【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

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第1章 念願の国外追放

side エオロー

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「あ、おーなー、……おーなー、きもちぃ……っ、おーなー……!」

 そう甘い声を上げて俺の手の中で果てて気を失ったウルの体を湯で流し清める。
 細くて頼りない体は相変わらずだけど、確かに最初の頃よりは肉付きもよくなった。それがまさかこんな事になるなんて思ってなかった。
 あの時2階から降りてきてリリアナからウルが客の忘れ物を届けに行ったと聞いた時は、そうなのか、と思った程度だった。
 それなのに外に出てみたのは子供じゃないからそのくらい、と思ったものの単に俺が心配だったからだ。なのに外に出てみれば途端に

『ぴぃぃぃぃぃ!!!ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』

 と悲鳴のようなルピの声がして血の気が引いた。
 ルピがこんなに鳴いているのにウルが来ないわけがないからだ。
 慌てて探せばルピは小型で虫型魔物用の網に捕らわれて無造作に茂みの中に捨てられていた。直ぐ出してやれば俺について来いとでも言いたげに回りをぐるり、と回った後で羽ばたいていく。そのルピの姿を追って――。

「つまり本来ならとっくに来てる筈の性徴期が今来てるって事か?」

 すうすうと眠るウルを診た医者に問う。
 真夜中に叩き起こされて若干眠そうな医者は分厚い丸眼鏡を押し上げて頷いた。

「よっぽど栄養状態が悪かったんだろうねぇ~。必要な物が全然足りてなくて、体が生きるのに絶対必要な部分に少ない栄養を送ったんだねぇ~」

 それがここに来てしっかり栄養が取れるようになったから遅れていた性徴期が来たんだとか。

「明日起きてからもう一度呼んでおくれよ。抑制剤を処方しないとねぇ~。この子綺麗だから悪い虫がどんどん寄ってきちゃうよねぇ~」

 そう言って医者が帰った後やって来たジェクトからはあの2人には他にも余罪がありそうだ、と聞いた。

「っていうかお前あれはやり過ぎだろ。顔原型留めてなかったぞ」

「……あいつに手を出すからだ」

「は~、俺はNormalだからわかんねぇけど、ディフェンスにしたってちょっと度が過ぎてるぞ。化け物を見た、って大騒ぎだ」

 庇護欲の強いDomはSubが危険に晒された場合にディフェンスと呼ばれる行動を取る事がある。
 多分あの瞬間の俺の行動はディフェンスそのものだろう。でもあの2人がいう化け物は……。

「……悪かったな。どうしても制御がきかなかった」

「……ウルは大丈夫だったのか?」

「ちょっと『コマンド』を使われたみたいだが、それ以上は何もない」

「そりゃ良かった。今回はあいつらにもかなりの余罪があるからお咎めなしだけど、次からは気をつけろよ?俺はこの店気にいってんだからな」

 バシ、っと背中を叩かれて、恐らく今から調書を書きに行くんだろうジェクトにもう一度謝っておく。

 寝ながら何度か魘されるウルを抱き締めて撫でてやりながらうなじの辺りの髪も確かめた。
 まだ少し不揃いな気がするけれどわざわざ後ろまで見ないだろう。触って違和感を感じることはあるかも知れないけど、割りと無頓着なウルの事だから気にしない筈だ。

 翌朝の早朝、早々に降りてきて客を見送ったリリアナに眠るウルを任せて外に出た。
 向かったのは勿論教会だ。
 ティールは明日戻るとかで教会にはいないが、代わりにマリオットの護衛騎士がいる。
 護衛のはずが元気よく薪割りをしてるのは何故なんだ。
 
 その護衛対象は玄関先で呑気に小さな虫型の魔物をスケッチしてた。早起きで何よりだ。

「丁度良かった。お前に話がある」

「え、何ですか?えらい朝早くに来ましたね?」

 護衛騎士が顔を上げたが多分この話は他の奴らには聞かせられない。
 マリオットをチラリと見れば意図を察したらしく、護衛についてこなくて良いと手を振っている。

 教会の中では顔見知りのシスターが朝食の準備を始めていて、空き部屋では何故か他の護衛騎士が壁の修繕をしていた。……こいつら、任務はちゃんと覚えてるよな……?本人達が楽しそうだからあえて何も言わないが……。

