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不思議と明るい迷宮の中、僕は今、普通サイズの猫の姿で、トバイアスが背負った荷物の上に寝そべっている。
「ルシアン殿下、大丈夫ですか」
時々トバイアスが振り向いて、僕がちゃんと居るかを確認する。
『うん……大丈夫』
僕はひとりだけ楽をさせてもらっていた。
人の姿の僕は弱い。それはもう弱い。魔法を使っても半人前、剣なんかほとんど使えないし、迷宮では足手まといにしかならない。まして一緒にいるのは体力自慢の騎士と女神が特別に創り出した勇者様である。僕が人の姿でついて行くのは無理だ。
先を急ぎたいし、迷宮の中も二人を乗せて走りたいくらいなんだけど、それは体力がもたないと言われたし、広さ的にも難しかった。それで何故かこの形に落ち着いたというわけ。
トバイアスは今、エリオットから譲られた、妙に四角いバックパックを背負っている。上が平らで僕が乗るのにちょうどいい。
このバックパック、魔法鞄になっていて、見た目より多く入って重さも大幅に軽減されるらしい。またしてもエリオットのお手製である。多才すぎないか、勇者様。
エリオットはその魔法鞄と引き換えに、改めてトバイアスと口外無用の契約を交わした。ついでに僕に関する情報も漏らさないと約束させて。
『そういえばさ、エリオットは僕に対しても堅苦しいよね。もっとこう、前世の話とかしたくならない?』
歩きながらの雑談は、焦る気持ちを和らげるためのものだった。
僕はこの念話をトバイアスにも聞かせている。侯爵家出身の騎士は、最初、余計な秘密を知るのを嫌がった。けど、内容でいちいち話しかける対象を切り替えるのは正直面倒だ。咄嗟に間違える可能性もある。
だからもう、全部聞かせることにした。どうせエリオットの返事は聞こえているんだし。ちなみに念話は音ではないので、耳を塞いでも無駄だ。
「日本のことは懐かしいですよ? でも、この世界の身分制度に殺されたくないので」
『あー、確かにね。僕が気安く接することを許しても周りが許さないか……』
「それに、意外と向こうに対する未練ってないんですよね」
『あー。わかる、それ僕も。転生した時けっこう若かったはずなんだけど、戻りたいとかあの人生の続きを生きたいとかはあまりないんだ』
「そうなんです。ちゃんと切り替えができていると言うか」
「何なんですか、前世って……」
無理やり聞かされている騎士がぼやいた。
「……いや、いいです。知りたくありません」
そう? 説明してくれと言うならイチから解説するのもやぶさかでないんだけど。
『そうだ。エリオットにはちゃんと名乗っておこうかな』
「え?」
『俺、倉橋翔吾です。改めてよろしく』
「え、あっ……」
前世の名前を告げた僕に、エリオットは何故か焦ったようだった。
『ん? もしかして、知りたくなかった? それとも、自分の名前を覚えてないとか?』
「そういうわけではないんですけど……」
エリオットが口の中でモゴモゴ言う。猫の聴覚でも聞き取れなかった。
『え、何?』
「……さ、佐藤美結、です……よろしく」
え。まさか。
『………………女の子!?』
「あ、あくまでも『前世は』ですよ? 今の私はちゃんと男、です。特に違和感なく生きてます」
『そ、そうなんだ? なんか、余計なこと言わせてごめん』
「いえ……お気になさらず……」
急に勇者が足を止めた。僕も近くに魔物の気配があるのを感じる。トバイアスはまだ気付いていないらしく、少し戸惑っている。
「ルシィ様」
エリオットが僕を呼んだ。
『うん』
僕はトバイアスの荷物から飛び降りた。
「小さいですね。兎か……スライムでしょうか」
『兎だな。足音が聞こえた』
耳は良いんだよ、猫だからね。
『二匹いる。左は僕が』
