魔竜の鍛冶師 ~封印されていた溶鉱の魔竜と契約したら鍛冶師でありながら世界最強になってしまったけど、実はあんまり戦いたくない~

紙風船

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転職鍛冶師編

第4話 剣と魔法と現実

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 王城の一室、異世界職業安定所に戻ってきた頃にはスキル酔いもすっかり醒め、以前のように……というか、以前よりも元気になっていた。以前というのは会社に居た頃よりも、という意味だ。あの頃は無気力でこそなかったが、何処か盛り上がらない気持ちのまま過ごしていたのだが今はそんなことは全然なくて、何かしたい、何か知りたいという気持ちでいっぱいだった。

「吉田さん、次は何をするんですか?」
「ははは……まぁまぁ、落ち着いてください。環境が変わったことで気持ちの面や体の面でも高揚感はあると思います。これもまた弄られてる可能性があるという話もあるんですが、これに飲まれると後が辛い。全力疾走をし続けると色々きつくなりますからね」
「それもそうですね……ふぅー……」

 深呼吸を繰り返し、火照った頭を冷ます。打たれた鉄のように僕の感情も真っ赤に染まっていたようで、何とか落ち着けた僕は改めて吉田さんに向き直った。

「大丈夫そうですね」
「えぇ、なんとか。怖いですね、高揚感というのも」
「若い人間が渡界エクステンドしてくると厄介ですよ~。言っても止まらないですから。その点、三千院さんの担当になれた私はラッキーって訳です」
「ははは……」

 頬を掻いて苦い笑みを浮かべる。どうせ僕はアラサーですよ。

 と、そんな他愛ない話をしていると奥の方で大きな音がした。驚いて其方を見ると、立ち上がった若い男が拳を握って吠えていた。見れば床にはひっくり返った椅子。なるほど、さっきの音はそれか。勢い良く立ち上がった所為で椅子が倒れたのだろう。男の声は耳を澄ますまでもなく、此方まで聞こえてきた。

「なんでですか! 俺、今なら何だって出来ますよ!」
「お、落ち着いてくれ! 何でもは出来ないから!」

 対応しているのは此処に来た時に見た甲冑を身に着けた金髪の女性だ。何とか男を宥めようとしているが、男は耳を貸さない。

「いーや、出来るね! 何なら空だって飛べる!」
「飛べる訳ないだろう! 君のスキルはそういう系じゃ……」
「いや飛べる! 飛べる気がしてきた! よし、飛ぼう!」

 勘違い、此処に極まれり。しかし男は高揚感に支配されている。訳の分からない事を言っている自覚もないまま男は駈け出し、窓へと手を掛けた。鍛冶場から此処に来るまで登り、折り返してきた数を考える。此処は4階だ。流石に無事では済まない。

「吉田さん、あれやばくないですか?」
「治癒専門の魔法使いも居ますが、打ち所が悪いと厳しいですね……仕方ない。拘束しますか」

 今にも窓から飛び出そうとする男を金髪女性がしがみ付いて必死に阻止しようとしている。立ち上がった吉田さんは男の方へ向けて手を伸ばす。何かを強請るように上へ向けた手に光が灯り、白い球体が出現する。そしてその光の中で何かが芽吹いた。

 それは木の芽だった。瑞々しい二葉は手の平の上に浮かんだ球体の中で超スピードで成長し、茶色い木へと成る。それを握り、振りかぶり、撒く様に投擲すると手の中の木は鞭のように伸びて男の二の腕に絡まった。

「おぉ」
「木魔法というものです。私のスキルですよ」

 握った蔓をグイ、と引っ張ると男は呆気なく室内へと戻った。大の字に倒れ込む瞬間に女性は素早い身のこなしで下敷きを免れたが、男は後頭部を強く打ち付けたようで鈍い音が響く。思わず顔をしかめてしまう、嫌な音だった。

「ちょっと乱暴ですけど、死ぬよりは良いですし酔いも醒めるでしょう」

 握っていた蔓を離すと蔓は魔法のように粒子となって消えた。いや、魔法だったか。意外な場面で吉田さんのスキルを見ることが出来た。僕のような職人スキルだけじゃなく、こういった方面のスキルもあると知れたのは収穫だった。

 男はひっくり返ったまま動かない。どうやら気絶してしまったようで、女性は職員に声を掛けて男を医務室にでも運ぶように指示をしていた。

 さて、落ち着いたようだ。では僕はこれからこの世界を学ぶ為の段どりを改めて……

「宗人殿」

 再びの中断。声の主は先程の女性騎士だった。

「邪魔して申し訳ない。しかし先程はとても助かった」

 その自覚があるなら声を掛けるなよって思っちゃうのは自分の中にまだ高揚感があり、学びの邪魔をされてしまったからであって僕自身はこの状況で吉田さんに声を掛けるのは当然だと理解している。まだ抜けきっていない所為で良くない思考になりそうなところを小さく薄く長く息を吐くことで解消させた。

