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42話 板挟み
しおりを挟む休暇が終わってしまった。
新年初の登城は初めて皇宮に来た時よりも緊張していた。馬車から降りた後、気づいたら私は自分の小さな執務室に座って、ぼんやりとただ前方を眺めていた。
はっ! いけない、まだ皇子様に挨拶にも行ってないわ。恥ずかしくてどんな顔をして会えばいいか見当もつかないけれど、避けるわけにもいかない。
(普段通りに、いつも通りに)そう思ってドアに手を掛けようとすると、ノックがして返事するより先にドアが開かれた。
「ローズ、来ているか?」
「あっ、おはようございます。皇子様、ご挨拶が遅れまして……」
「ああ、良かった。来ていたか」
私の顔色を見た皇子は、私の手を取り「この部屋はあまり暖かくないな、隣の執務室で話そう」そう言って自分の執務室へ私を連れて行った。緊張を寒さと勘違いしたのかしら。
「年越しの夜以来だな」
「はい、ゆっくりさせて頂きました」
「その……あの時話した事だが、メッサー家に正式に婚約解消を申し入れた。公式発表は明日になる」
「そ、そうですか……カトリーヌ様は納得されたのでしょうか?」
「まずは書面を送ったのだが、何も言ってこないところを見ると納得したのだろう。異議を唱えてきたら説明しようと思っていたが、その必要はなかったようだな」
一呼吸おいて、皇子は正面から私を見据えて言った。
「ローズ、君は誰か思いを寄せている人がいるのか? もしそうなら……僕の入る隙も無いようなら……」
思いを寄せている人……私はルイス様とお付き合いしているわけだから、ルイス様になるのだろう。なのにあの晩、ルイス様には許さなかった唇を、ジェイミー様には許してしまった。
「ブラウン副団長様に、お付き合いを申し込まれました。私は……それを承諾したんです」
反省会で自分の失敗を告白しているような言い方だった。あの時は確かに嬉しかったはずなのに。
「そうか、ブラウンが相手では僕の分が悪いな。彼は立派な人物だ、君を大切にしてくれるだろう」
「その……カトリーヌ様のこと」私が言いかけると皇子は私を制した。
「カトリーヌのことはローズのせいではない。先日も言ったが、彼女は皇后の器ではない。僕が皇太子でなければ彼女でも問題なかっただろう。でも僕は君を好きになってしまったから」
「では皇子様は皇太子に指名されるのですね。あの、おめでとうございます」
皇子は膝の上の拳にぎゅっと力を入れた。
「今年の建国祭で正式に指名されることになったんだ。本当はその時に君をフィアンセとして紹介したかったのだが……僕には全く見込みはないのだろうか? ローズの心には僕の入る隙間はわずかでも無いのだろうか」
皇子様はどうして私なんかにこんなにも必死になってくださるのだろう? 私のどこを好きになったの?
「皇子様の気持ちを、私は嬉しく思っています。あの晩の口づけだって嫌ではありませんでした」
私の口は勝手にしゃべりだしていた。
皇子の顔は、雲間から差し込む陽射しのようにぱっと明るくなった。
「では、少しは期待してもいいのだろうか?」
「私はまだ自分の気持ちがはっきり分からないのです……申し訳ありません、建国祭には間に合わないかもしれません」
「僕はいつまでも待つ。それでだめならきっぱり諦めよう」
皇子はテーブルの上で私の手に触れた。彼が何か言いかけた時ノックがした。
「ケニス・トールスでございます。皇子殿下、入ってもよろしいでしょうか?」
「入ってくれ」
「私はこれで失礼致します。お茶をお持ちしますか?」
「すまないな、お願いするよ」
私は一度下がって、お茶を用意してから再度執務室に入った。
うわぁ本物だ。本物のアントニオ・カベロ! 顔が……濃いわ。まなざしもなんて情熱的! いけないいけない、思わずお茶を用意する手が止まってしまいそうになる。何やら深刻そうな話だから私はさっさと退場しなくちゃ……。
「……それで伯爵夫人が……建国……」
ドアを閉める時、少しだけケニス・トールスの声が聞こえた。
執務室を出た私は皇室騎士団のある棟へ向かった。
年が明けて四日、ルイス様にもまだ会えていなかった。副団長室の前で私は大きく深呼吸した。
私の気持ちはどっちなの? はっきりさせなくちゃいけない。ノックするとルイスは在席していた。
「ローズ様! よく来て下さいました」
「お忙しいのではと思ったんですが……」
「いえ、平気です。さあ、こちらに座って」ルイスは私をソファに案内した。
皇子の執務室の半分くらいの部屋だった。簡素で整頓されていて、武人の部屋に相応しい雰囲気だった。窓からは騎士団の訓練場がよく見える。
「ここに来るのは初めてですね」
「はい。ルイス様、新年おめでとうございます」
「新年おめでとうございます、ローズ様。年越しのパーティーではお話できませんでしたね」
「ええ、まさかあんな事になるとは……」
「ジェイミー様は婚約を解消されるのではと噂されています」
「……明日、発表になるそうです。先ほど皇子様から伺いました」
「そうですか。では……ジェイミー様はローズ様に求婚されたのですか?」
ルイス様の表情は硬かった。いつもの柔和な顔ではなく、張り詰めた視線が私を捉えていた。
「えっ?! いえ、それはまだ。でも……そうしたいと思っていると、おっしゃられて」
「……ローズ様は迷っておられるのですね?」
なんだか取り調べを受けているような気がしてきた。ルイス様が怒るのはもっともだけど。自分という者がいながらどうして迷う事などあるのか、とルイス様でなくても思うだろう。
「私は……」
「迷っている時点でもうローズ様の気持ちははっきりしているのではないですか? ローズ様が私をなんとも思っていないのは初めから気づいていました」
私は思わずソファから立ち上がった。
「そんな! なんとも思ってないなんて……そんな事はありません!」
「……すみません。言い過ぎました。みっともないですね、嫉妬してあなたに当たるなんて」
情けないと首を振るルイスに、外野から憐れむような声がかかった。もちろん本人には聞こえていないが。
「ルイス様、私、ルイス様のことを好きですわ。でも……迷っているのも事実です。自分の気持ちが分からなくなってしまったんです。少し、気持ちを整理する時間が必要なだけです」
「分かりました。ローズ様の考えを尊重します」
部屋を去りかけた私にルイスが近付いて来た。後ろから私をそっと抱きしめたルイスは私の髪に口づけて言った。
「あなたを想う気持ちはジェイミー様に負けません」
「ルイス様……」
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