瑠壱は智を呼ぶ

蒼風

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chapter.1

7.想起

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「さて、と……」

 ひと段落。

 幸いと言うべきか、店長がフリータイムのプランにしてくれたようなので、時間に関しては心配する必要はなかったものの、カラオケ店に来てやることが「ドリンクバーを堪能する」では少し寂しい。

 とはいえ、瑠壱るいのレパートリーが貧弱なのは既に周知の事実であり、数少ない「十八番」と言えるような曲でさえ、まかり間違っても「どういう趣味趣向なのか分からない同学年の女子生徒」相手に出せるような曲ばかりではない。

 そして、そんな「地雷」になりかねない曲を除外していくと、本当に、音楽の時間で歌わされるような童謡か、日本国歌くらいしか選択肢が残ってくれないのである。

 前者はともかく、後者をいきなり入れようものなら変な勘違いを生みそうだ。瑠壱には別に人並外れた愛国心があるわけではない。

 が、そうなってくると、取るべき行動など一つで、

山科やましな。歌いたい曲入れていいぞ?」

「ふぁ?」

 ソフトクリーム……もとい、パフェを、食べていた。

 ドリンクバーの隅っこに併設されたソフトクリーム作成マシーン自体は、バーを引くことでバニラアイスが出てくるだけの単純なものだったのが、併設されていたトッピングがまあまあ……いや、かなり豊富だった。

 ストロベリーやチョコレートといったソース類。コーンフレークやスプレーチョコと言ったトッピング類。それこそ鮮度の意地が大変だろうと思われるフルーツまでもがいくつか用意されていた。

 極めつけに器が簡易的なカップではなく、ファミレスなんかでよく見る「パフェ用の立派な器」で、どういうわけかフルーツと一緒に冷やされた状態で置かれているのだ。

 おかげで、ソフトクリームが溶けてしまうこともなく、美味しくいただけるのだというのは沙智さちの弁なのだが、その熱量は絶対に階段や看板の蛍光灯に向けるべきだと思う。一体どこに力を入れているのか。全力を出す場所がおかしいと思う。

 後々聞いた話だが、この店はこの「力が入りすぎているソフトクリームコーナー」で割かしグルメ界隈から有名なお店なのらしかった。どういうことだよ。

 そんなわけで今、沙智は専門店からデリバリーしてきたんですか?と聞きたくなるようなお手製パフェに舌鼓を打っていた。あの、ここカラオケ店ですよね?

「や、ほら、俺あんまカラオケとか来ないからさ。だからレパートリーも少ないし、取り合えず選択権を山科に譲ろうかなって」

「あ、大丈夫ですよ。お気になさらず」

 気にするわ。

 まあでも、九割九分の思考をパフェに持っていかれているのであれば、何を流しても大丈夫かもしれない。

一体何を間違ったのか、かなりの大作となっていた沙智制作のパフェ山は、切り崩される速度が大分遅かった。恐らくはじっくりと味わっているのだろう。残念ながらその顔の半分くらいはアイスに邪魔されて見えないので瑠壱の想像でしかないが。

カラオケに来てすることなのかはさておいて、あれなら一曲分くらいは思考をパフェに取られた状態のままだろうから、何を歌っても気にしない可能性は高いだろう。よほどの電波ソングか、軍歌でも入れない限りは大丈夫なはずだ。

 そうと決まれば話は早かった、

「分かった。んじゃ、先に入れさせてもらうな」

 瑠壱はひとことだけ断りを入れて、機器を弄って曲を検索する。最近の流行り……ではないが、まあいいだろう。この際そんなことを考えるのはよそう。

 曲名で検索すると、そこそこの数がヒットする。曲名がシンプルな弊害だ。瑠壱は上から順に歌手の名前を確認し、

「お、あったあった」

 発見。

 曲名は「white memories」

 歌手名は「笹木ささき玲奈れいな」。

 簡単に注釈をつければアニソン歌手だが、昨今はCMのタイアップソングなども歌っている、立派な人気歌手だ。アイドル的な人気もあるが、それはまあ、いいだろう。今は関係の無いことだ。

 選曲を送信し、暫くしてメイン機器からピピピと電子音がなる。

 遅れて、人気アーティストが新曲の宣伝をしていたディスプレイが曲目リストへと切り替わる。

 まだ瑠壱が入れた「white memories」だけが表示されているが、いずれ沙智が入れた曲がずらりと並ぶことになるに違いない。

 だから瑠壱の歌う曲はこれが最初で最後。そう思いながらマイクを手に取る。

 立ち上がる必要は……まあないだろう。別に西園寺さいおんじ瑠壱ライブツアーかなんかじゃないんだ。言ってしまえば前座のようなものだ。

 大喜利の前にあるコント、音楽ライブのトップバッター。真打・山科沙智が登場する前に場を温めておくだけの役割。そんな人間が立ち上がって、力いっぱい歌う必要なんてない。