兎とはいえ、迷宮にいるのは魔物である。僕は体の大きさを加減して、戦闘に備えた。見えてきたのは中型犬程の大きさがある兎。しかし、普通の兎と比べて耳が短く、背中に瘤があり、毛並みが悪く、なんとなくみすぼらしい見た目だ。
相手に気付かれる前に。
僕は兎の魔物に駆け寄り、飛びついた。魔物が哀れっぽく「チィ!」と鳴く。やっぱり兎じゃないよな、これ。暴れる魔物を押さえ込み、その首に噛み付く。
どうやらこの姿の僕は、本当に獣であるらしい。牙が毛皮を破る感触も、魔物の血も、骨をへし折る手応えも。最初に感じたのは爽快感や達成感、それに興奮だった。
「ルシィ様!」
もう片方の魔物を難なく斬り伏せたエリオットが、心配そうに僕を呼んだ。ぐったりと動かなくなった魔物から離れる。流石に口の中が気持ち悪い。
「《水生成》」
エリオットが空中に水球を浮かべる。
「よろしければこれで口をすすいでください」
本業が侍従なだけあって、気が利くな。
濡れたくないという気持ちと早く口をすすぎたいという気持ちが一瞬競り合う。このままでいるのは嫌だ。僕は水球に顔を突っ込んで、口をすすぐついでに顔に付いた血も洗い落とした。
ぷるぷると水を飛ばすと、それをうっかり浴びたらしいトバイアスに嫌そうな顔をされた。こいつ、貴族の子息にしては感情を表に出しすぎじゃないか? トラステアではこれが普通なのか?
エリオットが顔を拭いてくれて、風魔法で毛並みを乾かしてくれた。この甲斐甲斐しさはいつもならテオに向けられているものだ。
『崩落の現場はこの先だよね?』
「ええ、地図の通りなら……」
『急ごう』
兎なんて無視して追い払えば良かった。遊んでいる場合ではないのだ。少しでも早くテオを発見したい。
結局、その兎以外の魔物には遭遇せずに、崩落現場にたどり着いた。エリオットもトバイアスも魔物が現れないことを不思議がっていたけど、たぶん僕のせいだろう。威圧スキルが少し暴走しかけていて、弱い魔物は怯えて逃げていくのだ。
もし僕が冒険者になる将来があるとしたら。その時は……気を付けないと、まともに狩りができないかもしれないな。
「ルシアン殿下、大丈夫ですか」
時々トバイアスが振り向いて、僕がちゃんと居るかを確認する。
『うん……大丈夫』
僕はひとりだけ楽をさせてもらっていた。
人の姿の僕は弱い。それはもう弱い。魔法を使っても半人前、剣なんかほとんど使えないし、迷宮では足手まといにしかならない。まして一緒にいるのは体力自慢の騎士と女神が特別に創り出した勇者様である。僕が人の姿でついて行くのは無理だ。
先を急ぎたいし、迷宮の中も二人を乗せて走りたいくらいなんだけど、それは体力がもたないと言われたし、広さ的にも難しかった。それで何故かこの形に落ち着いたというわけ。
トバイアスは今、エリオットから譲られた、妙に四角いバックパックを背負っている。上が平らで僕が乗るのにちょうどいい。
このバックパック、魔法鞄になっていて、見た目より多く入って重さも大幅に軽減されるらしい。またしてもエリオットのお手製である。多才すぎないか、勇者様。
エリオットはその魔法鞄と引き換えに、改めてトバイアスと口外無用の契約を交わした。ついでに僕に関する情報も漏らさないと約束させて。
『そういえばさ、エリオットは僕に対しても堅苦しいよね。もっとこう、前世の話とかしたくならない?』
歩きながらの雑談は、焦る気持ちを和らげるためのものだった。
僕はこの念話をトバイアスにも聞かせている。侯爵家出身の騎士は、最初、余計な秘密を知るのを嫌がった。けど、内容でいちいち話しかける対象を切り替えるのは正直面倒だ。咄嗟に間違える可能性もある。
だからもう、全部聞かせることにした。どうせエリオットの返事は聞こえているんだし。ちなみに念話は音ではないので、耳を塞いでも無駄だ。
「日本のことは懐かしいですよ? でも、この世界の身分制度に殺されたくないので」
