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試用期間の初日同様、『迎えに行く』と言い張ったのは成瀬だが、来られなくて本当に良かったと思う。わざわざ迎えに来てもらうなんて、女の子でもないのに、申し訳ないし気恥ずかしい。
実際、初日に演奏を終えて地下の駐車場で車に乗って待っている成瀬の元へ駆け寄った時は、誰に見られた訳でもないのに恥ずかしさで一杯になった。
ほっとしつつも了解の返信を送って、奈津はラストのステージへ向かった。
薄暗い店内に再び足を踏み入れると、入口に近い席で、香坂と話をしている高嶺の姿が目に入った。自分に気付き、にこりと笑って手を振ってくる。奈津は会釈を返して、そのままピアノへ向かった。
一気に、緊張が高まる。これまで高嶺が姿を見せなかったので、レギュラー採用の可否は現場のスタッフが判断するのかと思っていたが、違ったようだ。
初めにこの話を断ろうと思ったのは、成瀬に対する遠慮もあったが、事務所に在籍している奏者を差し置いて社員である自分が仕事を取ることに、少なからずの抵抗があったからだ。
でも、自分がレギュラーを確保すれば、あとに譲る時に事務所の奏者を紹介しやすいと考え直した。
奈津は、事務所のためにも、このレギュラーは必ず取ろうと決意した。何より奈津は、ピアノが好きなのだ。成瀬も応援すると言ってくれた。
ピアノに向かって座ると、高嶺のいる席には背を向ける格好になるのでその表情は見えないが、奈津は常にその視線を感じつつ、ラストステージを弾いた。
櫻井の助言通り、ラウンジの客はジャズ好きが多かった。想像以上にリクエストが多く、中にはマニアックな曲もあり、本城にもらった楽譜集に大いに助けられた。
最後の曲を弾き終えてステージを降りてきた奈津に、高嶺が手招きをした。
「相川くん、お疲れ様。ちょっと、いいかな?」
「はい」
──きた。
いきなり合否を聞かされるのだろうか。それはちょっと怖い……事務所に言ってくれればいいのに、と弱気なことを考えつつも、奈津は勧められるまま隣の席に腰を下ろした。
紫がかった、きれいな青色のカクテルが置いてある。
「それね、ブルームーンっていうカクテル。この前ご馳走しようと思ったのに、君、帰っちゃったから」
「あ……」
そういえば、成瀬がいきなり来たあの日も、自分のところに同じ色のカクテルが置いてあった気がする。
グラスの縁に小さく引っ掛けてあるのは、三日月を模して切ったレモンの皮だろう。
「うちのはオリジナルレシピだけど、そんなにきつくないから。相川くん、明日は仕事?」
「いえ、休みです」
「そう、良かった」
高嶺は、飲んでいたウィスキーのロックグラスを持ち上げて少し傾け、にこりと笑った。
「乾杯」
実際、初日に演奏を終えて地下の駐車場で車に乗って待っている成瀬の元へ駆け寄った時は、誰に見られた訳でもないのに恥ずかしさで一杯になった。
ほっとしつつも了解の返信を送って、奈津はラストのステージへ向かった。
薄暗い店内に再び足を踏み入れると、入口に近い席で、香坂と話をしている高嶺の姿が目に入った。自分に気付き、にこりと笑って手を振ってくる。奈津は会釈を返して、そのままピアノへ向かった。
一気に、緊張が高まる。これまで高嶺が姿を見せなかったので、レギュラー採用の可否は現場のスタッフが判断するのかと思っていたが、違ったようだ。
初めにこの話を断ろうと思ったのは、成瀬に対する遠慮もあったが、事務所に在籍している奏者を差し置いて社員である自分が仕事を取ることに、少なからずの抵抗があったからだ。
でも、自分がレギュラーを確保すれば、あとに譲る時に事務所の奏者を紹介しやすいと考え直した。
奈津は、事務所のためにも、このレギュラーは必ず取ろうと決意した。何より奈津は、ピアノが好きなのだ。成瀬も応援すると言ってくれた。
ピアノに向かって座ると、高嶺のいる席には背を向ける格好になるのでその表情は見えないが、奈津は常にその視線を感じつつ、ラストステージを弾いた。
櫻井の助言通り、ラウンジの客はジャズ好きが多かった。想像以上にリクエストが多く、中にはマニアックな曲もあり、本城にもらった楽譜集に大いに助けられた。
最後の曲を弾き終えてステージを降りてきた奈津に、高嶺が手招きをした。
「相川くん、お疲れ様。ちょっと、いいかな?」
「はい」
──きた。
いきなり合否を聞かされるのだろうか。それはちょっと怖い……事務所に言ってくれればいいのに、と弱気なことを考えつつも、奈津は勧められるまま隣の席に腰を下ろした。
紫がかった、きれいな青色のカクテルが置いてある。
「それね、ブルームーンっていうカクテル。この前ご馳走しようと思ったのに、君、帰っちゃったから」
「あ……」
そういえば、成瀬がいきなり来たあの日も、自分のところに同じ色のカクテルが置いてあった気がする。
グラスの縁に小さく引っ掛けてあるのは、三日月を模して切ったレモンの皮だろう。
「うちのはオリジナルレシピだけど、そんなにきつくないから。相川くん、明日は仕事?」
「いえ、休みです」
「そう、良かった」
高嶺は、飲んでいたウィスキーのロックグラスを持ち上げて少し傾け、にこりと笑った。
「乾杯」
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