郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第五話︰迎え

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「荷物、良し。挨拶良し。お父さんとお母さんへの手紙も出したし……」

 あれから五日が経った、里入りの日。
 紬は静まり返った我が家で、やり終えた事を指折り数える。

「うん。ばっちり。」

 彗月らが帰っていった後、紬はすぐに、村中の人達に報告をして回った。
 まさか「私は郷守の巫女っていう存在で……」「旦那様はあやかしで……」などと話をするわけにはいかないので、とにかく神楽の殿方に見初められて嫁入りに行く、ということにしておいた。

 突然の嫁入りの報告に、誰もが驚き目を丸くしたものの、めでたいことだと盛大に祝った。そして、紬が村から離れることをとても惜しんだ。
 特に子どもたちは、泣いて駄々をこねて大変だった。なんとか元気づけようと、約束の占い放題の会を開いたり、送別会を宴のように開いたりして───最後には、子どもたちも笑顔で「いってらっしゃい」と送り出してくれたので、よかった。

 (この村とは、今生の別れになるかもしれないのよね)

 すっかり片付き、来客もいない我が家は、少し広くて物寂しい。
 未練は無いけれど、つい感傷に浸ってしまう。

「そろそろ来る頃かしら、彗月さん……あっ」

 ふと、感じた覚えのある気配がして、紬は外に意識を向ける。
 すぐにまとめた荷物を持って、家を出た。

「!」

 空で炎が渦巻き、あの時と同じ乗り物──紅蓮の御車が姿を現す。
 その扉が開いて現れたのは、炎とはまるで正反対の涼しい顔をした、白皙の美青年。

「彗月さん。」
「お迎えに上がりました、紬さん」

 丁寧に挨拶をしようかと思ったが、長くとどまって村の誰かに見られてもいけない。紬は彗月の元へ駆け寄る。
 前に彼が言っていた通り、この炎は触れても燃えないようだった。近づいても不思議と熱くない。

「手を。」
「ありがとうございます。」

 紬は差し出された手を取って、御車に乗り込んだ。中には沖も連もいない。今日は彗月一人でやって来たようだ。
 道中は、空からの景色でも楽しもうかと思ったが、どうやらこの御車には窓が無いらしい。少し残念に思いつつ、「里へはどれくらいで着きますか?」と聞く。

「この御車は、焔様──主の式札で呼び出しているので、あっという間ですよ」
「へえ……特別なものなんですね、あの赤い札。」
「滅多なことでは預からない代物です。私も久しく使いました」

 彗月に促され、紬はおずおずと座席に腰を下ろす。その向かいに彼が座るという形は先日と同じだが、ちゃぶ台を挟んでいない分、距離が近い。

「……」

 相変わらず、彗月の瞼は閉じられている。
 これで、どうやって前を見ているのかしら。また妖術でも使っているのかしら。考えても分からないことを思って、彼の長い睫毛を見つめる。
 
「荷物が少ないようですが、何を持ってこられたんですか?」
「!……ええと、文箱と化粧道具です。衣類も装身具も、里の方で用意して下さっているという話だったので、お言葉に甘えてこれだけ。」

 何か衣服を持って行こうにも、家にあるのは地味な麻衣ばかり。またどこかの誰かさんに薄汚いやら貧相やらと言われてしまっては癪なので、私物は思い切って置いてきた。
 今着ている着物は、つい一週間ほど前に両親から送られてきた一張羅。これが無かったら、着ていくものが無く困り果てるところだった。なんて間が良いことだろうと、紬は遠方の両親を拝んだ。

「文箱は、村のみんなや両親と文通をしたいと思って、持ってきたんですが……里から送れるでしょうか。手紙。」
「……そうですね、可能かと。」

 本来、里外への郵便は難しい。しかし、郷守の巫女の希望とあらば、屋敷の者が直接式神を飛ばして、届けてくれるそうだ。

 (立場が立場だし、待遇が良いんだろうなとは思っていたけれど……)

 式神使いの使用人がいる屋敷に住まい、「郷守の巫女だから」と特別な対応をされるとは。想像以上に、至れり尽くせりなのかもしれない。

「朝日村の場所は私が知っていますから、手違いなどもないでしょう」
「助かります。……両親の所在はころころと変わるんですが、それは大丈夫でしょうか」
「まあ、ある程度の地名と目印が分かれば。」
「よかった。あの人たち、私が十八になった年に、世界をあちこち巡る旅を始めたんです。今は、北の白武を横断しているところで……」

 着物と共に送られてきた手紙には、白武の国の郷土料理が美味しいという話と、とにかく熊が出るのですごいという話が、いきいきと書かれていた。いきいきするな。熊だぞ熊。

「文字通り命がかかった旅になっていそうなので、ついて行かなくて正解でした。この間は、危うく熊と戦うところだったようですし」
「それはまた命知らずな……いえ、活動的なご両親ですね」

 この彗月に命知らずと言わしめるのが、自分の両親なのだ。あの二人の凶事の未来が視えたことが一度もないのは、奇跡を超えた何かである。

「両親は自分たちの心配どころか、私の心配ばかりでした。なかなか良い嫁ぎ先が見つからないって。結婚が決まったことを手紙で報告したので、もう、安心してくれるでしょうけど」

 過去にいくつか舞い込んできた見合い話は、他国の商会からの申し出ばかりだった。父は見合い写真を焼き捨てながら、「下衆な男にうちの娘はやらん」と憤慨していた。
 紬は商会の詳細を知らされなかったが、普段温厚な父があれだけ言うのだから、見合い話の裏側はどれもこれも汚いものだったのだろう。若い女が下手に有名になってしまうと、こういうこともある。見合い写真を燃やす火は、母が焼き芋を焼くのに活用したので、紬にとっては美味しい思い出だが。

「報告はどのように?」
「まさか、生まれ変わりやあやかしの話をするわけにも行きませんので……神楽の国からやってきた殿方に見初められた、という話にしておきました。お相手は貴族で、それはもうたいそうな男前だと」

 これなら父も反対はするまい。好条件であることを強調しすぎて、かえって裏を疑われる可能性もあるが、そうなった時には、仲睦まじい夫婦生活の一幕を執筆することで、誤解を解いてもらう算段である。

「好条件だということは偽りありませんし、旦那様が男前だということも事実なので、致命的な嘘はついていません。問題ないです」
「はは、なるほど。それはどうも。」

 笑って返す、彗月の耳飾りが揺れる。白い髪と白い肌に映える、黒紐の耳飾りだ。落ち着いた色味の着物と装身具は、大人びた顔立ちの彼に、よく似合っている。
 とても見目麗しく気品に溢れている──が、彼はこの顔とこの雰囲気で、強い腕っぷしを持っているのだということが、紬の頭によぎる。あのとき沖を鎮めた一発は見事だった。人は見た目によらないというのは、こういうことである。
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