『あー、確かにね。僕が気安く接することを許しても周りが許さないか……』
「それに、意外と向こうに対する未練ってないんですよね」
『あー。わかる、それ僕も。転生した時けっこう若かったはずなんだけど、戻りたいとかあの人生の続きを生きたいとかはあまりないんだ』
「そうなんです。ちゃんと切り替えができていると言うか」
「何なんですか、前世って……」
無理やり聞かされている騎士がぼやいた。
「……いや、いいです。知りたくありません」
そう? 説明してくれと言うならイチから解説するのもやぶさかでないんだけど。
『そうだ。エリオットにはちゃんと名乗っておこうかな』
「え?」
『俺、倉橋翔吾です。改めてよろしく』
「え、あっ……」
前世の名前を告げた僕に、エリオットは何故か焦ったようだった。
『ん? もしかして、知りたくなかった? それとも、自分の名前を覚えてないとか?』
「そういうわけではないんですけど……」
エリオットが口の中でモゴモゴ言う。猫の聴覚でも聞き取れなかった。
『え、何?』
「……さ、佐藤美結、です……よろしく」
え。まさか。
『………………女の子!?』
「あ、あくまでも『前世は』ですよ? 今の私はちゃんと男、です。特に違和感なく生きてます」
『そ、そうなんだ? なんか、余計なこと言わせてごめん』
「いえ……お気になさらず……」
急に勇者が足を止めた。僕も近くに魔物の気配があるのを感じる。トバイアスはまだ気付いていないらしく、少し戸惑っている。
「ルシィ様」
エリオットが僕を呼んだ。
『うん』
僕はトバイアスの荷物から飛び降りた。
「小さいですね。兎か……スライムでしょうか」
『兎だな。足音が聞こえた』
耳は良いんだよ、猫だからね。
『二匹いる。左は僕が』
兎とはいえ、迷宮にいるのは魔物である。僕は体の大きさを加減して、戦闘に備えた。見えてきたのは中型犬程の大きさがある兎。しかし、普通の兎と比べて耳が短く、背中に瘤があり、毛並みが悪く、なんとなくみすぼらしい見た目だ。
相手に気付かれる前に。
僕は兎の魔物に駆け寄り、飛びついた。魔物が哀れっぽく「チィ!」と鳴く。やっぱり兎じゃないよな、これ。暴れる魔物を押さえ込み、その首に噛み付く。
どうやらこの姿の僕は、本当に獣であるらしい。牙が毛皮を破る感触も、魔物の血も、骨をへし折る手応えも。最初に感じたのは爽快感や達成感、それに興奮だった。
「ルシィ様!」
もう片方の魔物を難なく斬り伏せたエリオットが、心配そうに僕を呼んだ。ぐったりと動かなくなった魔物から離れる。流石に口の中が気持ち悪い。
「《水生成》」
エリオットが空中に水球を浮かべる。
「よろしければこれで口をすすいでください」
本業が侍従なだけあって、気が利くな。
濡れたくないという気持ちと早く口をすすぎたいという気持ちが一瞬競り合う。このままでいるのは嫌だ。僕は水球に顔を突っ込んで、口をすすぐついでに顔に付いた血も洗い落とした。
ぷるぷると水を飛ばすと、それをうっかり浴びたらしいトバイアスに嫌そうな顔をされた。こいつ、貴族の子息にしては感情を表に出しすぎじゃないか? トラステアではこれが普通なのか?
エリオットが顔を拭いてくれて、風魔法で毛並みを乾かしてくれた。この甲斐甲斐しさはいつもならテオに向けられているものだ。
『崩落の現場はこの先だよね?』
「ええ、地図の通りなら……」
『急ごう』
兎なんて無視して追い払えば良かった。遊んでいる場合ではないのだ。少しでも早くテオを発見したい。
結局、その兎以外の魔物には遭遇せずに、崩落現場にたどり着いた。エリオットもトバイアスも魔物が現れないことを不思議がっていたけど、たぶん僕のせいだろう。威圧スキルが少し暴走しかけていて、弱い魔物は怯えて逃げていくのだ。
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