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第18話
しおりを挟む「同棲初日、すなわち初夜ですね」
安倍に介抱されて風呂に入り、水も飲んでスッキリした直江は、少し遅いが寝室に入った。はずである。が、何故だか直江の真正面に安倍の顔がある。
「しょ、初夜?」
滅多に聞かない言葉を聞いて、直江の頭は最早パニックである。
「そうですよ。俺最初に言いましたよね。課長を俺のメスにしたい。って」
そんなこと、言われたかもしれない。いや、確かに言われた。言われたのだが、忘れ去りたくて記憶の片隅に放置していたのだ。どう考えても理解不能すぎる原語だったので、忘れ去りたかったのである。
「安倍くん、申し訳ないのだが、私には君が話していることがまったくもって理解不能なんだが」
ここは冷静に話し合うべきである。酔った勢いかもしれないし、酒の上での出来事かもしれない。いや、出来事になってはいけないのだけれど。
とにかく安倍と話し合いをして、何とか有耶無耶にしたい直江である。
「心配しないでください。課長が奥様一筋なことぐらい分かってます。俺は課長の嫁になりたいんじゃなくて、課長を俺のメスにしたいんです」
さらによく分からないことを自慢げに話されて、直江の頭はますますパニックに陥った。
「課長は奥様のブラに毎日抱きしめられて出社して、奥様の布団に包まれて眠りについているんですよね?」
唐突に確信をつかれて、直江は一瞬息が止まった。女々しいと言われればそれまでのことである。それまでのことなのだが、 何故安倍がその事に気がついたのだろうか。
「俺に貸してくれた布団は課長が使っていた布団ですよね?課長の匂いがいっぱいしました」
「そ、そうか」
「で、ここは奥さまが使われていた寝室ですよね?奥様が亡くなられるまで、課長は一階の和室出寝ていたんですよね?押し入れに布団が一組だけ入ってました。押し入れの中、めちゃくちゃ課長の匂いがしてましたよ」
「そう、だ、な」
事実である。当たりである。だが、素直に褒めることが出来ない。やはり目の前にいる、今こうして直江の上に乗っかっているこの男、安倍隆弘はストーカーなのである。家族でしか知りえない情報を何故か知っている。どうやって調べたのかは知らないけれど、むしろ恐ろしいので知りたくなどはない。
「課長が、奥様を今でも愛していることを否定なんてしません」
「そうか」
「俺はそんな課長が愛おしいと思っています」
「そうか」
「だって、課長は抱かれたいんですから」
「な、なぜだ」
「だって、ほら、こうやって奥さまの思い出に抱かれて毎晩眠りに付いているじゃないですか」
「そうだ、な」
否定できない事実を述べられてしまえば、肯定するしかない。だがしかし、その肯定はしてはいけない気がしてならない。きっと肯定も否定もせず、黙秘するのが最適だったのだろう。
「だから、俺が抱いてあげますよ。雅治さん」
不意に身体にかかってくる重みが増した。いつぶりか忘れてしまった程に、自分の名前を呼ばれ、直江は思考が停止した。視界に入るのはこの一年ほど毎晩見なれた天井である。和室とは違いフローリングの洋間であるから白っぽいクロスが貼られていて、シーリングライトはLEDの物に直江が取り替えたばかりである。ベッドに入ってから明かりを消せるように、枕元にリモコンを取り付けたのも直江である。
「抱かれる?私が?」
直江ののどが大きく鳴った。
「寂しいと人は抱かれたくなるものです」
「寂しいのか、私は?」
「寂しくないんですか?」
「…………そうだな、考え、ないように、していたかもしれない」
「我慢しなくていいんですよ。雅治さん。こんなにも奥様の思い出に抱かれて、寂しくないはずなんてないんです」
「そうか、私は寂しいのか」
「そうです。寂しいから心の隙間を埋めて欲しいんです」
「心の隙間、か」
「俺が埋めてあげますよ。寂しいから人は抱かれたいんです。抱きしめられて隙間を埋めたいんです」
いつの間に安倍は直江の布団の中に入り込んでいたのだろうか?全く気が付かなかった。いや、もしかすると最初から布団の中に入っていたのかもしれない。直江の頭に回された手が優しく直江の髪を撫でる。安倍の顔は見えないけれど、耳元でやさしく囁くように言われると、なんだかとても心地が良かった。
安心感のある妻の匂い。確かにこの匂いに抱かれて眠りにつくと、心が安らぎ深い眠りに着けた。だが、この行為が寂しさから来ているものだなんて思いもしなかった。いや、言われてみればそうなのかもしれない。娘が二人とも嫁に出ていき、家の中がずいぶんと静かになった。何十年か振りに妻とふたりで過ごすようになり、お互いの呼び方を昔に戻してみたりもした。そんなことしながら、夫婦二人で過ごして来ていたところに、妻の不慮の事故だった。感情を置き去りにして過ごしてきた。考えてしまえば立ち止まってしまうからだ。老後のことを話し始めたばかりだった。
「寂しかったのか、私は」
直江がポツリと呟くと、それに答えるように安倍の手が直江の顔を動かし、そして唇が重なった。誰かと肌をこうして触れ合わせたのはいつぶりだろうか?この間の安倍との触れ合いは半ば事故である。隙間を埋めるように安倍の舌が直江の口の中に入り込んできた。
そう、隙間だらけである。
タバコをやめたのは妻が妊娠した時だ。あれ以来吸ってはいない。口寂しい時はコレを舐めて、と妻から渡されたのは飴玉だった。そんな風に、まるで飴玉を転がすかのように安倍の舌が直江の口の中をコロコロと動き回っていた。
それはとても不思議な感覚だった。自分の口の中なのに、自分の意思では無い物体が動き回っているのだ。そして、口ななかのアチコチにアレコレと刺激を与えている。歯列をゆっくりとなぞられるとなんともくすぐったい様な気持ちになった。歯にも神経があるとは言えど、エナメル質の上からの刺激を感じとれるとは思えなかった。おそらくは歯列をなぞられているけれど、実際には歯茎与えられた安倍の舌の刺激を感じとっているのだろう。
「ふっ、ん」
「鼻で息してください」
直江が思わず大きく口を開けたものだから、安倍が一瞬口を離してアドバイスをする。そもそも直江は鼻で息をしなくてはならないほどのキスなんて、したことがあっただろうか?
「んん」
再び口を塞がれて、直江は思わずくぐもった声を出した。今度は先ほど確認したところを丹念にまさぐるようにした動きである。上顎の裏を擽るように安倍の舌先が掠めていく。柔らかいところにたどり着くとそこをつつくような動きをして、直江の反応を伺っているようだった。そこからゆっくりと下に降り、歯茎の奥から今度は舌の付け根を刺激し始めた。逃げられない防げない安倍の舌の攻撃を受けて、直江は口な中だけで溺れそうになった。
そして、堪えきれずに直江の喉が上下した。
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