 声がした方を向くとやはり先程の女性騎士が胸に手を当てていた。この国の感謝の礼だろう。綺麗に指を揃えた右手を胸に当てて微笑んでいた。

「構いませんよ、ヒルダさん」

 ヒルダと呼ばれた騎士は嬉しそうに頷いた。その青い目が僕へと向けられる。とりあえず会釈の先制攻撃だ。フィリアさんも流石騎士というか、異世界職業安定所に居るからか、日本的な会釈を返してくれた。

「貴方は先程来られた渡界者エクステンダーの方だな。私はブリュンヒルダ・アイゼンベルク。このホワイトヴェインで近衛騎士と職安職員を務めさせてもらってる。ヒルダと呼んでくれ」
「三千院侘助と申します。鍛冶やるかもって感じです。よろしくお願いします。僕も侘助と呼んでくだされば」

 僕の自己紹介の何が気に入ったのか、にこやかな笑みを浮かべてくれた。揺れる豊かな金髪は遠目で見た時はまるで金色の川のようだと思っていたが、目の前で見ると毛先まで綺麗な金糸のようだった。緩やかなウェーブが非常にあざとい。これは誰だって目を奪われてしまう。

「と、すまない。要件はそれだけだ。邪魔して悪かった。侘助殿、またいずれ」
「あ、はい。その時はよろしくお願いします」
「うむ」

 それだけ言うとヒルダさんは踵を返し、規則正しい綺麗な歩き方で職安を後にした。部屋を出ていくまで見送ってから吉田さんに向き直ると何かニヤニヤしていやがった。頬杖なんかついちゃって、職員がそんなだらけた態度でいいんかと一喝してやりたかったがこの口喧嘩は僕の負けで終わるのが目に見えていた。

「なんですか」
「いーえ、何も?」
「……いずれって何です? そういえば彼女にも何か教わるとかってさっき話してましたけれど」

 吉田さんは嫌らしい笑みを引っ込め、営業スマイルに切り替えて何かの冊子を取り出した。

「それはこれから説明しますよ。ヒルダの件だけ先に教えちゃうと、彼女に剣を教わってもらいます」
「剣? 剣道とか、そういうのですか?」
「えぇ、そういうのです」

 パラパラと捲ったページを僕の方に向けて差し出す。其処にはフリー素材みたいなイラストで剣を持った男の子がドラゴンみたいなモンスターと向き合う挿絵が描かれていた。

「はは、ゲームじゃないんだから」
「そう、此処は現実です。現実ですが、僕達からすればファンタジー世界。魔法もあればモンスターも居ます」
「居ますって……まさか、これと戦えと?」

 トントンとドラゴンを指先でつつく。馬鹿馬鹿しい。いくら何でも荒唐無稽だ。小さい頃はそういう空想遊びもしたが、大人になった今は剣一本で勝てるような相手には思えない。人よりも大きな狂暴な生き物相手なら、少なくとも戦車とかミサイルとか、そういう現代兵器でも相当高火力のものを用意しないと太刀打ちできないだろう。

「まさか、ドラゴンと戦えとは言いませんよ」
「なら剣なんて……」
「ですが、モンスターは居ます。剣と魔法の世界ですが、此処は現実です。ゴブリンやオーク、ハーピー。ドラゴンまでいかなくともワイバーン等、人に害を為すモンスターは存在するんです。それらは今も人里への被害を作り続けているし、これに対処するには戦う術が必要です」
「鍛冶志望の僕を戦場に駆り出すんですか?」
「可能性が無いとは言い切れません。と言っても私の予想では三千院さんが呼び出される可能性は非常に高いです。確定と言ってもいい」

 吉田さんの言葉に瞼がぴくりと動く。戦う術のない僕が呼ばれる可能性が高い?

 僕にあるのは『鍛冶一如』だ。今、判明している能力は熱した鉄を叩くと一打で剣の完成形へと成形するというだけだ。

 この能力で戦場に呼ばれる理由……。

「出張して現場で鍛冶……とかですか?」
「御名答。あの能力なら欠けた剣や壊れた剣を再鍛造すれば秒で元通りになるでしょう。まるで時間を巻き戻したかのように。呼ばれない理由が、まず無い」
「それで出張中に陣地への襲撃があった際は自力で戦えるように稽古、ということか……」

 冗談じゃない。しかし冗談ではない話だ。冷静に考えれば戦となればそうなる可能性は非常に高い。僕が吉田さんでもこの便利な鍛冶師を陣地へ呼び出す。

「まぁでもまだまだ先の話です。呼び出されるような状況でも職安は全ての過程が終了するまで生徒を保護する権利を得ていますので、その間にしっかり学んで自分の身を守る力を身に着けてくださいね」

 逆に言えば卒業してしまえば保護はされないということだ。今の間に自分の寄る辺を見つけないと後々大変なことになりそうだ。授業だけじゃなくて、授業以外でも何かしら行動しないと拙そうだ。
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