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第24話
しおりを挟む翌朝、安倍は滑らかな手触りを何度も撫でていた。温かな温もりを感じながら至福のひとときである。
「雅治さん」
そう呟きながら手を動かす。丸みがあり温かく寄り添うように自分の頭の隣にある存在。昨夜アレだけ激しくしたと言うのに、指に絡みつくことなくスルスルと滑るような手触りに安倍はうっとりしつつ何度もその手触りを堪能した。
「俺、すごく幸せです」
そう言って安倍が何度も撫でていた存在を引きせると、それは意外にもすんなりと安倍の眼前にまで移動してきた。
「ん?」
驚いて抱き寄せた存在をよく見れば、漆黒の様な黒髪ではなく白と茶色のまだら模様の毛並みが見える。
「え?なに?」
驚く安倍に対してその白と茶色の丸い物体から何かが飛び出てきて、安倍の頬を強く押し返した。
「ダメだよ。サブローくん」
そんなおっとりとした直江の声がして、安倍は慌てて起き上がった。
「え?なんですか、コレ?」
起き上がってよく見れば、安倍と直江の間に白と茶色のもふもふとした物体がいた。
「サブローくんだよ。妻の忘れ形見なんだ」
そう言って直江が白と茶色のもふもふした物体を抱き上げると、そこにはつぶらなまん丸とした黒い瞳がついており、安倍のことを見つめていた。
「サブローくん……」
顔の中心でヒクヒクと忙しなく動いているのはおそらく鼻だろう。白い髭がそれに合わせてもしゃもしゃと動ている。
「このペッドじたいがサブローくんのためのキャットタワーなんだ」
直江が頬を緩ませてそんな事を言うけれど、安倍の耳には何やらすんなりとことばが入っては来なかった。
「え?なんですか?雅治さん。今どきなんて言いました?」
安倍が、怪訝な顔で聞き返せば、直江は楽しそうに答えてくれた。
「ペッドだよ。ペットとベッドを掛け合わせた造語だね。これを購入した時に何度も妻に教えられたよ。足元にある棚に見えるのは猫のための階段で、天蓋に見えるあの上の部分の柱はキャットウォークなんだ。よく見るとあそこに丸い窪みがあるだろう?あそこにサブローくんがまるくなって寝てくれたりするんだよ。可愛らしい寝顔を見ながら寝ることができるんだ。癒されるよ」
ものすごく嬉しそうに直江が話すから、安倍は黙って聞くしか無かった。おまけに、サブローくんと呼ばれている猫は図々しくも直江の胸にうもれている。
「サブローくんは恥ずかしがり屋でね。こうして人前に出てきてくれルノは稀なんだ。恥ずかしい話、娘たちは一度もサブローくんにあったことなんてないんだよ」
「ソレハアリガタイコトナンデスネ」
何となくではあるが、安倍はサブローくんからの圧を感じ取った。
「サブローくんはね。妻が男の子か欲しいと言って連れてきた子なんだ。去勢はしているけど、ちゃんと男の子だから」
そんな事を言って直江は安倍の前にサブローくんの股間を見せつけてきた。確かに2つの丸は存在しないけれど、名残は見えた。そして、直江が気がついていないのをいいことに、サブローくんはピンク色の尖端を安倍に見せつけてきた。
「は?」
それがなんなのか安倍は咄嗟に分からなかったけれど、猫の股間を見せられているのだから、そいつが男の子だと言われているのだから、答えはひとつだろう。
「男の子三人で仲良くできそうで良かったよ」
サブローくんを抱きしめて直江が嬉しそうにわらうので、安倍もつららで笑うしかなかったのであった。もちろん、その間もずっとサブローくんは直江の胸に抱かれていたのは、言うまでもない。
開けて月曜日、直江は何とかいつもの時間に出社していた。
もちろん安部も一緒である。オフィス街であるから、最寄駅からは出勤してきた会社員が大量に行き交っているのだ。だから、誰もその足取りや顔なんて気になどしていないのである。だから、直江が歩くその後ろを安部が同じ速度で歩いていても、それは日常の風景なのである。もっとも、自称直江のストーカーである安部は、一年前からそうしていたのかもしれないけれど。
「課長。おはようございます」
デスクに座り、日課のメールチェックをしている直江には、出社してきた社員たちが代わる代わる挨拶をしていく。特に朝のミーティングがないのであれば、まずはメールを確認して、一日の業務に取り掛かるのだ。管理職である直江は、部下から上がってきた書類の確認が朝の主な業務になる。確認して承認して、それを依頼先に送信したり、他部署の管理職と打ち合わせをしたり。とにかくなんだかよくわからないが、いつの間にかに業務がほとんどパソコン作業になってしまった。
「ん?」
そんな中、あげられてきた電子申請に直江は反応した。
出張だろうと経費転用だろうと、とにかく何でも電子申請である。もちろん必要書類の添付は必須であるから、それらの確認もしなくてはならず、資料を拡大するのもなかなか視力を酷使するため、五十代の直江にはそろそろキツイ作業である。
「ん、うん?」
電子申請を上げてきたのは安部であった。
確か、住民票での住所の確認が必要だから、転居届を出して役所でもらってこないといけないはずなのだが。
「住所変更と、通勤方法の変更」
申請内容を確認しつつ、直江は目が点になった。
信じられないものを見てしまったのだ。目を大きく見開くのではなく、思わず視線がどこか遠くに行ってしまったのだ。本能的にパソコンのデスクトップに映し出された文字を読むことを拒否した結果である。なんとも受け入れがたい内容が書かれていたのだ。
安部隆弘住所変更
申請内容 前住所 S県S市U区…………
現住所 S県S市O区…………
安部の前住所の最寄り駅と、現住所の最寄り駅は一駅しか変わらなかった。
ついでに言えば、今朝家を出た時に何気なく目に入った安部の車のナンバープレートを思い出す。直江の車と同じ陸運局の地名がかかれていた。
直江は思わずデスクトップ越しに安部の姿を確認した。
コーヒーカップを片手に安部が爽やかな笑顔を向けてきた。
「あれ、申請内容間違えていましたか?」
そんなことを言いながら、直江のデスクに近づいてきた安部のスマートフォンの画面が直江の視界に入ってきた。
「いや、大丈夫だよ。何も間違ってはいない。週末に引っ越しは大変だっただろうと思ってね」
直江は慌てて頭を振った。
「男の一人暮らしなんで、簡単でしたよ」
そんな風に笑う安部のスマートフォンの待ち受け画面は、ブラジャーをした男の後ろ姿だった。
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