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「ロッテは、自分がまだ安静にしておかなくてはならない身だとわかっているのか?」
 ベッドの傍らでレース編みをしているシャーロットに、後ろから話し掛けたのはユリウスだ。
 ベッドではうつ伏せにされたトレイシーが顔を横向きにして眠っている。
「ユリウス殿下!?」
 シャーロットが振り向きながら慌てて立ち上がろうとすると、ユリウスは腕を伸ばしてシャーロットの肩を押さえた。
「挨拶はいい。せめて大人しくしておけ」
「…はい」
 肩に、手が。ユリウス殿下の…
 真後ろに殿下がおられると思うと、ド…ドキドキして振り向けないわ。
「何を編んでいたんだ?」
 ユリウスがシャーロットの頭の上から手元を覗き込む。
「し、栞です」
「栞…」
「あ、あの、これは花のモチーフで、確かにデザインは殿下に差し上げた栞と同じですけど…」
 シャーロットは俯いて小声で続ける。
「…あの星のモチーフは……ほ…他の人には作りません」
「つまり、あの星は俺のもの?」
 こくんと頷くシャーロットを見ると、耳が赤くなっていた。

「ロッテ」
 ユリウスはチュッとシャーロットの耳に口付ける。
「…ひゃ!」
 シャーロットは小さく悲鳴を上げると、耳を押さえてユリウスを仰ぎ見た。
 眼がまん丸で頬が真っ赤だ。ロッテ…かわいいな。
「好きだ」
「!」
 ますます赤くなるシャーロット。
 ユリウスは屈んで、シャーロットを後ろから抱きしめた。

 シャーロットの茶色の髪に頬摺りをする。
「ででで殿下!?」
 ひゃああ。し、心臓が潰れる!
「先程、陛下…父上と話して来た」
「!」
「王太子になって…いや、祖父が亡くなってから、初めて父上と話す事ができた気がする」
 穏やかな声でユリウスは言った。

「ロッテ、ありがとう」
「え?」
 私、何かした?
「俺が『何もない』と言った時、怒ってくれて」
「あ…あれは、お礼を言われるような事では…」
 だって、本当に腹が立っただけだもん。
「いや。嬉しかった」
 シャーロットを抱きしめる腕に力を込める。
 ユリウスの頬がシャーロットの頬に触れた。
 ひええぇぇ。殿下の頬が!
 すっすべすべ!私よりお肌がすべすべだわ!
 …あ。
 シャーロットは手を上げてユリウスの頬に触る。
 お髭剃られたのね。だからすべすべなのか…
「ロッテ」
 あ!無意識に殿下の頬を撫でてる!私ったら、何て事してるの!?
 慌てて手を降ろすと、ユリウスがクスッと笑う。
「ロッテは髭が好きなのか?」
「いえ、あの…」
「ロッテが好きなら生やしても良いぞ?」
「そう言う訳じゃないんです。ショリショリがないとすべすべなんだなぁと思っただけで」
「ロッテの方がすべすべだろ?」

 ユリウスはシャーロットの頬に自分の頬をすりすりと擦り付ける。
「ひゃあ!や、やっぱり殿下の方がすべすべです!」

「…何な…の」

 え…?

「人が…死にかけてるのに…枕元でイチャイチャして…」
 トレイシーが薄目を開けてシャーロットとユリウスを見ながら言った。
「トレイシー様!!」
 ユリウスはシャーロットを抱きしめていた手を離して立ち上がると、トレイシーを見下ろした。
「…殿下は、違う令嬢とご婚約…されるんじゃなかった…んですか…?」
 横目でユリウスを睨む。
 そうだわ。ユリウス殿下はオードリー様と…
「オードリーはぞ」
「?」
 トレイシーが眉を顰めた。
「俺は王太子を降りる。ああ、ただ勘違いするな。お前や第二王子派の企みは完全に潰した」
「…え?」
「ユリウス殿下?」
 何もない、誰もいない、なんて事はないってわかったから、王太子を辞めるのは考え直されたんだと思ったのに。違うの?
 ユリウスは自分を見上げるシャーロットに優しく微笑んだ。
「そうか、ロッテにはまだ話していなかったな。俺はあの揺れ…ルーカスは『地震』と言っていたな。その地震での建物の倒壊や破損、家具の転倒などで人々が命を落としたり負傷したりするのを防ぐ、そのための施策をやりたいんだ」
「え?」
「王太子は広く国政に関わる。特定の一つの事業に集中する訳にはいかない」
「はい」
「だから俺は廃太子し、それに尽力する」
 それは耐震構造の建物とか、地震後の火災防止とか、よね?
 それなら…
「ユリウス殿下、お兄様にはもうその事を話されましたか?」
「いや。今陛下に話して来たばかりだから、まだだが…」
「お兄様はその事業に絶対に役立ちます!」
 だってお兄様は前世でビル建設に携わってたんだもの。耐震とか詳しい筈!
「そうか」
 ユリウスはシャーロットの頭を撫でる。

「…だから、イチャイチャするんじゃありませんわ…」
 トレイシーが呆れた表情で二人を見ていた。



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