琥珀の檻

万里

文字の大きさ
2 / 4

2

しおりを挟む
 かつて、サリムは天使のような子供だった。

 王宮の回廊を短い足で懸命に駆け抜け、日陰の庭園で静かに昼寝をしていたアザルを見つけるやいなや、「おじさま!」と太陽のような満面の笑みで飛びついてきたものだ。

 アザルの膝によじ登り、その首に柔らかな小さな腕を回して、「おじさまだいすき! 大人になったら、ぼくが強くなって、おじさまを一生お守りしてあげるんだ」と無邪気に宣言していた、あの愛らしい少年。その真っ直ぐで汚れなき瞳に見つめられるたび、兄ジャファルへの憎悪と野心で凝り固まったアザルの心も、わずかばかりの安らぎと、微かな希望を得ていたはずだった。

 だが、時はあまりにも残酷に、そして歪に流れた。

 かつて自分を「守る」と誓った小さな手は、今や厚い胸板と逞しい骨格を備えた、男の剛力へと変貌を遂げている。かつての純真さは、今やアザルの肌を焼き尽くさんばかりの熱を帯びた独占欲へと姿を変えていた。

 扉の陰から、父ジャファルに組み伏せられるアザルを見つめるサリムの瞳。そこにあるのは、蹂躙への加担でも、叔父への憐憫でもない。

(あの場所で、叔父様の肌に触れているのが、なぜ僕ではないのか……)

 その瞳の奥に渦巻くのは、父と同じ、あるいはそれ以上に苛烈な支配の渇きだ。かつての誓いを「守り抜く」という言葉の裏で、彼はアザルを誰の手も届かない檻に閉じ込め、自分だけのものにしたいという、狂おしい執着を育て上げていた。

 まだ牙を剥く前の、静かなる獣の眼差し。その視線がアザルの背中に突き刺さっていることに、アザルはまだ気づいていなかった。

 *

 その日の離宮「琥珀の間」は、傾きかけた陽光が差し込み、いつも以上に重苦しく、それでいて噎せ返るような甘やかな沈滞に包まれていた。

 サリムに舞い込んだ、隣国との政略結婚の話。それは、王太子としての避けれぬ義務であり、ジャファルが息子をアザルから物理的に引き離し、己の独占欲を正当化するための、最も冷酷で強固な「壁」であった。

 しかし、その知らせは、皮肉にもサリムの中に眠っていた獣を完全に目覚めさせてしまった。

「叔父様……」

 薄暗い部屋で一人、書物を読んでいたアザルの背後に、サリムが音もなく忍び寄る。その足取りは、かつてのやんちゃな少年らしさを微塵も残しておらず、獲物を追い詰め、急所を狙う捕食者のしなやかさを帯びていた。

「サリムか……。婚礼が決まったそうだな。おめでとう」

 アザルは振り返ることなく、あえて突き放すように冷たく言い放つ。だが、その背中には微かな震えが走っていた。最近、この若き獅子が自分に向ける、あの熱に浮かされたような、同時にすべてを塗り潰さんとする昏い瞳を知っているからだ。

「……顔も知らない女との結婚など、どうでもいいのです。僕が、心の底から欲しているのは……」

 サリムはアザルの肩に、背後から吸い付くように腕を回した。若木のようにしなやかでありながら、そこには父ジャファルの血を引く男としての、逃れようのない剛力が宿っている。アザルが身を捩ろうとしても、その腕は鉄の鎖のように彼を拘束した。

「叔父様……お願いです。僕が他人のものになる前に、『僕』のすべてを、貴方に捧げたいんです。……貴方が欲しい」

 サリムの吐息がアザルの耳元をかすめ、低い声が鼓膜を震わせる。それは懇願の形をとった、逃げ場のない宣戦布告だった。

「何を……っ、狂ったか! 離せ、サリム!」

 アザルが身を捩ってサリムの拘束から逃れようとした、その時だった。

「――おやおや。仲睦まじいことだ」

 重厚な黒檀の扉が開き、ジャファルが姿を現した。王衣を優雅に翻し、慈愛に満ちた、しかし目の奥だけは一切笑っていないあの「完璧な王」の微笑みを湛えている。

 アザルは全身の血の気が引くのを感じ、サリムはその場で身体を硬直させた。だが、ジャファルは怒りを見せるどころか、むしろ愉悦に満ちた溜息を漏らし、二人を追い詰めるようにゆっくりと歩み寄る。

「サリム、お前の願いはもっともだ。……婚礼を前に、一人の男としての嗜みを学んでおきたいというのだね」

「父、上……。僕は、その……」

「構わんよ、サリム。お前がそこまで熱望するのなら……父として、王として、手取り足取り『教導』してやろうではないか」

 ジャファルはアザルを強引に抱き寄せると、抗う力を削ぐような手際で巨大な寝台へと押し倒した。柔らかな絹のシーツの上、アザルの左右を、父と子、二人の屈強な褐色の肢体が塞ぐ。

「兄貴、やめろ……! 正気か……ッ! サリム、お前もだ、離せ!」

 アザルの悲鳴に近い拒絶を、ジャファルは容赦のない、それでいて深い接吻で塞いだ。口腔を蹂躙し、酸素を奪い、意識を混濁させる。その間も、ジャファルはサリムの震える手を取り、アザルの露わになった胸元へと導いた。