「それで?一体何の用ですか?」

 いつの間にやら教会の一部屋が貴族仕様になってるのが気になるが今はそんな物どうでもいい。
 俺は勧められた椅子に座って、それからしばし逡巡した。
 確かにウルとマリオットは仲が良い。けれどこんな話を本当にしても良いものだろうか。
 迷って、それから迷った所で答えは1つしかないと思い至って口を開く。

「俺は冒険者をしていた事がある」

「そうらしいですね」

「……魔物ってやつは嫌という程見てきたつもりだ」

「はあ」

 何が言いたい?と訝しげな相手の目を見た。

「魔物は。例えどんなに弱い個体でも、だ」

 その瞬間僅かに瞳が揺れたのを見逃さなかった。

「ウルは何者だ?」

「……何でですか」

 今度の顔は警戒が強い。やっぱりこいつは俺が知らない何かを知ってるんだろう。
 ルピを見てからずっと不思議だったんだ。
 どんなに弱い魔物も共存できる種ならともかく、ハルピュイアみたいな攻撃性の高い種は絶対人には懐かないから何故ウルに懐くのか、と。

「……昨晩、ウルを誘拐して『コマンド』で従わせようとしたバカがいた」

「あいつには効かないでしょう?」

「しっかり栄養がとれるようになって止まってた性徴が始まったらしい。だから……」

「無事だったんですか!?」

 ガタッと立ち上がる姿は嘘には見えない。

「幸いルピが直ぐ見つけてくれたからな。若干Subドロップを起こしかけてたけど何とか無事だった」

 良かった、と座ったマリオットの前に持ってきた袋を置いた。
 首を傾げて覗いたマリオットの驚いた顔も演技には見えない。

「――俺が見つけた時、ウルの髪は腰まであって頭の横から角が生えてた。瞳は金、瞳孔は縦長だ。本人はそれどころじゃなくて気付いてなかったみたいだけどな」

「……、誰かに……」

「誘拐犯には見られただろうが、警邏は俺の過剰防衛ディフェンスの所為で“化け物を見た”って言ってると思ってる」

 あいつらが何を言おうとジェクトも真剣に取り合わないだろうが、そもそもウルが何なのか知らなければ対処のしようもない。

 マリオットは長い事沈黙を続けた。じっと自分の手を見つめる顔は真剣で俺に話してもいいかどうか内心で葛藤を繰り広げてるんだろう。
 ただ俺も話すのを少し悩んだ手前強くは言えないが早く覚悟を決めて話してもらわないとウルが起きてしまう。

 随分長かった気がする沈黙のあと、大きな溜め息をついたマリオットがぽつぽつと語ったのはウルと出会った頃の事だった。

「自分は異世界から来てその内魔王になる、なんて面白い冗談を言うやつだな、って思ってました」

 公爵家の長男で王太子の婚約者候補で成績も良かったウルに媚びる奴らは多かっただろう。だから最初はそんな奴らを遠ざける為の方便だと思ってたそうだ。
 でもウルがいう通りの事が次々起こり、魔力がないって言われてたウルには膨大な魔力がある事もわかった。だから魔王どうこうは置いておいても面白いと思ったから側にいた。
 マリオット自身、本当の所魔王だということは信じてなかったらしい。

「でも……」

 マリオットが袋に視線を落とす。
 意識を失ったウルから切り取った髪を一房手に取れば、それは確かに腰辺りまではあっただろう長さだ。頭の横にあった角は『Play』の途中で消えて、瞳の色も元に戻った。髪だけは伸びたまま戻らなかったから切るしかなかったんだ。

