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無駄に広いベッドの上。自分を組み敷く紅月の首に回した腕を解いた。男の問いかける視線を受け、太陽は愉しそうに笑う。
「このままじゃ面白くないだろう?手段はお前に任せるよ。縛るなり何なり好きにしろ」
くすくす笑う唇が一度紅月に口付けて、持ち上げた頭がパタリと枕に落ちる。
「ん……」
次いで聞こえたのは、寝起きのような頼りない声だった。いや、実際に“彼”は寝起きだった。状況がわからないのか、しばらくゆるゆる瞬いていた瞳が徐々に光を取り戻す。
「え、何……、誰……ですか!?」
ベッドの上。見知らぬ男に組み敷かれている自分。咄嗟に暴れかけた手を男が片手で押さえ込む。
「ちょ、何……!?」
「申し訳ないが、太陽様の為に我慢してもらおう」
「は!?何言って……!!」
怯えた顔が相手の嗜虐心を擽ることをこの子供は知らないのだろうか。る、と這わされた手に素肌を撫でられ何も身に着けていないとそれで気付いた貴斗が青ざめる。
――精々楽しめよ
昏い愉悦を含んだ声が届いて、この状況が誰のせいなのかを知った。
(ふざけんな……!!)
――ホラ、油断してると危ないぞ?
「……っ!?」
声は辛うじて飲み込んだけれど、見知らぬ男の手が肌を這う感覚にゾッとする。
「離せ……!!」
気持ち悪い。
気持ち悪い。
あぁ、でも。さっき見た誰かの夢。あの青年はこんな気持ちだったのか。
――お優しいな?だったら大人しくヤられてくれないか。俺の為に。
だけど。だからって――受け入れられる筈もない。
「嫌だ!やめ……っ」
叫びかけた口に何かの液体が流し込まれ、ドロッとした甘いそれを吐き出そうとするけど塞がれた唇と仰向けの体勢が許さない。結局何度も嘔吐きながら飲み込んで、それを確認した男が離れる。
「ゴホッ、ケホッ…、!?ひっ、何!?」
噎せている間に手足を纏めて縛られた。手首と、足首。手首を動かせば足を開くことになる。かと言って足を閉じようとすれば上半身が浮き上がって苦しい。
そして、男は骨ばった長い指をあらぬところへ差し込んで丹念に何かを塗り込みは始めた。体内を掻き回される嫌悪感に再び嘔吐いた時、その指が引き抜かれる。
「……欲しければ自分から言うんだな」
男はそれ以上何も言わず笑って、頭の中の彼ももう何も言わなかった。
※ ※ ※ ※
ソラは一人屋根の上にいた。闇に混じる赤は、まだ消し止められていない教会を燃やす炎だろう。
(貴斗……)
思い出すのは一週間前のあの夜。暗い部屋で泣いていたあの子を愛しいと思ってしまった。
(あんな縋りついといて、よく言うよ)
――お前が出てく時は、快く見送ってやるからな!
なんて。
あの時はまだ吸血鬼だと気付かれてなかった。だから応えてやれなかった。
(だって、置いて行かれるのは俺の方なんだよ)
全身で置いて行かないでと訴えている子供を抱き締めて、そう思った。すでにその正体を知っている今なら、彼は何と言うだろうか。
「くそ……っ」
例え怖がられても、気持ち悪がられても、とにかく助けに行かなければ。逸る気持ちに反して言うことを聞かない身体に苛立った時。
(ソラさん……)
背後の闇から声がした。
「掴めたか?」
(申し訳ありません……。途中で魔除けを張られました)
心なしか元気を失くした声に振り返る。闇から浮かび上がるように現れたのは一匹の黒猫だった。正体はソラと同じく、吸血鬼である。まだ力が弱く夜にしか活動できないが、起き抜けに貴斗が家を出てしまった事を知り慌ててソラを呼びに来てくれたのは彼だ。
「カゲ」
「はい」
闇に紛れるような囁きではない肉声で答える。叱責を覚悟してか、頭どころか耳までペタンと垂れていて火の玉かキノコでも書き足してやりたいくらいの様子に苦笑した。
「どこまで追えた?」
「大通りを、北へ。そこまでです」
漠然としすぎている。これでは何もわからない。そう思っているからこそ、カゲもまた落ち込んでいるのだろう。
「そう凹むな。相手は教会より質が悪そうだからな。浄化されなくて良かったよ」
頭を撫でると暗闇で光るカゲの赤眼が僅かに細まって、そのままゴロゴロと喉でも鳴らしそうな様子にまた苦笑した。
(……北、か)
じっ、とその方角へ眼を向ける。カゲの言う通り、そこかしこに魔除けの気配を感じて顔をしかめた。あまり効かないとはいえ、気分の悪さは拭えない。