「ほら、見てごらん、サリム。ここだ……。ここを、なぞってやるがいい」

 ジャファルは、己の大きな手でサリムのまだ青さの残る手を包み込み、アザルの敏感な場所へと誘導する。アザルは絶望に瞳を潤ませた。そして、兄の導きによって、かつて膝に乗せて慈しんだ甥の指が、自分の秘めたる場所を蹂躙していく。

「ああぁっ、ん、んんっ……!」

「いい声だろう、サリム? アザルは、ここをこうして弄ばれるのが好きなんだ。……さあ、もっと深く。お前の渇きを、叔父様に刻み込んで差し上げなさい」

 ジャファルの声は、まるで我が子に学問を授ける教師のように穏やかで優しげだった。だが、その言葉の内容は、アザルを徹底的に辱めるための猛毒だ。


 サリムの指先は、最初こそ罪悪感に近い恐怖と、触れてはならない神域を汚すような躊躇いに震えていた。しかし、父の大きな手に導かれ、自分の指先一つで――あの戦場を駆ける誇り高き獅子、アザルが容易く崩れ、喉を反らせて艶やかな嬌声を漏らす様を間近で見た瞬間、彼の中の最後の一線が音を立てて決壊した。

 その琥珀色の瞳から光が消え、どろりと濁った暗い悦楽が宿る。サリムはもう、父の誘導を待たなかった。自らの意思で熱を帯びた指を蠢かせ、アザルの粘膜にこびりつく熱を、湿り気を、そして抗えぬ拒絶の震えを蹂躙するように、より深く、より執拗に侵略し始める。

「ああ……叔父様……。こんなに、乱れて……。あんなに強かったあなたが、僕の手の中で、子どものように泣いている……」

「やっ……!ああっ……、嫌だ……嫌だぁ……っ!!」

 アザルは首を振り、涙で視界を滲ませながらもがき、逃げようとした。だが、背後からジャファルの逞しい腕が伸び、アザルの両腕を背後で交差させるようにして強固な羽交い絞めに捉える。

「そうだ、サリム。……アザルの奥を、お前の熱で溶かしてあげなさい」

 ジャファルは満足げに目を細め、獲物の急所を定めるように、アザルの首筋の脈打つ場所へ深く顔を埋めた。ジャファルの舌がその動脈をなぞり、サリムがアザルの秘部を抉り抜く。

「ぁ、が……っ、ひぅ……っ!」

 アザルは今、二人の男という逃れられぬ檻に挟まれ、屈辱と快楽が混濁した激流に飲み込まれていた。

 背後からは兄ジャファルの、理性を削り取るような熟練の支配。その指先はアザルの急所を寸分の狂いもなく蹂躙し、抗う力を奪い去る。そして前方からは、息子サリムの、未熟ゆえに鋭く突き刺さる剥き出しの執着。若さゆえの熱に浮かされた肌が擦れるたび、アザルは自身の内側に芽生える卑猥な疼きを自覚させられた。

「んっ……気持ちいい……叔父様の中、すごくあったかいです……」

 サリムは陶酔し、恍惚とした表情を浮かべていた。かつての無垢な面影はどこへやら、その瞳には愛するものを蹂躙し、支配する愉悦がどろりと濁って溜まっている。

「嫌だっつってんだろ……っ! 抜けってぇ……っ!」

 半泣きで訴え、残った力を振り絞って拒絶の言葉を吐き出すアザル。しかし、その必死の抗いは、若き獅子の欲望をさらに煽るだけの結果となった。サリムは、泣き濡れたアザルの目尻を愛おしげに見つめると、その悲鳴を飲み込むようにして優しく、しかし執拗なキスを落とした。

「嫌なんて言わないでください。……僕を、こんなに熱く締め付けているのは貴方じゃないですか」

「いやっ……!んんっ……! ……頼むから、もう……っ!」

「アザル、これは祝福だ。……婚礼の前に、王家の男が愛すべき者の扱い方を、身をもって教えてあげなければならないからね」

「あっ……待っ……、嫌だ、嫌だぁあっ……!」

 父が非道な教鞭を執り、子がその残酷な愉悦を貪るように学ぶ。その「供物」として捧げられたアザルは、溢れ出る涙を抑えることもできず、ただ反り返って快楽を受け入れるしかなかった。かつて慈しんだ甥の手に、己の最も秘めたる場所を弄ばれる羞恥が、かえってアザルの身体を昂ぶらせ、意識を白濁させていく。


 嵐のような暴力的快楽が過ぎ去った後。アザルの体中が痙攣し、限界を迎えた筋肉がビクビクと脈打つ。もはや指一本動かす気力も残っておらず、その褐色の肌には親子二人の残した生々しい痕跡が、地図のように刻まれていた。

「叔父様、素敵でした。ありがとうございます」

 ジャファルとサリムが、まるで宝物を慈しむかのようにアザルの髪を優しく撫で、汗ばんだ全身を丹念に舐め上げる。

(もう、無理だ……。逃げられる場所なんて、どこにもない……)

 砂漠の夜は、どこまでも深く、そして残酷なまでに静まり返っていた。 血を分けた親子二人の男に同時に貫かれ、徹底的に暴かれたアザルの誇りは、砂丘に零れた水のように跡形もなく粉々に砕け散り、ただ支配者の愛撫に震えるだけの肉塊へと成り果てていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...