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11.通勤ラッシュはベータの戦場です
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「行ってきます」
翌日、貴文はいつも通りの時間に家を出た。昨日近所をプラプラ歩いても、別段ふらつきはなかったし、洗濯物を取り込んでも特に体に変調はなかった。床にぶつけたらしい頭も、とくに痛みもなかった。輪切りにされた頭の画像を見させられ、「内出血もしてませんよ」なんて言われたけれど、何もそこまでしてくれなくてもいいのに。と内心思っていた。
だから、玄関を開け、鍵をして、くるりと振り返った先に見知らぬ車が停まっていたことに対して何も思わなかった。だからこそ、その車を見て、ぶつからないようにできるだけ離れて歩き出した。それなのに、車のドアが勢いよく開いて、人が出てくるとは思わなかったのだ。思わず叫びそうになったのをかろうじてこらえられたのは、運転席の窓から見えた田中の顔のおかげだろう。
「ま、待って」
貴文の腕を掴んでいるのは、貴文よりもずいぶんと大きな男だった。貴文に合わせてきたのか、少しかがんで耳元で懇願するように言ってくるものだから、思わずぴたりと体の動きが止まった。
「はいっ、何でしょう」
思わず出た声はだいぶ上ずっていた。
「体調は問題ないのだろうか?もう一人で出勤できるのか?」
貴文を心配してのことなのだろうが、貴文は29歳だ、今更心配されるようなことではない。それに、なんとなく見覚えはあるものの、貴文は自分の腕を掴むこの人物のことを全く存じ上げないのだ。
「そりゃ、29にもなって一人で出勤できないとかどんだけなんですか。ってか、そもそもあなた誰なんです?」
一応常識的な返しをしてみたのは、社会人としての矜持だ。田中の顔を見たからには、相手が誰だか察しはついているが、いや、察しがついているからこそ名乗らせたいのだ。
「あ、そ……そうだった」
すると相手は急に背筋を伸ばし、貴文の腕を離してネクタイをまっすぐにして貴文と向き合った。もうそれだけでアルファのオーラがはっきりと見えるようだった。
「すまない。俺の名前は一之瀬義隆。あなたを危険な目に合わせてしまった男だ。今日は謝罪に来た」
なんともはや、ここまで堂々と言われると、謝罪しているように見えないのだが、不思議と怒りも湧いてこない。
「あ、わかりました。受け入れます。知っているとは思いますが杉山貴文と申します。遅刻するといけないので、失礼します」
貴文はぺこりと頭を下げると、踵を返してスタスタと駅へと向かって歩き出した。
「行ってきます」
翌日、貴文はいつも通りの時間に家を出た。昨日近所をプラプラ歩いても、別段ふらつきはなかったし、洗濯物を取り込んでも特に体に変調はなかった。床にぶつけたらしい頭も、とくに痛みもなかった。輪切りにされた頭の画像を見させられ、「内出血もしてませんよ」なんて言われたけれど、何もそこまでしてくれなくてもいいのに。と内心思っていた。
だから、玄関を開け、鍵をして、くるりと振り返った先に見知らぬ車が停まっていたことに対して何も思わなかった。だからこそ、その車を見て、ぶつからないようにできるだけ離れて歩き出した。それなのに、車のドアが勢いよく開いて、人が出てくるとは思わなかったのだ。思わず叫びそうになったのをかろうじてこらえられたのは、運転席の窓から見えた田中の顔のおかげだろう。
「ま、待って」
貴文の腕を掴んでいるのは、貴文よりもずいぶんと大きな男だった。貴文に合わせてきたのか、少しかがんで耳元で懇願するように言ってくるものだから、思わずぴたりと体の動きが止まった。
「はいっ、何でしょう」
思わず出た声はだいぶ上ずっていた。
「体調は問題ないのだろうか?もう一人で出勤できるのか?」
貴文を心配してのことなのだろうが、貴文は29歳だ、今更心配されるようなことではない。それに、なんとなく見覚えはあるものの、貴文は自分の腕を掴むこの人物のことを全く存じ上げないのだ。
「そりゃ、29にもなって一人で出勤できないとかどんだけなんですか。ってか、そもそもあなた誰なんです?」
一応常識的な返しをしてみたのは、社会人としての矜持だ。田中の顔を見たからには、相手が誰だか察しはついているが、いや、察しがついているからこそ名乗らせたいのだ。
「あ、そ……そうだった」
すると相手は急に背筋を伸ばし、貴文の腕を離してネクタイをまっすぐにして貴文と向き合った。もうそれだけでアルファのオーラがはっきりと見えるようだった。
「すまない。俺の名前は一之瀬義隆。あなたを危険な目に合わせてしまった男だ。今日は謝罪に来た」
なんともはや、ここまで堂々と言われると、謝罪しているように見えないのだが、不思議と怒りも湧いてこない。
「あ、わかりました。受け入れます。知っているとは思いますが杉山貴文と申します。遅刻するといけないので、失礼します」
貴文はぺこりと頭を下げると、踵を返してスタスタと駅へと向かって歩き出した。
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