過去詳しくは聞けなかった暁の一族については、火災現場から帰ってきた晴海から聞いた。
彼らは魔を浄化し、しかし強化もする諸刃の剣。教会は何度かハンターとして育成を試みたが、彼らは独自の思想を持っており決して教会の言いなりにはならなかった。
力で従わせようとすれば、一族は神子を中心に魔の物に力を与え教会と敵対し、魔の物が蔓延ればその力で以て浄化した。
このままでは教会の権威が問われると危ぶんだ当時の教皇は神子以外の一族の粛清を命じたのである。闇夜に乗じての襲撃に一族は散った。
そして、神子の話。
ソラは爪が食い込むほど拳を握りしめる。
一族の力は持って生まれた物。その中で神子はより大きな力を宿して生まれる。しかしその力は大きすぎる為、身を守る本能により大半が封じられているのだ。その力を引き出すには、他人の精気がいるのだと言う。それがないまま無理矢理力を使えば、その大きすぎる力に神子自身が保たない。
『だからソルは今まで貴斗を“隠す”方に力を入れてたんだろう』
晴海はそう言った。そして続いた話は、ソラの胸を激しく抉った。
神子は、男の方が強いのだそうだ。それは単純に腕力や体力の問題もあるがそれ以上に、子を宿さないからである。神子の力は子を宿した時点で薄れてしまう。
だから男の神子の方が長く精気を吸収し使い続けられる分、強いのだ。
(どっちに捕まっても同じじゃないか……)
一番手っ取り早いのが性行為だなんて。吸血鬼も教会も、結局は何も変わらない自己本位な化け物。かつて守れなかったあの幼子もそんな目にあったのだろう。
(ソル……)
憎しみに満ちた青い瞳。それを向けられるのは守れなかった自分だけでいい。
「カゲ、ごめん。ばあちゃんに謝っといて」
「え?ソラさん!?」
頼むから何の関係もないあの子を傷つけないでくれ、と北を見据える。ソラはそのまま闇に消えた。
「このままじゃ面白くないだろう?手段はお前に任せるよ。縛るなり何なり好きにしろ」
くすくす笑う唇が一度紅月に口付けて、持ち上げた頭がパタリと枕に落ちる。
「ん……」
次いで聞こえたのは、寝起きのような頼りない声だった。いや、実際に“彼”は寝起きだった。状況がわからないのか、しばらくゆるゆる瞬いていた瞳が徐々に光を取り戻す。
「え、何……、誰……ですか!?」
ベッドの上。見知らぬ男に組み敷かれている自分。咄嗟に暴れかけた手を男が片手で押さえ込む。
「ちょ、何……!?」
「申し訳ないが、太陽様の為に我慢してもらおう」
「は!?何言って……!!」
怯えた顔が相手の嗜虐心を擽ることをこの子供は知らないのだろうか。る、と這わされた手に素肌を撫でられ何も身に着けていないとそれで気付いた貴斗が青ざめる。
――精々楽しめよ
昏い愉悦を含んだ声が届いて、この状況が誰のせいなのかを知った。
(ふざけんな……!!)
――ホラ、油断してると危ないぞ?
「……っ!?」
声は辛うじて飲み込んだけれど、見知らぬ男の手が肌を這う感覚にゾッとする。
「離せ……!!」
気持ち悪い。
気持ち悪い。
あぁ、でも。さっき見た誰かの夢。あの青年はこんな気持ちだったのか。
――お優しいな?だったら大人しくヤられてくれないか。俺の為に。
だけど。だからって――受け入れられる筈もない。
「嫌だ!やめ……っ」
叫びかけた口に何かの液体が流し込まれ、ドロッとした甘いそれを吐き出そうとするけど塞がれた唇と仰向けの体勢が許さない。結局何度も嘔吐きながら飲み込んで、それを確認した男が離れる。
「ゴホッ、ケホッ…、!?ひっ、何!?」
噎せている間に手足を纏めて縛られた。手首と、足首。手首を動かせば足を開くことになる。かと言って足を閉じようとすれば上半身が浮き上がって苦しい。
そして、男は骨ばった長い指をあらぬところへ差し込んで丹念に何かを塗り込みは始めた。体内を掻き回される嫌悪感に再び嘔吐いた時、その指が引き抜かれる。
「……欲しければ自分から言うんだな」
男はそれ以上何も言わず笑って、頭の中の彼ももう何も言わなかった。
※ ※ ※ ※
ソラは一人屋根の上にいた。闇に混じる赤は、まだ消し止められていない教会を燃やす炎だろう。
(貴斗……)
思い出すのは一週間前のあの夜。暗い部屋で泣いていたあの子を愛しいと思ってしまった。
(あんな縋りついといて、よく言うよ)
――お前が出てく時は、快く見送ってやるからな!
