婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

文字の大きさ
18 / 25

17

しおりを挟む
17

 ガサガサと草を踏み、木を避けながらシルベストは山肌を下る。
「セシリア!どこだ!?」
 木の枝が身体に当たり小さな傷を作るが、気にもせず、背の高い草を掻き分けるようにシルベストは歩みを進めた。

 すると、緑と茶色の視界に赤色が飛び込んで来る。
「!!」
 セシリアの赤い髪。いや、もしや、血か!?
 赤色の見えた場所に近付くと、セシリアが倒れていた。
 赤い髪が広がり、青白い顔に血が付いている。目は閉じられていて、洋服は所々破れて血が滲んでいた。
「セシリア!」
 駆け寄ったシルベストはセシリアの背中と膝の下へ手を入れ、セシリアを抱き上げる。
 息はある。気を失っているだけか?頭から出血しているからあまり動かさないように…登るより、下りる方が負担が少ないか。
 そう考えて、また山肌を下る。

 程なく、事故が起きた道より下方の道へと出た。
 平らな所へ膝をつき、セシリアを降ろし…かけて、シルベストはセシリアを抱きしめる。
「セシリア…」

「……ぅ…」
 小さく呻いてセシリアが目を開けた。
「セシリア!気が付いたのか!?」
 セシリアの顔を覗き込むシルベスト。
 セシリアはぼんやりとしながら「シル…?」と呟く。
 シルベストはまたセシリアをギュッと抱きしめた。
「…良かった」
 声が震えている。
 頬と頬が触れ合って、セシリアはシルベストに頬ずりをした。

-----

 ガンッ!か、もしくはドンッ!か。
 表現し難い音と共に強い衝撃を感じると、セシリアの身体は馬車の座席から宙に浮く。
 何度かどこかに身体ごとぶつかる。それからザカザカとした音と、またぶつかる衝撃。
 頭や、腕や、足に何かが当たり、身体の向きが変わり、また当たる。
 そして暗闇。

 死ぬのかな。
 とセシリアは思った。
 だったらやっぱりシルの頭を撫でさせてもらっておけば良かった。最期なら。

「セシリア」
 名前を呼ばれて、薄っすら目を開ける。
 シルの声…?
「シル…?」
 シルがまた私の名前を呼んでくれた…?
 これ、もしかして夢かな?
 だってあんなにあちこちぶつけたのに全然痛くないし。
「…良かった」
 震える声。泣いてるみたいな…
 抱きしめられてる感覚。やっぱり夢かも。頬が濡れてる。泣かないで。シル。好き。

-----

 セシリアと、マジョリカ、マルセル家の御者は別荘でそれぞれ医師の診察を受けた。
 セシリアは頭部と左肩に裂傷、身体中に打撲や切創、擦過傷があり、今は眠っている。
 マルセル家の御者は御者台から振り落とされ大腿骨を骨折し、藪の中で動けなくなっていた。
 マジョリカは足首を捻挫していたがあとは打撲程度で軽症だ。
 シルベストも小さな切り傷などの手当てを受けて、客間で眠っているセシリアのベッドの傍に座り、セシリアの手を握っている。

 ノックの音がして、クラリッサが部屋に入って来た。
「お兄様…マジョリカが『謝りたい』と言ってるんですけど…」
「必要ない」
 短く言う。
 マジョリカは俺が現場に駆け付けた時、御者がセシリアを探しに行っていると言った。だが、我が家の御者は怪我をして動けなくなっていたし、事故を知らせに走ったのは荷馬車の御者だ。マジョリカの馬車の御者はとっとと逃げていたのに、どの口が「謝罪」などとのたまうのか。
「シルベストお兄様、話を聞いてください」
 クラリッサの後ろにマジョリカが立っていた。
「必要ない」
「違うんです。お兄様、私…」
 マジョリカは足を引きずりながらシルベストに近付く。
「チッ」
 シルベストは舌打ちして椅子から立ち上がると、クラリッサとマジョリカの方へ振り向いた。
「シルベストお兄様…」
 マジョリカは嬉しそうに胸の前で手を組み、クラリッサは眉を顰め心配そうにシルベストを見ている。
「セシリアに近付くな」
 冷たく言い、マジョリカを睨むように見ると、マジョリカはビクリと身体を震わせた。

「…隣へ」
 マジョリカとクラリッサを寝室の続き部屋にあるソファへと促す。
 一人用ソファにシルベスト、その向かい側の長ソファにマジョリカとクラリッサが並んで座った。
「荷馬車の御者は『向かい側から二台の馬車が横並びになりそうな感じで来たので避けられなかった』と言ったが、何故王都に戻るセシリアの乗った馬車と別荘に来ようとしていたマジョリカの乗った馬車が同じ方向へ走っていた?」
 腿の上に置いた手を組み合わせ、シルベストが問う。
「…すれ違った時、乗っているのがセシリア様だと気付いて…話があったので…御者に…追い掛けてと頼みました」
 言い辛そうにマジョリカが答えた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

旦那さまは私のために嘘をつく

小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。 記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。

【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで

夕凪ゆな
恋愛
 ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。  それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。 「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」  そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。  その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋
恋愛
 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。  王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。  たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。  彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。 ※ざまあ要素はありません。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

処理中です...