婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

文字の大きさ
17 / 25

16

しおりを挟む
16

 ヒヒーンッ!
 馬が嘶いて急停止する。
「マジョリカお嬢様どうなさっ…」
「あの馬車を追い掛けて!」
 マジョリカは馬車の窓を開けると、窓から半身を乗り出して御者に怒鳴り、すれ違った馬車を指差した。
「あれはマルセル公爵家の馬車では?」
「いいから追い掛けて!前に回り込んででも馬車を停めなさい!」
「しかし…」
「あの女に話があるのよ!今すぐ!行かなきゃクビよ!」

-----

 セシリアを見送り、部屋に戻ったシルベストはドサリと音を立ててソファへと座る。
「何だこれは…」
 自分の両手を持ち上げると、その手は小刻みに震えていた。
 心臓もずっとドクドクと鳴りっぱなしで、冷や汗が背中を流れている。
 ずっと。ずっと。
 
 これは、まるで…
「は…」
 シルベストは手を握ると、苦笑いを漏らすように短く息を吐き、ソファから立ち上がった。

-----

 山を越える道は馬車がすれ違うには狭く、離合のためにところどころが広くなっている。
 前を行く一台の馬車を追う、もう一台の馬車。
「おい!停まれ!」
 段々と近付きながら後ろの馬車の御者が叫んだが、蹄の音と車輪の音で前の馬車には届かない。
 御者はチッ!と舌打ちをした。
 その先の広い所で、一気に抜かして前に出る。それからスピードを緩めればあの馬車を停められるだろう。
 御者はスピードを上げると、前の馬車へ近付く。

 前の馬車に追い付き、追い越そうとした、その時、緩やかなカーブの向こうから別の馬車がこちらに向かって来るのが見えた。
「!」
 前の馬車と、後ろの馬車、対向の馬車も、御者は同時に手綱を引く。
 
 ───凄まじい音を立て、三台の馬車が衝突した。

-----

 部屋を出たシルベストが廊下を歩いていると、別荘を管理している祖父の執事が急ぎ足で階段を上がって来ているのが目に入る。
 別荘の管理と祖母の療養生活の差配を任せている執事は元々祖父付きのベテラン。いつでも落ち着き払っていて、この執事が少しの動揺を見せたのは祖父が倒れた時のみだ。その執事の急ぎ足に、シルベストは嫌な気配を感じた。
 もしやお祖母様の容態が?
 いや、しかし、俺は今…
「シルベスト様!」
 階段上の廊下に立つシルベストに気付くと、執事は眉を寄せて話し掛けて来る。
「どうした?」
「ここから隣町へ向かう山道で馬車同士の事故があったようだと連絡がありました」
「事故?」
「時間と場所から、セシリア様の乗られた馬車ではないかと…」
「!」
 ドクンッ!と心臓が大きく脈打った。
 シルベストは小さく震え続けている手をグッと握る。
「馬を。すぐ向かう」
「はっ!」
 彼女がここを立ってから、まだそんなに時間は経っていない。現場は近いだろう。
 ドクンッドクンッと鳴る心臓を震える拳で押さえ、シルベストは階段を駆け降りた。

-----

 衝突した三台の馬車。
 対向の馬車は山側の藪へと突っ込み停車、貨物を乗せた馬車に大きな損傷はない。
 後ろの馬車は急停止の遠心力で車体を振られ、横並びになりかけていた前の馬車に車体をぶつけ、道を塞いだ。
 前の馬車は斜め横から後ろの馬車にぶつけられ、横転し、道からはみ出し山肌から落ち掛けて止まっていた。
 グッタリとした馬、興奮状態の馬、横転した二頭引きの馬車の馬は一頭の姿がない。
 シルベストが馬を駆け、事故現場に向かう途中、鞍のついていない馬に乗った男性と行き合った。
 貨物を乗せた馬車の御者で、シルベストは別荘へ怪我人を収容するので別荘へ応援を要請に行けと御者に指示し、また馬を駆ける。

 現場に着くと、マジョリカが道端に座り込んでいた。
「シルベストお兄様!」
 シルベストに気が付くと、馬を降りるシルベストに取り縋る。
「セシリアは!?」
「…お兄様、わ、私…」
 シルベストは自分のシャツの袖を掴むマジョリカを引き剥がすと、山肌から落ち掛けているマルセル家の馬車へと向かう。
「セシリア!」
 名前を呼びながら近付くと…車体の下になった方の扉が開いていて───
「まさか…」
 馬車の中は無人。開いた扉の下方へは草木が生えた薮が続いていた。
 まさか、落ちたのか!?
「セシリア!」
「お兄様!!」
 薮へ踏み込もうとするシルベストの足にマジョリカが抱き付く。
「御者が、もう探しに行きましたわ。それより私、足が痛くて」
「……」
「!」
 シルベストはマジョリカを無言で見下ろした。
 その冷たい瞳にマジョリカはビクリと肩を揺らす。
 無言で足を払い、マジョリカの手を振り払うと、シルベストは薮へと踏み出した。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで

夕凪ゆな
恋愛
 ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。  それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。 「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」  そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。  その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋
恋愛
 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。  王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。  たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。  彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。 ※ざまあ要素はありません。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

処理中です...