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その女の子は、毎週火曜日の午後二時半に必ず店に来た。そして必ずバニラ味のマカロンを一つだけ買うのだ。
幸い火曜日は午後の授業を取っておらず、昼前から閉店まで店を手伝えるので午後ならいつ来られても良かったのだが、彼女は決まって午後二時半ぴったりに来た。
僕と彼女間のやり取りで変わったことと言えば、
「今日もバニラでよろしいですか」
「持ち歩きのお時間は三十分でよろしいですか」
「ありがとうございました。また来てください」
この三言くらいだった。
前日や直前に色々とシミュレーションをしてみてはいるのだが、どうしても彼女を前にすると何でも無い気候の話すらも切り出せない。人見知りはしない方なのに。
彼女は彼女で僕に話しかけてくる様子はないし、期待はしていない。それでも毎週火曜日の午後二時半が、最近の僕の生活の中で一番の楽しみの時間となっていた。
「あの女の人、毎週来ますね。しかも同じ時間に、マカロンだけを買いに。まーちゃんのこと好きなんじゃないですか?」
「からかうなよ。ほら、休憩行って来て」
端から見て嬉しさが顔に出ているのだろうか、三木さんはあの子が帰った後必ずこういった風に茶化してくるのだった。
「こんにちは」
何週間か経って、彼女の方から僕に挨拶をしてくれるようになった時期のことだった。
いつものようにバニラ味のマカロンを買い、会計をすべく財布に手をかけた彼女のうつむき顔にいつものように見とれていると、ふと彼女が視線を上げた。
「っ、」
不意に目が合う。僕は声にならない声を上げた。
やばい、やってしまったかも。好きって気付かれたかも。ゼロコンマ一秒の間にそんな考えが僕の頭をよぎった。
……しかし彼女の反応もおかしかったのだ。
彼女もあ、と小さく口を開いた様子だった。それこそ僕と同じ、声にならない声を上げてしまった、そんな顔をして――。
顔が熱くなってゆく。照れた僕はそれを誤摩化すように咄嗟に前髪を右耳にかけた。
と、ほとんど同時に彼女も前髪を右耳にかける仕草をした。
「!」
危うく声が出るところだった。いや出てしまったかもしれない。僕は咄嗟に目を逸らした。ああ、こんなにあからさまだったら、誤摩化そうとしたのが丸分かりじゃないか。
財布に手をかけたまま、僕はレジスターに手を手を置いたまま、少しの間沈黙の時間が流れた。それは一瞬だったのかもしれないし、とても長い時間だったようにも感じる。
「……斜め分け、」
彼女が先に口を開いた。え、と思わず声を漏らす。
「一緒ですね」
彼女はそう言って恥ずかしそうにはにかみ、会計のお金を出した。
「あ、ああ。ですね」
なんとかそれだけを喉から絞り出す。何がですね、だ。済ました風に言いやがって。可愛いですね、だろうが。ああ畜生可愛い。
お互い何事もなかったかのように会計を済ませ、彼女はまた僕と三木さんに会釈し店を出て行った。何でも無い風を装っていたが、彼女の店を出るまでの足取りが、今日はなんだかぎこちなかったように感じた。
僕は僕で、ありがとうございましたと、また来てくださいを言うのを忘れた。
幸い火曜日は午後の授業を取っておらず、昼前から閉店まで店を手伝えるので午後ならいつ来られても良かったのだが、彼女は決まって午後二時半ぴったりに来た。
僕と彼女間のやり取りで変わったことと言えば、
「今日もバニラでよろしいですか」
「持ち歩きのお時間は三十分でよろしいですか」
「ありがとうございました。また来てください」
この三言くらいだった。
前日や直前に色々とシミュレーションをしてみてはいるのだが、どうしても彼女を前にすると何でも無い気候の話すらも切り出せない。人見知りはしない方なのに。
彼女は彼女で僕に話しかけてくる様子はないし、期待はしていない。それでも毎週火曜日の午後二時半が、最近の僕の生活の中で一番の楽しみの時間となっていた。
「あの女の人、毎週来ますね。しかも同じ時間に、マカロンだけを買いに。まーちゃんのこと好きなんじゃないですか?」
「からかうなよ。ほら、休憩行って来て」
端から見て嬉しさが顔に出ているのだろうか、三木さんはあの子が帰った後必ずこういった風に茶化してくるのだった。
「こんにちは」
何週間か経って、彼女の方から僕に挨拶をしてくれるようになった時期のことだった。
いつものようにバニラ味のマカロンを買い、会計をすべく財布に手をかけた彼女のうつむき顔にいつものように見とれていると、ふと彼女が視線を上げた。
「っ、」
不意に目が合う。僕は声にならない声を上げた。
やばい、やってしまったかも。好きって気付かれたかも。ゼロコンマ一秒の間にそんな考えが僕の頭をよぎった。
……しかし彼女の反応もおかしかったのだ。
彼女もあ、と小さく口を開いた様子だった。それこそ僕と同じ、声にならない声を上げてしまった、そんな顔をして――。
顔が熱くなってゆく。照れた僕はそれを誤摩化すように咄嗟に前髪を右耳にかけた。
と、ほとんど同時に彼女も前髪を右耳にかける仕草をした。
「!」
危うく声が出るところだった。いや出てしまったかもしれない。僕は咄嗟に目を逸らした。ああ、こんなにあからさまだったら、誤摩化そうとしたのが丸分かりじゃないか。
財布に手をかけたまま、僕はレジスターに手を手を置いたまま、少しの間沈黙の時間が流れた。それは一瞬だったのかもしれないし、とても長い時間だったようにも感じる。
「……斜め分け、」
彼女が先に口を開いた。え、と思わず声を漏らす。
「一緒ですね」
彼女はそう言って恥ずかしそうにはにかみ、会計のお金を出した。
「あ、ああ。ですね」
なんとかそれだけを喉から絞り出す。何がですね、だ。済ました風に言いやがって。可愛いですね、だろうが。ああ畜生可愛い。
お互い何事もなかったかのように会計を済ませ、彼女はまた僕と三木さんに会釈し店を出て行った。何でも無い風を装っていたが、彼女の店を出るまでの足取りが、今日はなんだかぎこちなかったように感じた。
僕は僕で、ありがとうございましたと、また来てくださいを言うのを忘れた。
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