Bloody Monster

ナナメ

文字の大きさ
20 / 27

19

しおりを挟む
 無駄に広いベッドの上。自分を組み敷く紅月の首に回した腕を解いた。男の問いかける視線を受け、太陽は愉しそうに笑う。
 
「このままじゃ面白くないだろう?手段はお前に任せるよ。縛るなり何なり好きにしろ」
 
 くすくす笑う唇が一度紅月に口付けて、持ち上げた頭がパタリと枕に落ちる。
 
「ん……」
 
 次いで聞こえたのは、寝起きのような頼りない声だった。いや、実際に“彼”は寝起きだった。状況がわからないのか、しばらくゆるゆる瞬いていた瞳が徐々に光を取り戻す。
 
「え、何……、誰……ですか!?」
 
 ベッドの上。見知らぬ男に組み敷かれている自分。咄嗟に暴れかけた手を男が片手で押さえ込む。
 
「ちょ、何……!?」
 
「申し訳ないが、太陽様の為に我慢してもらおう」
 
「は!?何言って……!!」
 
 怯えた顔が相手の嗜虐心を擽ることをこの子供は知らないのだろうか。る、と這わされた手に素肌を撫でられ何も身に着けていないとそれで気付いた貴斗が青ざめる。
 
 ――精々楽しめよ
 
 昏い愉悦を含んだ声が届いて、この状況が誰のせいなのかを知った。
 
(ふざけんな……!!)
 
 ――ホラ、油断してると危ないぞ?
 
「……っ!?」
 
 声は辛うじて飲み込んだけれど、見知らぬ男の手が肌を這う感覚にゾッとする。
 
「離せ……!!」
 
 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 あぁ、でも。さっき見た誰かの夢。あの青年はこんな気持ちだったのか。
 
 ――お優しいな?だったら大人しくヤられてくれないか。俺の為に。
 
 だけど。だからって――受け入れられる筈もない。
 
「嫌だ!やめ……っ」
 
 叫びかけた口に何かの液体が流し込まれ、ドロッとした甘いそれを吐き出そうとするけど塞がれた唇と仰向けの体勢が許さない。結局何度も嘔吐きながら飲み込んで、それを確認した男が離れる。
 
「ゴホッ、ケホッ…、!?ひっ、何!?」
 
 噎せている間に手足を纏めて縛られた。手首と、足首。手首を動かせば足を開くことになる。かと言って足を閉じようとすれば上半身が浮き上がって苦しい。
 そして、男は骨ばった長い指をあらぬところへ差し込んで丹念に何かを塗り込みは始めた。体内を掻き回される嫌悪感に再び嘔吐いた時、その指が引き抜かれる。
 
「……欲しければ自分から言うんだな」
 
 男はそれ以上何も言わず笑って、頭の中の彼ももう何も言わなかった。

 ※ ※ ※ ※

 ソラは一人屋根の上にいた。闇に混じる赤は、まだ消し止められていない教会を燃やす炎だろう。
 
(貴斗……)
 
 思い出すのは一週間前のあの夜。暗い部屋で泣いていたあの子を愛しいと思ってしまった。
 
(あんな縋りついといて、よく言うよ)
 
 ――お前が出てく時は、快く見送ってやるからな!
 
 なんて。
 あの時はまだ吸血鬼だと気付かれてなかった。だから応えてやれなかった。
 
(だって、置いて行かれるのは俺の方なんだよ)
 
 全身で置いて行かないでと訴えている子供を抱き締めて、そう思った。すでにその正体を知っている今なら、彼は何と言うだろうか。
 
「くそ……っ」
 
 例え怖がられても、気持ち悪がられても、とにかく助けに行かなければ。逸る気持ちに反して言うことを聞かない身体に苛立った時。
 
(ソラさん……)
 
 背後の闇から声がした。
 
「掴めたか?」
 
(申し訳ありません……。途中で魔除けを張られました)
 
 心なしか元気を失くした声に振り返る。闇から浮かび上がるように現れたのは一匹の黒猫だった。正体はソラと同じく、吸血鬼である。まだ力が弱く夜にしか活動できないが、起き抜けに貴斗が家を出てしまった事を知り慌ててソラを呼びに来てくれたのは彼だ。
 
「カゲ」
 
「はい」
 
 闇に紛れるような囁きではない肉声で答える。叱責を覚悟してか、頭どころか耳までペタンと垂れていて火の玉かキノコでも書き足してやりたいくらいの様子に苦笑した。
 
「どこまで追えた?」
 
「大通りを、北へ。そこまでです」
 
 漠然としすぎている。これでは何もわからない。そう思っているからこそ、カゲもまた落ち込んでいるのだろう。
 
「そう凹むな。相手は教会より質が悪そうだからな。浄化されなくて良かったよ」
 
 頭を撫でると暗闇で光るカゲの赤眼が僅かに細まって、そのままゴロゴロと喉でも鳴らしそうな様子にまた苦笑した。
 
(……北、か)
 
 じっ、とその方角へ眼を向ける。カゲの言う通り、そこかしこに魔除けの気配を感じて顔をしかめた。あまり効かないとはいえ、気分の悪さは拭えない。
 過去詳しくは聞けなかった暁の一族については、火災現場から帰ってきた晴海から聞いた。
 彼らは魔を浄化し、しかし強化もする諸刃の剣。教会は何度かハンターとして育成を試みたが、彼らは独自の思想を持っており決して教会の言いなりにはならなかった。
 力で従わせようとすれば、一族は神子を中心に魔の物に力を与え教会と敵対し、魔の物が蔓延ればその力で以て浄化した。
 
 このままでは教会の権威が問われると危ぶんだ当時の教皇は神子以外の一族の粛清を命じたのである。闇夜に乗じての襲撃に一族は散った。

 そして、神子の話。
 ソラは爪が食い込むほど拳を握りしめる。
 
 一族の力は持って生まれた物。その中で神子はより大きな力を宿して生まれる。しかしその力は大きすぎる為、身を守る本能により大半が封じられているのだ。その力を引き出すには、他人の精気がいるのだと言う。それがないまま無理矢理力を使えば、その大きすぎる力に神子自身が保たない。
 
『だからソルは今まで貴斗を“隠す”方に力を入れてたんだろう』
 
 晴海はそう言った。そして続いた話は、ソラの胸を激しく抉った。
 神子は、男の方が強いのだそうだ。それは単純に腕力や体力の問題もあるがそれ以上に、子を宿さないからである。神子の力は子を宿した時点で薄れてしまう。
 だから男の神子の方が長く精気を吸収し使い続けられる分、強いのだ。
 
(どっちに捕まっても同じじゃないか……)
 
 一番手っ取り早いのが性行為だなんて。吸血鬼も教会も、結局は何も変わらない自己本位な化け物。かつて守れなかったあの幼子もそんな目にあったのだろう。
 
(ソル……)
 
 憎しみに満ちた青い瞳。それを向けられるのは守れなかった自分だけでいい。
 
「カゲ、ごめん。ばあちゃんに謝っといて」
 
「え?ソラさん!?」
 
 頼むから何の関係もないあの子を傷つけないでくれ、と北を見据える。ソラはそのまま闇に消えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長

赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。 乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。 冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。 それが、あの日の約束。 キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。 ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。 時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。 執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」 現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。 無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。 しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。 おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った? 世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。  ※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。  この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。

処理中です...