付いてきた。
 トバイアスが呟く。
「団長……」

 なるほど、偉い騎士なんだな?
「何故、君が神獣の背に乗っていたんだ、トバイアス」
「この侍従だけを連れてここに来ようとなされていたので、供を申し出ました」

「その神獣、人の言葉が通じるのか」
「通じる……と、言いますか……」
 トバイアスが困った顔をして僕を振り向く。

 仕方ない。戻るか。僕は巨大化していた体を縮めて獣化を解いた。
「人だ」
「どうして」
「神獣じゃないのか!?」
 ……まあ、そうなるよね。

 あいにく僕にはここにいる全員に聞かせるほどの声量がない。だから、念話で言った。ひとりも漏らすことなく全員に。

『私はルシアン・アゼル・エメリー・タルマール。我が夫、テオドールを迎えに来ました』
 ざわめきが止まった。しんと静かな緊張が辺りを包む。

『時間が惜しい。邪魔はしないで』
 念話に僅かな殺気を乗せる。
『私を足止めする者は噛み殺されたいのだと判断します』




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