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芝生に広げた敷物の上のバスケットから、食器やグラスを取り出すと、料理を取り皿に綺麗に盛り付けてユリウスに差し出したのは無表情のマリアだ。
「マリア嬢」
取り皿を受け取ったユリウスはマリアを呼ぶ。
「どうか呼び捨てでお呼びください」
「ではマリア」
「はい」
「…何か、怒っているのか?」
「王太子殿下に怒りの感情を向けるだなんて、畏れ多いですわ」
もう一つの取り皿にも少し乱雑に料理を取りながら平坦な口調で言うマリア。
うーん、あんまり畏れ多いと思っている態度じゃないんだが…
「俺が、マリアを婚約者候補にしたのが気に入らない?」
「そういう訳では…光栄ですわ」
光栄だと思っている態度でもないんだが。
「では、ロッテを候補にしたのが?」
料理の入ったバスケットに向いていたマリアの視線がパッとユリウスへ向く。
やはりそうか。
「…おそれながらお窺いしますが、私の言動により、ルーカス様の処遇などに何か影響があったりしますでしょうか?」
「ルーカスの?ああ、マリアがルーカスの家の侍女だからか。いや、それはないな」
「そうですか…」
マリアはホッと息を吐くと、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「私はですね、ロッテの事が大好きなのです」
マリアは敷物に手をつくと、ユリウスの方へグッと乗り出した。
「……そうか」
少し気圧されたユリウスは心持ち仰け反る。
「幼い頃からロッテが好きで、一緒に暮らしたくて親に頼み込んでウェイン家の侍女になりました」
それは、いくら好きとは言え、なかなか…
「あ、でも百合ではないです」
「百合?」
「…所謂女の子同士の恋愛です」
違うのか。てっきりそうなのかと。
「私は大好きなロッテの結婚相手は、私よりロッテを大好きで、加えてロッテより背が高くて、力が強くて、鉄板が落ちて来てもロッテを庇える様な人じゃないと嫌なんです」
「鉄板?」
「…鉄板は言葉のあやです。とにかくロッテをしっかり守ってくれる人じゃないと認めません」
マリアはじっとユリウスを見ている。
「つまり、俺では駄目だと?」
ユリウスは薄く笑いながら言う。
「申し訳ありません。でも、殿下は王太子ですから、ロッテのためにその身を投げ打つ訳には参りません。むしろ臣下である我々が殿下のために身を投げ打つ方なので」
「……」
確かに。
俺がロッテの、いや、妃のために身を呈する事はできない。王太子である以上、優先すべきなのは自分の身だからだ。
「今日は殿下と二人だけでお話しできるとの事で、これをどうしても伝えなくてはと思い…朝から緊張しておりまして。無愛敬で申し訳ありませんでした」
マリアは敷物に手をついたまま頭を下げた。
-----
「ユリウス殿下?」
執務机でペンを持ったまま書類を眺めていたユリウスに、ルーカスが声を掛ける。
「……」
「どうされました?遠駆けでお疲れですか?」
「…いや」
ユリウスはペンを置くと、ふうっと息を吐いた。
「今日はフェリシティ様やクラリス様の時よりお帰りが早かったですが、マリアと何かおありでしたか?」
「……」
「マリアは随分と今日を楽しみにしていた様でしたが…」
「楽しみに?」
「昨日もロッテの部屋で新調した乗馬服に合わせた髪型などを真剣に考えていましたから」
それを、ルーカスが知れる処でやると言う事は。
今日マリアと出掛けた遠駆けで、他の者との時より早く帰って来たのは、昼食時にマリアがユリウスと二人の時に言いたかった事を告げ、気不味い空気になったので、その後の散策などを切り上げたからだ。
「マリアに、ロッテには俺では駄目だと言われたぞ」
「!」
ルーカスは驚いた表情でユリウスを見る。
「グリフなら…マリアも納得するのか?」
書類に視線を落としたまま言うユリウスを、ルーカスは少しの間黙って見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
「そうか」
背が高くて、力が強くて、ロッテを守れる。
だからルーカスもロッテに恋人ができなければグリフを紹介するつもりだったんだもんな。
「…ふっ」
机の上の書類を見つめていたユリウスは、小さく笑う。
「殿下…?」
「ははっ」
ユリウスは下を向いたまま乾いた笑い声を立てた。
「ユリウス殿下?」
ははは、と暫く笑った後、執務机の前に立ち、ユリウスを心配そうに見ていたルーカスを見上げて、口を開いた。
「では、マリアを、王太子妃として召し上げよう」
