安心してください。俺は課長のストーカーですから

久乃り

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第17話

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「おはようございます。課長」

 車を動かして、玄関近くを空けるように停め直しをしていると、一台の車が目の前に止まった。そしてそのクルマの運転席から笑顔で挨拶をしてきたのは部下の安倍である。お金が無いと言っていたので、レンタカーでも借りて来るのかと思っていたら、まさかの普通乗用車で登場である。

「おはよう。安倍くん」

 運転席から降りながら、直江は挨拶をするけれど、目は安倍の車に釘付けである。イギリスの車でデザインがオシャレであるから、それなりに人気がある。名前から連想すると小さい車となってしまうが、昨今の安全性から、車幅などが増えてしまって完全に大きめの普通乗用車になってしまっている。そんな車で登場した安倍に対して、直江は言いたいことが山のように出てきた。

「あ、荷物は最小限にしました。課長のお宅には家電製品揃ってるじゃないですか。重複するものは全てリサイクルに出しました」

 そんな直江の心情を読み取ったのか、安倍が先回りして答えてくる。

「あと、二階の部屋にはクローゼットが着いていたんで、タンスもいらないですよね」

 バッチリ下調べもされていた。安倍が車から下ろしてきたのは娘たちも愛用していた中身の見える収納袋だ。後部座席とトランクルームから出てきた袋は全部で六つ。それを当たり前の顔をして二階の空き部屋に運び込む安倍の姿を直江は呆然と見るだけだった。

「午後イチでリサイクルショップがアパートの荷物を持って行ってくれるんで、一旦帰ります」

 言うだけ言って、安倍は直江を残して居なくなってしまった。今日は土曜日なので、本来なら買い出しに行くつもりでいた直江である。あまりにも素早い安倍の行動に呆れつつ、いつも通りに買出しに行くことを決めたのだった。

「夕飯は出前取りますか?それとも食べに行きましょうか?」

 夕方頃に戻ってきた安倍は、有名な家具屋の箱を二階に運び込んでテキパキとベッドを組み立て、圧縮されいたベッドマットをその上に広げていた。直江が気が付かない間にベランダに布団を干していたらしく、取り込んであっという間にベッドメイキングを終わらせていた。

「すごいな。最近はそんなものまで圧縮されているのか」

 ペチャンコだったマットが一気にふくらんだ様子を見て、直江は少なからず感動していた。同じ店で買ったベッドを直江も使ってはいるが、組み立ては業者にやってもらったのだ。

「課長が使っているのも同じ店のですよね?」

 やはり調べられていたようである。

「組み立てを頼んだから、私は分からないな」

 まぁ、買ってきたのは妻であるから実際直江は全くわかってなどいない。ベッドが組みたて終わった時に、業者が出してきた書類を見て店の名前を知ったほどである。

「確かに、運び込むのも組み立てるのも腰に来ますからね」

 そんなことをいいながら、安倍はダンボールを紐で縛り、ベッドマットが入っていた袋などをごみ袋にまとめていた。

「この辺の地域、明日がダンボール出せますよね?安心して下さい。ちゃんと調べてありますから」

 今はなんでもネットで調べられるんですよ。なんて言いながら、安倍はダンボールを車庫の脇にまとめて置いてしまった。

「ダンボールって、虫が付きやすいから外に置きましたから、明日の朝一番に出してきますんで安心して下さい」

 そんなことを言って直江をリビングのソファーに座らせた。

「俺の荷物は全部運び込みました。それで、俺が支払う生活費なんですけど……」

 電気ケトルで沸かしたのか、安倍はしっかりとマグカップを二つ手にしていた。それをテーブルに置くと、紙袋から立派な菓子折を取り出した。

「ご挨拶させて頂きたいんですけど、奥様に」

 安倍の口から出てきた言葉が意外すぎて直江は大きく目を見開いた。

「……あ、ああ、そうだな」

 気持ちを落ち着かせるために一口コーヒーをのんでから、直江は立ち上がり和室へと安倍を案内した。

「まぁ一応、ここに置けるようにはなってはいるが」

 半間の押し入れの上部を改造した簡易の仏壇もどきである。位牌はなく妻の形見のダイヤの指輪が飾られている。

「これ、なんですか?」

 妻の形見のダイヤの指環の前には厚いアクリルボードが張り付いている。蝶番を使って開くような構造にはなっているが、ダイヤルキーが四個も付けてある。つまり防犯対策なのである。

「君も知っているとおり、娘たちが狙っていてね。鑑定書とは別に保管しているんだ」
「はぁ」

 安倍は生返事をしながらアクリルボードを確認していた。ものすごく分厚くて、角度がつくと中の物が歪んで見えた。

「造花を買ってきました。空気清浄機能があるそうです。飾って頂けませんか?」

 安倍が手にする紙袋から、またもや意外な物が出てき直江は驚きが隠せない。

「あ、後ろ向いてますから」

 そんな安倍の気遣いに配慮しつつ、直江は素早く渡された造花を妻の形見の指輪の左右にかざりつけた。

「華やぐものだね」

「奥様が好きな花ですよね。スイトピー」

 しれっと言われて直江の心臓が跳ねた。うっかり忘れがちであるが、安倍は直江のストーカーなのだ。娘たちのことを知っているぐらいなのだから、妻のことぐらい調べていて当然なのである。

「これからお世話になります」

 そんなことを口にして線香をあげる安倍の顔はかなり真剣だった。そこだけを見てしまうと、なんとも誠実な青年に見えるから不思議なものである。

「では、ご挨拶もしましたし、引越し祝いしましょう。課長」
「はぁ?」
「やだなー、引越し祝いですよ。俺と課長の同棲記念日です」
「ど、同棲?」

 とんでもない言葉を聞かされて、直江は思わず悲鳴に近い声を出した。そして慌てて自分の口を手で抑える。キョロキョロと周りを見渡すが、和室には二人っきりだ。障子があるから外の様子は分からない。

「ささ、コーヒーが冷めないうちに飲みましょう」

 そう言って直江を再びリビングのソファーに座らせる。そして今度はさらに乗せたケーキを持って安倍は現れた。

「…………」
「ここのケーキお好きですよね?」

 さすがはストーカーである。直江が記念日の度に購入しているケーキ屋まで把握していたのであった。

「それで、俺の支払う生活費なんですけど、やっぱり同棲だから折半ですかね?」

 ケーキを1口食べた安倍が提案してきた。

「いや、実家に支払う生活費の相場は手取りの十から二十パーセントと聞いている。4万でいい」

 同棲という言葉に動揺をしてしまった直江であるが、何とか用意しておいた言葉を口にすることが出来た。流石に安倍の手取りの大凡の金額ぐらい管理職なので知っている。だからといって上限の金額を提示するのはいささか気が引けるのだ。

「実家、だなんて」

 ところが安倍は違うところに引っかかり、一人で悶えていた。

「同棲ではないだろう。私と君とでは親子ほどの年齢差が有るから世間一般で言うところの相場を調べたんだ」
「えぇ、俺のことを息子にしてくれたわけじゃないんですかぁ、それならやっぱり同棲で」
「却下だ」

 その後安倍の提案で引越し祝いを駅前の居酒屋で開催し、久しぶりに酔っ払った直江は不本意ながら安倍に介抱されたのであった。
 
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