【完結】第三王子は逃げ出したい

久乃り

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思い出のなか

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 久しぶりに戻った自室で、フィートルは考えた。
「さて、ここに来て何をしに来たのかな?」
 場内を歩き回って、王や妃を見たけれど全くと言っていいほど記憶は戻らなかった。
 状態としては昨日までの記憶が完全に抜け落ちている。

 つまり、自分の名前さえ知らない。

 魔力を駆使して悟られなように行動をしたものの、さすがに自分の名前さえ分からない状態で他国の城に滞在をするわけにはいかなかった。
 周りで勝手に喋ってくれる情報を集約しつつ、悟られないように振る舞うのは正直神経をすり減らす。
 リスデン帝国の城で、通された客間に地図が貼られていたのは幸いだった。
 記憶はないけれど、探知を駆使して自国であるシヴィシス帝国の城の位置を探し出し、上手いこと転移をしたものの、まさかあそこまで上空に着くとは予想していなかった。
 おかげで、誰かに衝突するという事故が起きなかったわけだが。
 自室にいるということで、ようやくフードを取った。侍女も誰もいない部屋は、しっかりと施錠しておいたおかげで誰も侵入していなかった。
 自分で茶の支度をして、ポットには魔力でお湯を入れる。うっすらと理解はしていたが、自分が使えるのは闇魔法だけでは無い。
 リスデン帝国の王子に腕を掴まれた時、行使していた魔力を破ろうとした時に気がついた。この魔力は自分でも使えることを。
 だから、相手にバレないように拘束されたフリをし続けて情報を集めた。聞けば聞くほど、世間は第三王子は闇魔法しか使えない。と、認識していると理解出来た。
 だからこそ、ギリギリまで我慢して脱出してきたのだ。国と国のやり取りがある以上、おかしなことをして戦争にでもなってはシャレにならない。記憶がありませんでした。では収まらないだろう。
 茶を一口飲んで、部屋を見渡すと寝室の近くに机がみえた。ちょっとした書き物をするのに使うだけなのだろう。だいぶ小さめの机には、分かりやすく本が一冊置かれていた。
 手に取ると、それが日記であることが分かった。
 自分で書いた日記を読んでみる。記憶を手繰り寄せる手がかりがあるのか不思議ではあるが。
 最後の日付が、世間が言うところの失踪した前日になるのだろう。その日の出来事を淡々と綴っているだけの日記だった。おそらく、有事の際の記録として書いているだけと思われるような内容だった。
「これはほんとうに」
 日付を遡っていっても、全く何も思い出せなかった。仕える騎士の名前が書き込まれているが、先ほどのものたちの名前なのかさえ分からない。
 日記を遡って読み解くうちに、原因となったであろう期日を見つけた。
「これが、原因か?」
 得体の知れないものとの遭遇について書かれた日記があった。
 日付は、失踪する一ヶ月ほど前になる。
 そこを読み返すうちに、悪寒が走り気分が悪くなった。呼吸が、浅く荒くなり座っているのも嫌になる。
 仕方なくそのまま寝台に横になり、衣服を寛がせた。
「よくない記憶があることは確かだな」
 両手の手袋を外すと、左手の甲にシヴィシス帝国の紋章が現れた。それをぼんやりと見つめると吐き気と頭痛に見舞われた。普段は隠しているコレを、失踪している間はずっと晒していたような気がする。
 そして、そのせいでいたくプライドが削られていたと体感的に思い出す。
「ここに逃げてきたのか?」
 腕で顔を隠し、丸まるようにしてシーツに潜り込んだ。
 とにかく疲れていて、ひたすらに眠りたかった。
 魔力で部屋の明かりを消すと、カーテンがついていない室内は月明かりだけになった。
 それにさえ背を向けて、フィートルは眠りに付いた。



 気の済むまで寝ていると、外は随分と明るく日は高かった。
 さすがに丸一日何も食べていなかったせいか、腹が空いていた。魔力で賄えるものに限界があるので、食堂に行くことを決心したものの、とりあえず入浴をして体をさっぱりさせたかった。
 浴槽に魔力で湯を満たす。そこまで汚れてはいなかったようだが、不本意な相手に手を掴まれたのが納得いかず、やたらと左手首を洗っていた。
「ふぅ」
 気の済むまで洗ったためか、左手首が若干あかくなっていた。潔癖とはまた違うと自分に言い聞かせて、風呂からあがった。
 仕える侍女が誰もいないので、平気で裸のまま部屋を闊歩する。クローゼットには似たような黒い襟の詰まった服だけが並んでいた。
 同じように、黒いフードもやたらとあった。式典ようなのか、金糸で刺繍の施されたものがあったが、今は不要だと思いフードを、かぶるのをやめた。

