俺が推しの代わりなんか出来るわけがないだろう?

蒼風

文字の大きさ
6 / 9
Ⅰ.声優とガチ恋勢と深夜のファミレス

5.幸いにも小の方だった。

しおりを挟む
「意外といいところに住んでるのね」

「意外とってどういう意味だよ」

「そのままの意味よ。アンタの身だしなみとか、その辺からしたら、もっとぼろいワンルームにでも住んでそうだから」

 実に酷い言い草だ。ただ、

「まあ、本来なら、俺が住めるような部屋じゃないからな」

「本来ならって……どういうこと?」

「このマンション、親の知り合いが管理しててさ。それもあって、住めてるだけで、他の部屋の家賃を考えたら、俺が住めるようなところじゃないのは確かだよ」

「ふーん……」

 自分から言い出した癖に、実に興味なさそうな反応で奥の部屋へと歩いていく咲花さくはな。本当に自由だ。

 ちなみに、今俺は、咲花あやめの身体で、山都やまと瑛一えいいちの服を着ている。なんでかって?咲花曰く、「知らない男の部屋に、私の恰好で入るなんて言い訳無いでしょ」とのことだった。

 言わんとするところは分かるので、俺も反論はせず、彼女が持ってきた「俺の服」に着替えたが、大分大きい。まあ身長差あるもんな。体型自体は細いからまだいいけど、これで、もうちょっとガタイが良かったら、ギャグみたいなことになるところだった。

 もしこれからもこんな暮らしが続くなら、服はどうするかも考えなきゃならない。あんまり無駄な出費をしたくないんだけどなぁ……円盤も買わないとだし。もちろん、咲花あやめの出てる作品のやつ。

「明日何時だっけ?」

「九時。九時に最寄り駅に来るようにって言ってある」

「九時か……早いな……」

「早いって……アンタ普段何時に起きてるのよ」

「何時……まちまちだな。少なくとも九時に起きてることは無い」

「起きてることは無いって……あのさ。ずっと気になってたけど、アンタ、仕事とかっていいの?起きた時間が時間だったし、今日はずっとここにいたけど」

「それなら大丈夫。特に用事はないから」

「用事はないって……アンタもしかして、無職?」

 俺は咲花の問いを無視して、

「さ、そんなことより明日は早いんだから、そろそろ寝る準備をしないと。風呂入れるな」

「あ、ちょっと、はぐらかさない……で、って、え?風呂?」

「うん。入らないわけにはいかないだろ?」

 瞬間。

 咲花が俺の手をがっちりと掴んで、

「ちょっと待ちなさい」

「な、なんだよ」

「貴方。状況分かってる?今貴方と私は入れ替わってるの。つまり、貴方が風呂に入るのは私の身体でってことになるのよ?」

「そうだけど……それが何か?」

 咲花が俺の両肩を掴んでぐりんと回転させ、がっちりホールドしつつもとつとつと語り掛ける。

「それがなにか?じゃない!あのね。貴方はもしかしたら気にしないのかもしれないけど、私が気にするの。私は嫌なの。どこの誰かも分からない男に、私の身体を洗われる、なんて」

「とは言っても……洗わないわけにはいかないだろ。大丈夫だって。出来るだけ無心でやるから」

「その出来るだけって表現がもう駄目。努力しないと無心になれない人に、自分の裸を見せるって想像しただけで……」

 言わんとすることは分かる。

 分かるけど無理がある。

 こればっかりは仕方ない。俺だって、出来る限り見ないようにはしたい。

 だけど、嫌なんだよ。自分の大切な推し声優が、何日も風呂に入らない、汚くて、臭い身体で現場に行って、「あの頃のあやや、なんか臭ってたよね~」というとんでもないエピソードを暴露され、挙句の果てにはウィキかなんかに「一時期風呂に入っていなかったため、臭っていた時期があった」なんて書き足されるのは。そんなことになるくらいなら、俺が後でどんな報復を受けようとも、洗うべきだと思うんだ。

 とはいえ、咲花の言い分もよく分かる。

 だから、出来るだけ彼女のダメージが少ないまま、風呂に入るにはどうすればいいか……そうだ!

「でも、ほら。トイレとかは行っちゃってるわけだから、そんなにダメージは……ない」

 時々思う。

 人は何故、こうも簡単に失言をしてしまうのだろうと。

 違うんだ。決して変な意味があったわけじゃないんだ。ただ、「もうトイレには行ってしまってて、大事な部分の片割れは見てしまってるから。実際のダメージは咲花が考えているものの半分くらいだよ。良かったね!」って思ったんだ。でも、これって、今はまだ何も見られてないって思ってる咲花からすれば、とんでもないカミングアウトで、

「今、なんて言った?」

 襟首をつかまれる。怖い。何せ俺はギリギリでも百七十センチ以上あるのに対して、咲花は百五十五センチしかない。その差は実に十五センチ以上。力技でねじ伏せられたらどうしようもないレベル。

 咲花はゆっくりと続ける。

「今、言ったわよね?トイレに行った?私の身体で?ふーん……一体何をしたのかしらね?」

 怖いよぉ。

 トイレに行ったはずなのに漏らしそうだよお。

 いや、殆どは俺が要らない発言をしたからいけないんだけど。

 でも、仕方ないじゃない。生理現象なんだから。俺だってそんなことはしたくないんだよ。許して……くれないかもなぁ、これは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

処理中です...