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33.思い出と決意の記憶
しおりを挟む華々しく皇帝が即位してから後の一年。正妃を迎えるにあたりごうかな結婚式は行われない。なぜなら帝国や周辺の小国では、愛する女は大切に隠すからだ。血なまぐさい歴史のある帝国において、皇帝の子を産む正妃はその存在を奥の奥へと隠される。
「アルネットよ、望みはあるか?」
挙式を終えた後、皇帝の執務室でアルネットは座り心地の良いソファーに腰掛けていた。美しい刺繍の施された純白のドレスは穢れなき花嫁の体を隠している。けれど左腕だけは肩から肘までが出されていて、そこに施された文字が晒されていた。顔はベールで隠されていると言うのに。示すべきは顔ではなく、その出自の存在。同じように皇帝も肩から肘まで、左腕だけを晒していた。
「このまま、わたくしは後宮に入りたく存じます」
「よいのだな?」
「はい。陛下、貴方様の子を成す唯一の存在になりとうございます」
「承知した」
ベール越しではあるがアルネットの瞳に固い決意があるのが伺えた。互いの左腕に手をかざす、ゆっくりと誓いを口にすれば手のひらの触れる箇所に熱を帯びるのがわかった。
誓いと決意を互いの体に刻む行為は、それを忘れないためと違えないため。肌にヒリヒリとした痛みと熱を感じてソレが出来上がったことを実感する。
「では、行こうか」
アルネットの手を取り皇帝が歩き出す。皇帝の執務室からは後宮は近くはない。当然居室からの方が近いのだが、なぜか二人は執務室に下がったのだ。そうしてこれからのことを話し合ったと言うわけだ。もちろん、アルネットは公主の家から入内したわけだから正妃なのだが、書面を交わしたいとアルネットは申し出たのだ。
その理由はただ一つ。
皇帝のあの表情を見てしまったから。
だから、結婚誓約書ではなく、契約書を交わした。アルネットが皇帝の生涯唯一の正妃である。と。
「では、今からお前がここの唯一の主人である」
「賜りました。我が勤め果たさせていただきたく存じます」
後宮の閨にて言葉を交わした。
そうしてアルネットは唯一皇帝の子を成す存在となったのだ。
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