芝生に広げた敷物の上のバスケットから、食器やグラスを取り出すと、料理を取り皿に綺麗に盛り付けてユリウスに差し出したのは無表情のマリアだ。
「マリア嬢」
取り皿を受け取ったユリウスはマリアを呼ぶ。
「どうか呼び捨てでお呼びください」
「ではマリア」
「はい」
「…何か、怒っているのか?」
「王太子殿下に怒りの感情を向けるだなんて、畏れ多いですわ」
もう一つの取り皿にも少し乱雑に料理を取りながら平坦な口調で言うマリア。
うーん、あんまり畏れ多いと思っている態度じゃないんだが…
「俺が、マリアを婚約者候補にしたのが気に入らない?」
「そういう訳では…光栄ですわ」
光栄だと思っている態度でもないんだが。
「では、ロッテを候補にしたのが?」
料理の入ったバスケットに向いていたマリアの視線がパッとユリウスへ向く。
やはりそうか。
「…おそれながらお窺いしますが、私の言動により、ルーカス様の処遇などに何か影響があったりしますでしょうか?」
「ルーカスの?ああ、マリアがルーカスの家の侍女だからか。いや、それはないな」
「そうですか…」
マリアはホッと息を吐くと、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「私はですね、ロッテの事が大好きなのです」
マリアは敷物に手をつくと、ユリウスの方へグッと乗り出した。
「……そうか」
少し気圧されたユリウスは心持ち仰け反る。
「幼い頃からロッテが好きで、一緒に暮らしたくて親に頼み込んでウェイン家の侍女になりました」
それは、いくら好きとは言え、なかなか…
「あ、でも百合ではないです」
「百合?」
「…所謂女の子同士の恋愛です」
違うのか。てっきりそうなのかと。
「私は大好きなロッテの結婚相手は、私よりロッテを大好きで、加えてロッテより背が高くて、力が強くて、鉄板が落ちて来てもロッテを庇える様な人じゃないと嫌なんです」
「鉄板?」
「…鉄板は言葉のあやです。とにかくロッテをしっかり守ってくれる人じゃないと認めません」
マリアはじっとユリウスを見ている。
「つまり、俺では駄目だと?」
ユリウスは薄く笑いながら言う。
「申し訳ありません。でも、殿下は王太子ですから、ロッテのためにその身を投げ打つ訳には参りません。むしろ臣下である我々が殿下のために身を投げ打つ方なので」
「……」
確かに。
俺がロッテの、いや、妃のために身を呈する事はできない。王太子である以上、優先すべきなのは自分の身だからだ。
「今日は殿下と二人だけでお話しできるとの事で、これをどうしても伝えなくてはと思い…朝から緊張しておりまして。無愛敬で申し訳ありませんでした」
マリアは敷物に手をついたまま頭を下げた。
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「ユリウス殿下?」
執務机でペンを持ったまま書類を眺めていたユリウスに、ルーカスが声を掛ける。
「……」
「どうされました?遠駆けでお疲れですか?」
「…いや」
ユリウスはペンを置くと、ふうっと息を吐いた。
「今日はフェリシティ様やクラリス様の時よりお帰りが早かったですが、マリアと何かおありでしたか?」
「……」
「マリアは随分と今日を楽しみにしていた様でしたが…」
「楽しみに?」
「昨日もロッテの部屋で新調した乗馬服に合わせた髪型などを真剣に考えていましたから」
それを、ルーカスが知れる処でやると言う事は。
今日マリアと出掛けた遠駆けで、他の者との時より早く帰って来たのは、昼食時にマリアがユリウスと二人の時に言いたかった事を告げ、気不味い空気になったので、その後の散策などを切り上げたからだ。
「マリアに、ロッテには俺では駄目だと言われたぞ」
「!」
ルーカスは驚いた表情でユリウスを見る。
「グリフなら…マリアも納得するのか?」
書類に視線を落としたまま言うユリウスを、ルーカスは少しの間黙って見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
「そうか」
背が高くて、力が強くて、ロッテを守れる。
だからルーカスもロッテに恋人ができなければグリフを紹介するつもりだったんだもんな。
「…ふっ」
机の上の書類を見つめていたユリウスは、小さく笑う。
「殿下…?」
「ははっ」
ユリウスは下を向いたまま乾いた笑い声を立てた。
「ユリウス殿下?」
ははは、と暫く笑った後、執務机の前に立ち、ユリウスを心配そうに見ていたルーカスを見上げて、口を開いた。
「では、マリアを、王太子妃として召し上げよう」
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