郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第六話︰口付け

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「──正直なところ。この縁談をご快諾いただけるとは、思っていませんでした。」
「!」

 ここで、彗月が改まって口を開いたので、紬は自然と背筋を伸ばす。

「役目があるのだからと、出会ったばかりの男に嫁ぎ、故郷を離れて知らない土地で……いくら待遇が良いとしても、窮屈で不安なことでしょう」

 けれど、と彼は続ける。

「里のため、主のため、貴女には里に来てもらわなければいけなかった。──里入りを決断してくださり、ありがとうございます。」
「えっ、ああ、いえそんな……!」

 思いがけず深々と頭を下げられ、紬は慌てて、立ち上がりそうになった。
 彗月がこちらを気にかけていることは、十分に分かっていた。しかしそれでも、縁談を持ちかけてきたあの日の彼は、遣いとして淡々と話を進めている様子だった。
 それがまさか、こんな風に頭を下げられるとは。

「その、こんな顔をしているので分かりにくいかもしれませんが、結婚には人並みに憧れを持っていましたし……彗月さんが思うより、私はこの結婚に前向きですから。いいんです。」
「……こんな顔?」
「ほら、仏頂面というか、無愛想でしょう。喜んでいても楽しんでいても分かりにくいとよく言われ……」

 (……って、何を必死に自虐しているの私は……)

 ふと我に返って、一人で呆れたところで、彗月がおかしそうに笑い出した。

「っはは、とんでもない。貴女はずいぶんと素直で、分かりやすい人だと思っていました」
「……は、い?」

 予想だにしていなかった言葉に、目を丸くする紬。
 すると彗月は、ほら見たことかといったように、自分の目元を指さしてみせた。

「確かに、顔色や口元の変化は、乏しいかもしれませんが。紬さんは、思ったことがよく目元に出る。驚いた時は少し目を丸くするし、訝しむ時は、少し目を細める。」
「……」
「貴女がこちらを良く思ってくれているだろうとか、考えごとをしているのだろうとか……なんとなくですが、伝わってきますよ。」
「…………」

 なんてこと。筒抜けだ。
 鉄仮面とまで言われてきた自分の顔では、何を考えてもそうバレることはないだろう。そんな油断が、心のどこかにあったので、驚きと気恥ずかしさとで動揺する。

「……その目元で、よく見えているんですね」
「瞼は閉じていますが、視界は良好ですよ。」
「どういう仕組みなんですか……とはいえ、些細な変化でしょうに、よく気付きますね」
「まあ、そうですね。私が注意深く見ているだけなのかもしれません。……人の心が目に現れるというのは、身に染みて知っていますので。」

 少し目線を下げて返す彗月の表情は、変わらずにこやかだ。
 しかし紬には、それがどこか、憂いを帯びているように見えた。

「……」

 ──五日前に会った時には、あれだけ見えない壁を感じて、胡散臭さすら覚えたというのに。
 今の彼は、少し近い。
 きっと、彼のことを知れば知るほど、この距離は縮まるのだと思った。なんとなく。

「よく見ていたとしても、話さなければ分からないことは、ありますよね。……私の考えを聞いて頂きましょうか」

 彼のことを知るためにも、まずは、自分のことを知ってもらわなければ。

「私は、この結婚について前向きだと言いました。それは建前ではありません。夫となる貴方の見目が格好良いし、衣食住の観点でも、好条件で良いなと思いました。……ただ、決定打はそれらではないです」

 紬は身を乗り出して、彗月の顔を覗き込む。

「貴方が里の意向に反して、私に選択させようとしたから。」
「!」
「優しさか同情かは分かりませんが……私を、郷守の巫女として見るだけでなく、一人の村娘として見ていた。そして、意思を尊重しようとしてくれた。……だから嫁入りを決めたんです。貴方の手を取って、少なくとも、自分が不幸になることはないと思いました。」

 姿勢を戻し、「分かって頂けました?」と笑いかける。
 彼が驚いたような顔をしているので、多分、ちゃんと笑えているんだろうと思う。

「この結婚を、大きな恩に感じる必要はないんです。私が自分で考えて決めたこと。貴方が用意してくれた逃げ道を選ばなかった、それだけです。」
「……そうか。参りましたね」

 彗月は、少し眉を下げて笑った。

「これでは頭が上がらない。」
「上げといてください、頭は。……ただ、そうですね、強いて望むなら……」

 紬は、顎に手を添えて考える素振りを見せてから、したり顔をしてみせる。

「幸せな結婚生活、ですね。夫婦の仲は、円満であればあるほど良いと思っていますので──旦那様には、是非とも仲良くしていただけたらと。」

 言いながら、お近付きの印の握手でもしてもらおうと、彗月に手を差し出した。

「……」

 彗月はそんな彼女を見つめてから、同じように手を差し出す。

「ありがとうございます、……ではないか」
「!」

 そのまま握手をするかと思いきや、彗月は紬の手を取って、そっと口元に寄せた。

「……え、あ」

 唇が指に触れた。
 気の抜けた声をこぼして、彗月の顔を見上げる紬。彗月はニコリと良い顔をした。

「どうぞよろしくお願いします。夫婦として、末永く。」

 恩を感じる必要はない。彼はその言葉に応えて、夫婦として、対等でいようということを示したのだ。

「……」

 しかし、それを受けて気の利いた返しをするような余裕は、 紬には無かった。
 今起きたことをようやく頭で理解して、心臓がドッ、と音を立てる。
 私でなければ、顔から火を噴いていたところだわ。紬は命拾いでもしたつもりで、うるさい胸元を押さえた。

「……心臓に悪いです」

 つとめて冷静になろうと思って、結果、かわいげもなく返してしまった自分が憎い。夫婦仲は円満にとか、偉そうに語ったくせに。

「おや。私の妻なら、慣れて頂かないと。」

 対して、くすりと笑ってそんなことを言ってくる彗月は、一枚どころか二枚三枚とうわてに見える。悔しいが、この点においては対等になりようがない。経験値の差は歴然である。

「……ぐ……精進します」
「っふ、はい。頑張ってください」

 彗月はするりと手を離す。
 そしておもむろに、自分の目元に触れた。

「……さっき、この目はどういう仕組みなんだと言っていましたね。教えましょう」
「!」
「瞼を閉じていても辺りが見えるのは、私の家系──“影族”特有の力によるものです。この目はよく視えすぎるので……普段はこうして、視力を制限しているんです。」
「……え、それは……」

 その能力については、教えられない、という決まりだったのでは。
 紬の考えることを察して、彗月が「あの場では話せないと言ったんです」と付け加える。

「もっとも、ここで話すつもりもありませんでしたが──」

 御車を取り巻く炎の音が、外から聞こえてきた。とうとう里に到着したのだろう。
 しかし紬は、彗月の言葉にばかり耳を傾けた。

「貴女が、貴女のことを明かしてくれたのだから、と思って。」

 ──御車が地に車輪をつける。二匹のあやかしの遠吠えが聞こえる。
 彗月が外に意識を向けたので、紬も続いて戸を振り返る。

「さあ、着きましたよ。」
「……はい。」

 戸を開けて御車を降りる彗月。
 彼が差し出した手を取って、紬も外に降り立った。
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