悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん

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 フローラ・ケネットはピンクブロンドの髪に、大きな眼に青い瞳、かわいらしい顔立ちの男爵令嬢。
 小説に書かれたフローラの半生は困難ばかりだ。
 フローラの母は男爵家に勤めるメイドで、その美貌を男爵に気に入られ、不本意に弄ばれた挙句捨てられる。その後生まれたフローラと二人、貧しいながらも慎ましく暮らしていた。
 貧しかった生活でフローラは食用や薬用の植物に詳しくなる。これが後にアレクシスと親しくなるきっかけとなるのだ。
 フローラが十一歳になった頃、母が流行病で亡くなってしまい、フローラは父であるケネット男爵に引き取られる。
 娘のいなかったケネット男爵はフローラを政略結婚の駒にするために引き取ったのだが、男爵の妻は母似のフローラを嫌悪した。
 淑女教育を笠に着てフローラを叱責し「身体に教える」と折檻する。
 フローラの腹違いの兄も、母親に倣いフローラを軽んじ、虐げて「卑しい平民の癖に」と嘲笑った。
 十四歳で全寮制の学園に入学した時、フローラは男爵家から離れられる事に安堵したのだった。

 寮生活は快適で、植物に詳しかったフローラは園芸部に入る。花壇の手入れや水やりなどを理由に休日に家に戻る機会を極力減らすためだ。
 そこで出会ったのが一つ歳上の第二王子アレクシス。
 王子だが気さくなアレクシスにほのかな憧れを抱くフローラ。
 しかしアレクシスには婚約者がいた。

 アレクシスの婚約者、クリスティナ・エイデン侯爵令嬢はアレクシスに近付くフローラを敵視し、フローラを遠ざけようとする。
 最初はフローラを呼び出して、取り巻きの令嬢たちと取り囲み「アレクシスに近付くな」と脅した。
 それから机の上を土で汚し、教科書に落書きをする、ノートを破る、持ち物を壊す、隠すなどの嫌がらせをし、制服に飲み物を溢したり、頭からバケツの水を浴びせたり、嫌な噂を流したりもした。
 その度に婚約者の愚行に憤るアレクシスとフローラの距離は縮まっていく。

 そして、ある日クリスティナがフローラを階段から突き落とそうとして、誤って自分が落ちてしまうという事件が起こる。
 気を失ったクリスティナの元をアレクシスが訪れ
「二度とフローラに近付くな」
 と宣言し、アレクシスは完全にクリスティナと距離を置いた。
 そしてクリスティナが卒業するその日、卒業パーティーの席でアレクシスはクリスティナに婚約破棄を突き付けるのだ。

 クリスティナの卒業後、婚約を破棄したアレクシスとフローラは恋人同士になる。
 だが、フローラは男爵令嬢、とても王子妃になれる身分ではない。
 更に、母親が平民、十歳まで市井で暮らしていたフローラが「アレクシスに相応しくない」と判断した王家は、フローラを排除すべく動いた。
 アレクシスには第二王子派の貴族令嬢と婚約するよう圧力を掛け、フローラにはケネット男爵家に多大な利がある縁談を持ち込み、学園を辞め結婚させるよう仕向ける。
 父から結婚を命じられたフローラは学園を辞める前に花壇に立ち寄った。
 そこにはアレクシスと共に品種改良に挑んだ青紫の薔薇が見事に咲いている。
 アレクシスの色の花の前で涙を流すフローラ。
 そんなフローラの元にアレクシスが駆け付け、二人は共に逃げようと約束をしたのだった。

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「本当に…俺が誰だかわからない?」
 眉を顰めたアレクシスが私の二の腕を掴む。
「……」
 私は居た堪れなくてアレクシスから目を逸らした。
 嘘ですって、言わなきゃ。
 ううん、頭を打って気を失ってたんだから多少混乱しても仕方ないし、今思い出した体で「アレクシス」と名前を呼べばいい。
 そうしたら……アレクシスは私と決別してフローラの元へ行ってしまう。

 その時、少し開いた救護室の扉からチラリと覗くピンクブランドの髪の毛が私の視界に入った。
 フローラが、きっと心配そうな顔をして、中の様子を窺っている。
 あの子、苦労人で、とても良い子なの。小説を思い出した私にはわかる。
 でも。
「ごめん…なさい…」
 私の口から溢れたのは謝罪の言葉。
「クリスティナ…」
 アレクシスの目が大きく開かれる。
 タンザナイトみたいな透き通った綺麗な瞳。大好きなアレクシス。
 もう少しだけ側にいたい。
 少しでも決別を先延ばししたくて。そんな浅ましい自分が恥ずかしくて、申し訳なくて。
「記憶喪失か…」
 私の言葉を「貴方の事がわからなくてごめんなさい」の謝罪だと受け取ったアレクシスが半ば呆然としながら呟いた。



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