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33話 父と子
しおりを挟むウォーレン・メッサ―伯爵は機嫌が悪かった。
それは自分が犯した不正を部下が疑っているからだ。サトリア男爵がこそこそと調べ回っているのは間違いない。前からずっと帳簿が合わないとしつこく言っていた。
ああいう頭の固いインテリは融通が利かなくて困る。こちら側につけば幾らでも甘い汁が吸えるというのに……。
そうだ、金はいくらあっても困らない。うちじゃあカトリーヌが金食い虫だからな。皇子のフィアンセなんだからと、何かにつけて高級な物をせがまれる。だがあの子にはそれだけの価値がある。あの子を満足させてやるのが親の務めと言うものだ。
以前は少し借りるだけだった。後から戻しておけば問題ない。だが次月戻そうと思っていた分がどんどん遅れて、金額は膨れ上がって行った。もう帳簿を誤魔化すしかなくなってしまったのだ。
俺は有能だ、この帝国の財政が回っているのは俺のお陰だ。これくらいのボーナスは貰って当然なのだ……。
まあいくらサトリア男爵が調べたところで、証拠が見つかるはずはない。しばらくは控えめにして、おとなしくしているとするか。
メッサ―伯爵の思惑はノックで中断された。
「お父様、カトリーヌですわ」
今日も我が子は美しい。帝国一の美しいレディーに成長してくれた。次期皇帝のフィアンセという位置はこの上ない名誉だろう。なのに最近はイライラしているようだが。
「どうしたカトリーヌ、また新しいドレスか?」
「ドレスなんてどうでもいいわ。お父様、私とジェイミー皇子の結婚はいつなんですの?」
「結婚か。そうだな、もういい頃合いだ。だがそう急ぐこともないだろう?」
「いいえ、お父様! ローズ・サトリア、あの女が邪魔なんです! いつも皇子の傍にべったりくっついて。皇子があの女にそそのかされて、私との婚約を解消すると言い出す前に結婚しなくてはいけませんの!」
なんだって! またサトリアか! あの一家はうちにとっての疫病神じゃないか。なんてことだ、皇子のダイエットを成功させたと聞いてはいたが、皇子とそこまで親密な間柄になっていたとは。
「皇子のダイエットを成功させたからと、いい気になっているのだな?!」
「そうですわ、たかが男爵令嬢の分際で! しかも父親はお父様の部下ではないですか」
「ううむ……皇帝陛下に結婚を急ぐよう上申してみよう」
「お願いしますわ、お父様だけが頼りなんですもの」
甘い声で父親の頬にキスしたカトリーヌは部屋を出て行った。
父親に直談判したことで機嫌を直したカトリーヌは、廊下を歩きながら先日の自分の誕生日のことを思い出していた。
__________
「誕生日おめでとうカトリーヌ」
皇子は大きな花束をカトリーヌに差し出した。
応接間で待たされていた皇子に、カトリーヌが会いに行った時のことだった。
皇子はニコリともせず花束をカトリーヌに押し付けた。
「まあ綺麗な花束ですこと! あら? でも花束だけですの?」
(花束の礼も言わないうちにプレゼントの催促か)ジェイミーはうんざりした気持ちになりながらも仕方なく返事をした。
「君の希望を聞いてからと思ったのだ。その方が君もいいだろう?」
「それは……そうですわね。ジェイミー様のお気遣いに感謝いたしますわ」
ジェイミーの冷めた態度にカトリーヌはうろたえた。以前から感情表現の乏しい皇子だったが、目の前にいる皇子はカトリーヌへの嫌悪の情を隠そうともしていない。
(このままじゃまずいわ。なんとかご機嫌を取らないと)
今日は皇子の機嫌が悪いだけよ。
そうよ! 私はこんなに美人で社交界でも一番の人気者なんだから。こんな豪華な誕生日パーティーを開けるのは、皇室の次ではメッサー家くらいのものよ。皇子に相応しいのは私よ、私以外には誰も皇太子妃になってはいけないのよ。
皇子と私が広間に行くとみんなの関心は全て皇子に集まった。以前の皇子は外見を気にして、公の席にはほとんど出席していなかった。多くの貴族が皇子を見たのは初めてだったのだ。
太っていて不健康でだらしない皇子というみんなのイメージは、この夜、崩れ去った。それだけではない。予想以上にイケメンだったことが令嬢たちの視線と心を一気に奪ったのだった。
__________
あの日から皇宮には若い令嬢が詰めかけているらしいわ。ローズだけじゃなく、他の令嬢も私のライバルになるかもしれない。
皇子のフィアンセは私と決まっているのだから不安になる必要はない。ないはずなのに、カトリーヌの心はざわついていた。
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