魔竜の鍛冶師 ~封印されていた溶鉱の魔竜と契約したら鍛冶師でありながら世界最強になってしまったけど、実はあんまり戦いたくない~

紙風船

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出張鍛冶師編

第13話 新たな日常と将来

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 【ニホン通り】に来て一週間が経過した。此処での生活はとても素晴らしい。僕が住んでいるのはニホン通り8番地にある【リバーサイド芦原】というアパートの2階の角部屋だ。窓から外を見ると、建物の名前の通り、川が流れているのが見える。と言っても、自然の小川のようなものではなく、街中を流れる完全に治水された川だ。時折住民が小舟で下っていくのを見たりする。

 長閑な風景だった。朝起きて見る風景がこれっていうだけで物凄く心が癒される。この光景を見ながら朝の支度をして、就職先に出勤するのが日課である。

 そう、三千院侘助、お陰様でこの度転職いたしました。ファンタジー的なジョブでもなく、鍛冶工房への転職をいたしました。

「おはようございます」
「おはよーう」

 【翡翠の爪工房】という強そうな名前の看板を掲げるこの鍛治工房が僕の新たな就職先だ。始業は早いが終業も早いのが特徴のなんて事はない町工場だ。従業員の皆さんとは初日に開いてくれた歓迎会のお陰で早いうちに馴染めて、割と気楽にやれている。

「あ、おはようございます、侘助さん!」
「おはようございます。ナーシェさん」

 名指しで挨拶をくれたのは工房の花、ナーシェさんだ。彼女はこの工房の持ち主であるボローラさんの娘さんだ。色々と職人の身の回りの世話をしながら、自身も作業を行なっている忙しい人だ。

  彼女は主に木工と革細工、金細工担当だ。僕がスキルに頼らない自力で行う作業系のほぼ上位互換といえる。

 特に金細工面では僕には発想出来ないような細やかな職人芸を発揮していて、言葉は悪いが《鍛治一如》でのコピーに大いに役立っている。勿論、僕のスキル内容は職場の全員に周知しているし、参考にさせてもらうことも一つ一つ当人に許可をいただいている。

 本当ならこのスキルは職人には嫌われるものだと思っていた。しかし皆が快く受け入れてくれて、尚且つ応援までしてくれる。この有難い環境を無碍には出来ないという思いが、僕を後押しした。いくらでも仕事が出来た。本当に有難いことである。

「ジレッタさんも、おはようございます!」
「あぁ、おはよう。今日も元気だね」
「えへへ」

 ジレッタはナーシェさんの頭をぽんぽんと撫で、ナーシェさんは照れ臭そうに、しかし嬉しそうに笑っていた。此処に来てすぐに意気投合した2人は大体あんな調子だ。

 ジレッタは此処では凄腕の魔法使いということになっている。王城では荒れに荒れた魔竜問題だが、それを市井に持ち込むのは気が引けた。なのでジレッタには辛いとは思うが人間らしい姿を維持してもらっている。その代わり残業は無しで家に帰ったら変身は解除ということになった。

 ジレッタとナーシェさんが会話している最中も続々と兄弟子たちが出勤してきて各々が自分の仕事の為の準備をしている。

 彼等が使う炭の用意や道具の手入れといった雑用は一番新入りの僕とジレッタの仕事だ。そうした細々とした雑用を行い、掃除をし、兄弟子たちが出勤した後に、親方がやってきた。

「おはよう」
「おはようございます!」
「おはようございます」

 この工房の主、ボローラさんが入ってくると兄弟子たちが元気よく挨拶を返す。

「おはようござまいます」
「おはよう」
「おはよう。……ジレッタは相変わらずだな。まぁいいが」

 最後に僕とジレッタが挨拶を返したのだが、魔竜様はふんぞり返っている。最初からこれなもんだから親方も呆れてしまっているのだが、これを許しているのは彼女が凄腕の魔法使いだからである。

