ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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          ◇

 帰りの車の中で、運転をする成瀬はほとんど口を開かなかった。慌ててこちらへ来たのか、車の後部座席には彼の仕事用の鞄とコートが無造作に放り込まれてあった。

「っ、……」

 時折強く踏み込むブレーキに、奈津の体は前後にがくりと揺れる。

 静かな車内で、視線を前に据えたままの成瀬が時折コツコツと指でハンドルを叩く音だけが小さく聞こえた。そんな雰囲気に、奈津も話し掛けるのを憚られる。聞きたいことは……山程あるけれど。

 ──どうして、あそこに来たのか。香坂とは、どういう知り合いなのか。高嶺支配人に対する態度だって、あんな風に自分を引っ張って帰るなんて変に思われたに違いないのだ。

 前に、高嶺支配人がどんな人か尋ねたら、成瀬は『分からない』『よく知らない』と言って、ほとんど答えてくれなかった。そんな筈はない……

 家に入ると、成瀬はそのまま寝室へ行き、クローゼットを開け部屋着に着替えた。奈津も一緒について行き、置いてある部屋着にもそもそと着替える。

 成瀬はあまり奈津に意識を払わないまま、キッチンに向かうと冷蔵庫を開けた。

「パスタ茹でるから。適当に待っててくれ」
「………」

 成瀬が、こちらを見ない。

 元々考え出すと黙り込む傾向があるということを、奈津はこの半年間の付き合いの中で知っていた。相談するというよりは、考えて決まったことを教えてくれるタイプだ。……まぁ、自分では大した相談相手にもならないから、かもしれないが。

 それにしても、機嫌が悪いような気がする。怒っているという風でもないのだが、仕事中に時折見せる厳しい表情とも、また違う。

「………」

 自分が何か、まずいことをしたのだろうか。……勝手にブルームーンのピアノを弾いて、仕事を取るような真似をしたから? 約束した時間に遅れると分かっていて、高嶺の誘いを受けたから? そもそも、メルローズに音響で入ったから……?

 奈津はぐるぐると考えながらも、これと確信できる理由が見つからなかった。
 言いようのない、不安が募る。

「あの、手伝います」

 気を紛らわすように、キッチンに立つ成瀬に声を掛け、近付こうとした。

「いや、いい。向こうで待ってろ」
「………」

 振り向きもしない成瀬に、奈津はだんだん悲しくなってきた。

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