 やがて、曲がかかりだす。

 遅れて部屋の照明が全体的に暗くなる。

 天井の照明がちかりちかりと、それっぽい光を放ってムードを演出する。

 驚いた。こんな機能まで備え付けられているのか。本当に、みすぼらしいのは店先の蛍光灯だけらしい。

 前奏が終わり、歌詞が表示される。原曲の歌い手が女性で、瑠壱よりもはるかに高音を出すのだから、キーを下げればいいような気がしていたのだが、あいにく瑠壱にはそのやり方が分からない。これもカラオケというものに慣れていない弊害だが、時間稼ぎでそこまで気にすることもないだろう。

 瑠壱はゆっくりと歌い出す。

 それと同時にかすかながら笹木玲奈の声が入り込む。どうやらボーカル付きのようだった。曲を入れる段階で気がついてはいたのだが、他のバージョンを探す時間を惜しんだため、これがかかったのだ。

 そして、そんな水先案内人のようなボーカルを聞きながら思う。

 やっぱり少しだけ違和感がある。

 この曲の、元の歌い手は笹木玲奈ではない。美春みはるという、名もなきアマチュアなのだ。

 本名は今でも明らかになっていないし、なんなら彼女は歴史の表舞台には出てきていない。

 何故ならこの曲は元々アマチュアが制作したあるゲームの主題歌として作られた曲だからなのだ。その名前を『間違えだらけのハーレムエンド』──通称『まちハレ』という。

 アマチュア制作の同人ゲームとしては異例の人気を誇り、今でもなお、続編を切望する声が絶えない、恋愛アドベンチャーゲームの普及の名作である。

 既にアニメ化もされており、その時に主題歌として設定されたのがまさに、今瑠壱が歌っている、笹木玲奈の「white memories」なのだ。

 当初歌手が決定した時にはかなり不満を持ったのを覚えている。

 それだけ美春という存在は強烈だったのだ。

 彼女は声優としても『まちハレ』に出演していたのだが、こちらもアニメ化に伴って変更となっていた。

 もちろん、ゲーム版とアニメ版で声優の名義が違うというのはままあることだし、成人向けゲーム用の名義をいくつも持っている声優というのはそこまで珍しくはない。

 なので、名義が変わっただけであれば明確に違う人間になったとまでは言えないのが通常なのだが、どうやら『まちハレ』は、アニメ化や、コンシューマー化に伴って、公式に美春が演じていたメインヒロインの声優を応募したらしいのだ。

 らしい、というのは瑠壱がアニメから入った所謂“にわか”であるからなのだが、とにもかくにも『まちハレ』の声優と主題歌の歌い手は同人時代とははっきりと別人にかわっていて、特に歌い手の方に違和感が強いのだった。

  瑠壱のような素人からすれば、ヒロインをやった声優・月見里やまなし朱灯あかりに歌わせれば良かったのにと思うのだが、声優業界というのはそう単純ではないのだろうか。

 間奏に入り、一呼吸置く。

 そこまで長いものではないので、急ぎ目に水分補給をし、ついでのようにちらりと沙智の方を見、

「…………え?」

 その声はきっと沙智には届かなかっただろう。

 先ほどまでパフェに九割九分の思考を奪われ、ともすると同室に瑠壱がいることすら忘れているのではないかと思われた沙智の視線は今、曲との相関性がよく分からない、海の映像が流れているディスプレイに釘付けとなっている。

そして、その手には、先ほどまで握られていたはずのスプーンの代わりにマイクが握られていた。

 間奏が終わる。

 画面に表示されていた「間奏」の文字が消え、代わりに二番の歌詞が浮かび上がる。

 次の瞬間、

「────♪」

 時間が捻じれた。

 瑠壱の声はいつのまにか止まっていた。

 その視線の先にいるのは確かに山科沙智で、今この場所は駅前のカラオケボックスの参号室だ。

 けれど、瑠壱はすでにここにはいない。

 瑠壱の視界に蘇るのはあの夏の日の空き教室だ。

 あの日一人で歌の練習をしていた沙智は、実際のところ九割方の時間は歌を歌っていなかった。

 発声練習に毛が生えたようなことに終始していた。

 しかし、残りの一割ではしっかりと、澄んだ歌声を響かせていた。今、瑠壱の視界に蘇っているのはあの夏の日である。

 そして、

「美……春?」

 やはりその声は沙智には届かないだろう。

 それでも瑠壱は記憶の大海原にある一筋の光を確かに見つけ出していた。

 山科沙智。

 彼女の歌声は美春そっくりなのだった。
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