【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 僕たちが夕食を終えるのを待ってくれたわけじゃないんだろうけど、迷宮の中は急速に暗くなっていった。迷宮にも夜があるのだ。

 トバイアスは「ここでひと晩過ごすべきだ」と主張した。でも僕としては、せめてあの穴の底までは行きたかった。そこにテオが倒れていないことをこの目で確かめたい。

「暗い中を動くのは危険すぎます」
「でも……ランタンはあるし」
 トバイアスが顔を顰める。

「あなた様は夜目が利くのかもしれませんが、明るさが足りません。この先何があるのかもわからないのですから……」

「暗くなければよろしいのでしょうか?」
 エリオットがそう言って、魔法で辺りを照らす光の球を出してくれた。明るい。なのに光球を直接見てもあまり眩しくない。不思議だ。

「……穴の底までですよ? そこから先の探索は休んでからです」
 エリオットに諭されて頷く。
「わかってるよ」
 きちんとした休憩は必要だ。

 エリオットの魔法で、僕たちはじれったいくらいゆっくりと穴を落ちていった。下がどうなっているかわからないので、僕は一応猫の姿になっている。

 騎士が降りた時には危険はなかったらしいけど、魔物がいないとは限らない。猫の姿の方が何があっても機敏に対処できるだろう。

『これ、もう少し速くならないの?』
「すみません。加減が難しくて……下手に途中から変えようとすると、魔法が切れる可能性が」
『……じゃあ、仕方がないか……』

 穴は深かった。上から見た時にわかっていたけど。いくつかの階層を貫いていて、これが迷宮の断面だと思うと興味深くはあった。三つの階層でできているはずの深緑の迷宮、けど、僕たちはそれ以上のものを見ていた。

「あれは第三階層……ならばここはおそらく第五階層相当……なのに更に下が……この空間は今までずっとここに……?」

 隣を落ちていくトバイアスはなんか小声でずっとぶつぶつ言っている。僕はこの侯爵令息を、やはり『迷宮オタク』に違いないと認識した。

 底に着いた。ふわりと着地した地面は乾いた土の感触。第一階層よりもかなり天井が高くて、雰囲気が違う。

 不思議なことに、床が抜けたはずの穴の底には瓦礫なんてほんの少ししかなかった。岩がいくつか転がっているだけ。まるで、最初からこういう地形だったみたいだ。ここがどこなのかはわからない。けど、なんとなく通路の途中という印象だった。

 猫の鼻は強い血の臭いを捉えていて、それがテオのものであることもわかってしまって、僕は泣きそうになった。二度、三度まばたきをして、歩く。

「ルシィ様? どちらに……!」
 勝手に側を離れようとした僕に、エリオットが焦り、追いかけてきた。もちろん、トバイアスもついて来る。

『テオは、一度はここで倒れていた。血の臭いがする。でも、血痕がない……』
 僕は足を止めて、地面の匂いを確認した。エリオットが僕の傍らに屈んだ。

「おそらく、ダンジョンクリーナーが消したのでしょう」
『あちらの方向に移動している』

「移動……テオ様は歩くことができたのでしょうか」
『どうかな。かなりの出血があったと思うから』
「そうですよね……無傷なはずが……」
 何かがテオを移動させた。そう考えるのが妥当だろう。

 そう。何かが。

 僕はぶわりと体を巨大化させると、岩陰に向かって跳躍した。
「ルシィ様!?」
「殿下!!」
 人間二人の声を無視して、爪の下に捕らえたものを睨みつける。

『今の僕から逃げられると思うな。お前はたっぷり甚振ってから殺す』
 僕の前脚に押されて、怯えきった様子の狼が、きゅうん、と鳴いた。

『違う! 違うんだ!! 助けてくれ!』
 この狼、念話を使うのか。
『何が違う。お前からはテオの匂いがする』
『それは、俺があの人を運んだから……!』
 狼を押さえる前脚に少し体重を掛けた。

『は、話を……俺の話を聞いて』
『まずはその目を抉ってやろうか』
『お助けを……! ち、治療。治療のために、俺は、あんたの番を助けようと……』
 治療……?

 テオが僕の番、というのは一旦置いておくとして。僕は少しだけ狼を押さえる力を緩めてやった。
『魔物のお前が何故テオを助ける?』
『俺は魔物じゃない……!』

『魔物じゃない?』
『俺は獣人だ、獣化してるだけ!』
『獣人……』
「冒険者の知り合いから聞いたことが」
 エリオットの声に顔を上げた。

『この世界、獣人がいるの?』
「いる……と言えるかどうか。伝説のようなものです。『迷宮の奥底には古き獣の民が暮らしている』と。まあ、誰も信じていませんが」

『それが俺たちだ! 獣人だよ!』
 狼がジタバタと暴れた。
『獣人ってことは、お前、人になれるの?』
 ついでに、複数いる、と。
『そうだ。頼むから助けてくれ……!』

『わかった。話を聞かせてもらおうか』
 狼を睨み、力を緩めた。
『もし逃げたら、その首、へし折ってやる』
 牙を見せて威嚇してから、僕は狼を解放した。

 その獣人はラスと名乗った。落ち着いて見ると綺麗な白狼で、獣化を解いた姿は背の高い男だった。年は二十代半ばくらいか。白い長髪に鍛えられた体。いかにも戦士という雰囲気があった。

 獣耳とかはないんだな、と思ったら、ラスいわく「獣人は耳を隠せるようになって一人前」であるらしい。
 人の姿になったラスは僕の前で跪いた。
「獣神様の眷族に会えたことを光栄に思う」
 眷族……なのか? 加護は確かにあるけど……

『それで? テオは今どこに?』
「獣人の里に。生きてるよ」
 僕は心底ほっとして、全身から力が抜けた。猫の姿を維持することもできなくなって崩れ落ち、そのまま意識を手放した。



 ***



「だからさあ。人間を里に入れるのはまずいんだよ」
「事情はわかります。でも、このままひとりで放り出されたらどうなるかくらいわかるでしょう」
「そんなの俺の知ったことじゃない」
「私はそれでは困るのです」
 ああ。エリオットがラスと言い争っている。

「悪いが信用できない」
「私にはテオ様やルシィ様だけでなく、この方も無事に連れ帰る義務があるんです」
「じゃあ、神獣様だけ俺が連れて」
「……それこそ、私はあなたを信用できない!」
 うわ、勇者の殺気……!

「……ねー、何のはなし……?」
 僕はもぞもぞと起き上がって目を擦った
「ルシィ様……すみません、起こしてしまいましたか」

 僕を振り返ったエリオットの向こうで、ラスが青褪めていた。少し離れた所でトバイアスが遠い目をしている。まだ頭がぼんやりしていて、状況がわからない。
「この獣人が、バーレイ様をここに置いて行くと言い出したのですよ」




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