「さぁ、今日も仕事だ。今日は少し忙しいぞ。傭兵団から装備の修理依頼。それと冒険者パーティーからの装備作成依頼だ。よし、ジレッタ。頼んだぞ」
「任せなさい」

 ボローラさんの指示でジレッタがパチン、と指を鳴らすと全ての炉が同時に着火される。高温の炎が外にまで漏れ出て、中の炭が灼熱しているのが見てとれる。

 これがジレッタが重用されている理由の一つだ。じっくり火を育てるという工程を一気にすっ飛ばしてすぐに作業に掛かれるというのは、効率を考えればとても重要だ。

 鉄を叩き、熱くなったところを藁に、小枝に、薪に……という過程の中で集中力を高めるのも大事だ。その過程をとても大事にしている人が居るのも重々承知している。とはいえ、これで喜ばれるのであればやらないに越したことはない。これで給料は発生し、日々の生活の足しになるのなら当然、やるべきだ。

「よし、作業開始だ!」
「うっす!」

 皆が作業を開始する。その中でボローラさん……親方だけが僕の方へとやってくる。

「今日もやるか」
「よろしくお願いします!」
「よし、じゃあこの鎧からやってみようか」

 この【翡翠の爪工房】に就職してからずっと親方とこうしてマンツーマンで『スキルを使わない鍛冶作業』を教わっている。

 親方を始めとした工房の皆にはスキルのことは全部話しているが、その上で逆にスキルを使わない方法というのを教わっていた。『いざという時、スキルが使えなくなる可能性もなくはない』という理由からだ。そんな事態があるかどうかは分からないが、ないこともないのも事実。そうなった時、路頭に迷わないように僕はしっかりと技術を学ばせてもらっている。

 そうして学び続けて、今日で1週間目だ。筋が良いのか、まだ怒られたことはない。教わった技術も吸収できているし、めちゃくちゃ褒めてくれる。正直気分が良い。今の僕はスポンジだ。全ての技術を吸収し、スキルに取り込んでいける。やり方を知れればスキルを使う際のイメージ力に繋がる。

 朝から夜までひたすら叩く。振り上げた槌を振り下ろすだけに見えるこの動作の一つ一つが、全部が全部大事なのだ。

「今日は終わるか」

 親方の声が耳に届いた。顔を上げると窓の外はもう日暮れ時だった。垂れ落ちる汗を手の甲で拭い、立ち上がると同時に腰を伸ばした。

「ん、ぐぅ……腰がバッキバキだ……」
「高さが合ってないかもしれんな。今度調節しておく」
「すみません、ありがとうございます」
「気にすんな。人種差はしゃあないからな」

 最近はそうでもなくなってきたとはいえ、やはり日本人は小柄寄りだ。周りは屈強な欧米っぽい人達で溢れかえっているからこそ、より実感してしまう。そんな中でもこうしてちゃんと働けているのは幸運なのかもしれないな。力仕事なんてとてもじゃないが役立ちそうにないし。

「お前がうちの工房に来てくれて嬉しいんだ。良い環境にするからな!」
「親方……ありがとうございます!」
「あぁ。沢山学んで、いつかは自分の店が持てるといいな!」

 親方はいつもこう言う。弟子達にはいつか自分の看板を持ってほしいらしい。僕は会社勤めだったから自分の会社、なんてのは考えもしなかった。此処に就職できて良かったなぁくらいにしか考えていなかったが、親方の言葉で先の事を考えるようになった。

 いつか自分の店が持てたなら……それはきっと楽しいだろう。スキルを遺憾なく発揮し、自分の下に集まった弟子達にイメージを言葉として伝えられたら……そういう未来も、あってもいいなと思う。

 勿論、日本にも帰りたい。残してきたものも多いし、悔いもある。望みは薄いが、叶えられれば、僕はきっと向こうの世界に戻るだろう。



 そんな風に未来に思いを馳せながら技術を学んで1ヶ月が経過した頃、平和だったこの国に一つの事件が発生した。
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