なんて。
あの時はまだ吸血鬼だと気付かれてなかった。だから応えてやれなかった。
(だって、置いて行かれるのは俺の方なんだよ)
全身で置いて行かないでと訴えている子供を抱き締めて、そう思った。すでにその正体を知っている今なら、彼は何と言うだろうか。
「くそ……っ」
例え怖がられても、気持ち悪がられても、とにかく助けに行かなければ。逸る気持ちに反して言うことを聞かない身体に苛立った時。
(ソラさん……)
背後の闇から声がした。
「掴めたか?」
(申し訳ありません……。途中で魔除けを張られました)
心なしか元気を失くした声に振り返る。闇から浮かび上がるように現れたのは一匹の黒猫だった。正体はソラと同じく、吸血鬼である。まだ力が弱く夜にしか活動できないが、起き抜けに貴斗が家を出てしまった事を知り慌ててソラを呼びに来てくれたのは彼だ。
「カゲ」
「はい」
闇に紛れるような囁きではない肉声で答える。叱責を覚悟してか、頭どころか耳までペタンと垂れていて火の玉かキノコでも書き足してやりたいくらいの様子に苦笑した。
「どこまで追えた?」
「大通りを、北へ。そこまでです」
漠然としすぎている。これでは何もわからない。そう思っているからこそ、カゲもまた落ち込んでいるのだろう。
「そう凹むな。相手は教会より質が悪そうだからな。浄化されなくて良かったよ」
頭を撫でると暗闇で光るカゲの赤眼が僅かに細まって、そのままゴロゴロと喉でも鳴らしそうな様子にまた苦笑した。
(……北、か)
じっ、とその方角へ眼を向ける。カゲの言う通り、そこかしこに魔除けの気配を感じて顔をしかめた。あまり効かないとはいえ、気分の悪さは拭えない。
過去詳しくは聞けなかった暁の一族については、火災現場から帰ってきた晴海から聞いた。
彼らは魔を浄化し、しかし強化もする諸刃の剣。教会は何度かハンターとして育成を試みたが、彼らは独自の思想を持っており決して教会の言いなりにはならなかった。
力で従わせようとすれば、一族は神子を中心に魔の物に力を与え教会と敵対し、魔の物が蔓延ればその力で以て浄化した。
このままでは教会の権威が問われると危ぶんだ当時の教皇は神子以外の一族の粛清を命じたのである。闇夜に乗じての襲撃に一族は散った。
そして、神子の話。
ソラは爪が食い込むほど拳を握りしめる。
一族の力は持って生まれた物。その中で神子はより大きな力を宿して生まれる。しかしその力は大きすぎる為、身を守る本能により大半が封じられているのだ。その力を引き出すには、他人の精気がいるのだと言う。それがないまま無理矢理力を使えば、その大きすぎる力に神子自身が保たない。
『だからソルは今まで貴斗を“隠す”方に力を入れてたんだろう』
晴海はそう言った。そして続いた話は、ソラの胸を激しく抉った。
神子は、男の方が強いのだそうだ。それは単純に腕力や体力の問題もあるがそれ以上に、子を宿さないからである。神子の力は子を宿した時点で薄れてしまう。
だから男の神子の方が長く精気を吸収し使い続けられる分、強いのだ。
(どっちに捕まっても同じじゃないか……)
一番手っ取り早いのが性行為だなんて。吸血鬼も教会も、結局は何も変わらない自己本位な化け物。かつて守れなかったあの幼子もそんな目にあったのだろう。
(ソル……)
憎しみに満ちた青い瞳。それを向けられるのは守れなかった自分だけでいい。
「カゲ、ごめん。ばあちゃんに謝っといて」
「え?ソラさん!?」
頼むから何の関係もないあの子を傷つけないでくれ、と北を見据える。ソラはそのまま闇に消えた。
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