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一章 本編

40 嫉妬

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「わっ、何かいっぱい釣れてる! わっ、これどうしよ?」

 釣り上げた魚にあたふたした様子の志崎君。


 私たちは父らが用意してくれた竿でサビキ釣りをしていた。
 仕掛けには餌に見せかけたピンクの小さなビニールが付いた針が幾つか下がっている。下にある籠にアミという小さいエビを入れて撒き餌にし、寄ってきた魚がつついたら浮きが沈むのでそれに合わせて竿を引き引っ掛けて釣る。
 
 本来アジゴを狙っている筈なのだが、針に掛かっていたのは十センチ程のイシモチ三匹。餌取りと呼ばれる本命じゃない魚だ。

 私は志崎君が岸に寄せた仕掛けの釣り針からイシモチを外して海水の入ったバケツに泳がせる。龍君の家で飼っている猫、エリーちゃんのごはんになる予定だ。


「魚、外してくれてありがと。うわー」


 バケツの側にしゃがむ私の隣に志崎君が身を屈めた。初めて釣った魚に目を輝かせている。

 そんな彼の姿を微笑ましく思う。



 バケツの向こう側では龍君が海へと釣り糸を垂らしている。

 吸い寄せられるように目が勝手に見てしまう。釣り竿を持つ龍君の立ち姿は中々様になっていた。



『よそ見なんてさせないから』



 さっきそう言った彼。
 私が志崎君とこんなに近くで話していても別に気にしている素振りはなさそう。

 ……私だったら好きな人が別の子と楽しそうに話しているだけで嫉妬しちゃうけどね。

 この間、志崎君が咲月ちゃんと教科書を一緒に見ていた時や龍君と雪絵ちゃんもそうだと考えた時……。たったそれだけで嫌な気持ちだった。でも普通は違うのかも。私が嫉妬深いだけかも。


 だけどそう思っていた時、ずっと海を見ていた龍君がこっちを見た。


 私と視線が合って少しだけ目を瞠った顔をした彼。口角を上げてどこか嬉しそうな表情をして再び海へと視線を戻していた。


 たったそれだけの事だったのに。


 おかしい。心臓がおかしい。きゅうってなった。


 胸を押さえて俯く。バケツの中で泳ぐ魚を虚ろに眺める。

 私、龍君の事が好きなのかな?


 そう考え至った瞬間、すぐ隣からの静かな声に我に返る。


「笹木さんオレ、トイレ行きたくなっちゃって。場所知ってる?」


 顔を上げて志崎君を見る。彼は下を向いていて視線が合わない。


「うん、案内するよ」

 志崎君の前を歩き出す。
 龍君が「僕が案内する」って言ってくれたけど彼の持つ竿にアタリを知らせる引きがあった。


「大丈夫だよ。また後でね」

 私は後ろでアタリにあたふたしている龍君へそう手を振り、また前を向いた。
 トイレは車を停めた場所の近くにあった公園にあるから、ここよりちょっと離れている。


 歩きながら不安が胸を掠めた。さっき俯いていた志崎君の表情が気になっていた。
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