「……ウルが知ってる未来では、あいつはあの卒業パーティーの次の日魔王になったそうです」

 全てが報われると思っていた卒業パーティーでの裏切り。
 帰り道に誘拐されて父親の雇った見知らぬ暴漢に汚されて。
 そして信じていた従者にすら裏切られた――その絶望と悲しみ、怒りや恐怖。ウルの魔力は暴走し、そしてそのまま瘴気に飲まれて魔王になった。

「……確かにうちに来た翌朝そんな事言ってたな」

 明るく出ていったウルを呆然と見送った覚えがある。

「今魔王じゃないのは未来を知ってるウルが魔王になりたくないと努力したからだ」

 魔力が暴走しないようにひっそり制御方法を覚えた。
 
 ――未来のウルが魔王になったのはきっと辛くて悲しくてとっても怖かったからだと思うんだ。

 ただ怖くて怯えてるだけ。
 冷徹に見えるのは表情をなくしてしまったから。
 残虐に見えるのは人間が攻撃してきて怖いから。
 無慈悲に見えるのは魔力の暴走を抑え切れないから。
 そんな魔王を勇者達はそうと知らずに討ち取ったんだ、と。

「ウルがもし魔王になるとしたら……多分怒りとかよりも恐怖だと思う。あいつが唯一出せる感情は恐怖だ」

 辛い時こそ笑う癖は昔から。
 けれどそれすら出来なくなるのが父親の前だったらしい。
 恐怖で固まったまま表情をなくしたウルを何度か見たことがあったマリオットはそう判断した。

「……オーナーはあいつの事が好きなんですか?」

「………………そうだな」

 庇護欲から始まったけれど、あいつらに理不尽な事をされて尚笑おうとするその姿に胸が痛くなった。俺が守ってやりたいと思ったのは嘘じゃない。

「だったら……いきなり距離を詰めるのはやめた方がいいですね」

「何でだ?」

「あいつの自己肯定感は根こそぎ家族に持っていかれてるから」

 推しは神様。神様はみんなの物。僕1人の物じゃないから独り占め禁止。

 その裏側は、僕なんかを好きになってくれる人なんていない。だから裏切られるくらいなら1人でいた方がいい。

「本当はあいつだって誰かを好きになったり、そんな心があるのに全部家族に潰された。笑うしか逃げる道がなかった。そうじゃないと魔王になるから」

 根底にあるのは恐怖なんだろう。親への、そして魔王になるかも知れないという事実への。

「今のあいつに好意を伝えても全く伝わらないってわかってるでしょ」

「そうだな。まだそこまで信用されてない」

「オーナーの事は無意識に信用してると思いますけどね。だってしたんでしょ、『Play』」

 ぐ、っと言葉に詰まってしまう。

「してなかったらSubドロップしてる筈で、下手したらそのまま魔王が誕生してたかも知れないし。したんですよね?」

「……した」

 何で俺はこんな年下相手にこんな話をする羽目になってるんだ……。

「Subドロップが落ち着いたんだったらオーナーの事は信用してるんですよ。自分でも気付かない内に。まあ面と向かって好きだって言った日には『わ~、オーナーが好きって言ってくれた~!推しにふぁんさ以外で好きって言ってもらった人世界中捜したってそんなにいないよ!』とか言うでしょうね」

 頬に手を当ててウルの声真似までして言ってくるマリオットに文句の1つでも言いたい所だったが……その光景が簡単に想像出来てしまってため息をつく。
 確かに言いそうだ。というか絶対今のウルならそう言うだろうな。

「どうしたら良いんだ」

「え、何でオレ恋愛相談みたいな事されてるんですか?」

「うるさい、からかうな」

「まあ何事もゆっくりでしょ。性徴期が来たのなら、情緒面もゆっくり育ててやったら良いんですよ。自分にもちゃんと愛される資格があるって思い出させてやってください」

 世界平和の為にも、なんて最後に一言付け加えたマリオットはウルから切り取った髪を嬉々として引き取ってくれた。捨てるには綺麗過ぎるその髪をどうしようかと思ってたから別に良いんだが……無駄に目がキラキラしてたのが怖い。そう言えばウルがマッドサイエンティストとか言ってた気がする。――髪を何に使うのか聞くのはやめておいた。

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