 手袋もしないで部屋から出ると、最初に出会った侍女が飛び退いて頭を下げた。余程自分が怖いらしい。
 震えているのがよく分かる。探査をしながら調理室にたどり着くと、今度は料理人たちが驚いていた。
「なんでもいいから食べ物をだしてくれ」
 入口でそう告げると、だいぶ慌ててパンと スープが用意された。察するに、他の王族はとっくに食事を済ませているのだろう。奥の方で食事をしている集団が見えた。
「お部屋にお運びしますか?」
 料理人が全く目線を合わせずに聞いてくるので、苦笑するしか無かった。
「邪魔でないならここで済ませる」
 第三とはいえ王子が調理室で食事をするとは思わなかったのだろう。
 慌てて椅子をよういしてきた。
 椅子などいらなかったのだが、王子が立ったまま食事をするのはまずいのだろう。とりあえず座ってさっさと食べ終えると、調理室を後にした。
 すっかり日が高いが、昨日伝えておいたので宰相は少しはのんびりと支度をしてくれているのだろうか?
 無遠慮うに扉を開けると、宰相が目を丸くして驚いていた。
「昨日伝えておいたと思ったんだが?」
 確認のために聞いてみると、宰相が慌てて書類をだした。
「返礼品の目録にございます」
 渡された書類に目を通す。本心としては、既成事実を目論んだ王子がいるような国に、ここまでしてやるのは納得いかないのだが、国同士の取り決めもあるだろう。後腐れのないようにしておいた方がいい。
「コレを届ければいいんだな?」
「ま、誠に第三王子自らが?」
「後腐れがない方がいいだろう?」
 なかなかな量の返礼品が揃っていた。転移魔法で運ぶには少々多いので、空間魔法を施したポーチに詰め込む。
「お、王子、そのような運び方は…」
 あまりにも雑なやり方に、宰相が慌てるが、フィートルは構わなかった。
「父上に挨拶をしてなかったな」
 そう言うと、勝手に謁見の間に向かった。
「父上、リスデン帝国に返礼品を届けたい。許可を出してくれ」
 挨拶もそこそこにフィートルがそう言うと、王は頷き先達を送った。
「感謝します」
 フィートルは礼を述べると、再び宰相の元に向かった。宰相は、短時間でも書類を次々片付けていたらしく、文官が書類を持って部屋から出てくるところだった。フィートルの顔を見て、文官は体を硬直させていた。頭を下げるかと思えば、そのままズルズルと壁にそって床に崩れ落ちる。腰を抜かすほどに、驚いたようだった。
「…なんだよ、もう」
 めんどくさいので、フィートルは文官をそのままにして、宰相の部屋に入った。
「王子、城内とはいえ、フードを被ってください」
 宰相が小言のように言うので自室にいる時しか顔を晒していないということを知った。
 記憶がないというのは何とも不便である。
「父上から許可は貰った。リスデン帝国に返礼品を届ける」
 目録を宰相に握らせると、宰相の顔が僅かに引きつった。
「王子、まさかとは思いますが?」
「俺一人より、あんたがいた方がそれなりになるだろう?」
 前回行った時に、密かにマーキングしておいたので、難なく宰相を連れてリスデン帝国の謁見の間に飛ぶことが出来た。
 先達を出したとはいえ、謁見の間に突如として人が現れれば護衛が素直に反応をした。
「先達はだした」
 フィートルがそう言うと、誰もが動きを止めた。
「お初にお目にかかります。シヴィシス帝国が宰相をしております者にございます。この度は我が第三王子を保護していただき有難く、故にお礼の品を届けに参りました」
 宰相が深深とお辞儀をして目録を取り出すと、リスデン帝国の、宰相がそれを受け取った。
「品物はこれだ」
 フィートルが腰のポーチから品物を取り出すと、さすがにリスデン帝国の宰相が腰を抜かした。
 マジックアイテムであるポーチはかなりの貴重品で、腰に下げられる程度の大きさのものから、ここまで荷物が出てきたことに驚いたようだった。
 次から次へと出てくる品物を、宰相が慌てて確認をする。目録と品物の照合に宰相は必死だ。
「今回はゆっくりとしてくれるのかな?」
 王の傍らにいた王子、カイルが口を開いた。
 フィートルはカイルを見ずに答えた。
「いや、すぐに帰る」
 フードも被らず、手袋もしていないため、フィートルがシヴィシス帝国王子であることは一目瞭然だった。
「外交は俺の仕事では無いので、今回だけだ」
 そう言うと、挨拶もそこそこに宰相の手を取り自国に帰ってしまった。
「引き止められませんでしたね」
 カイルがそう言うと、王は改めて残念そうな顔をした。
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