黒焔公爵と春の姫〜役立たず聖女の伯爵令嬢が最恐将軍に嫁いだら〜

玉響

文字の大きさ
3 / 166

3.黒焔公爵

しおりを挟む
イースボルの街で簡単な昼食を取った後、もうしばらく馬車を走らせ、ようやく城の入口にある跳ね橋に到着する。
紙吹雪のように舞っていた雪が、いつの間にか止んでいた。

「近くで見ると、本当に立派なお城ね。ドラゴンが群れで襲ってきても耐えられそうだわ」
「物騒な事を仰らないで下さい。でも、確かに王城よりも堅牢そうですよね」

馬車を降りると、跳ね橋を歩いて渡り、まるで物見遊山に来たかのように辺りを見回しながら城門をくぐっていくと、いつの間にか分厚い雲にうっすら切れ間が出来て、そこから陽が差してきた。
しかも何の偶然か、ちょうどスポットライトのように、暖かな光の筋が私に当たる。……お天気には歓迎されているのかしら。
と。目の前に聳え立つ巨大なお城の扉の前に、男性が立っているのが見えた。光の加減で姿がよく見えないのだけれど、ゆっくりとこちらへ近付いてらっしゃる。
お城の方よね?出迎えに来て下さったのかしら。
失礼があってはいけないと思い、私は慌ててカーテシーをした。

「シャトレーヌ・スピラエラ伯爵令嬢とその伴の者で相違ないか?」

その方は、私の前で立ち止まった。使用人にしては、随分と高圧的な物言いね。……でも、今まで聞いたこともないくらいに低くて、よく通る声だわ。

「はい。私がスピラエラ伯爵家の長女シャトレーヌでございます。伴の者は私の侍女でエブリンと申します」
「顔を上げろ」

私は命じられるままに、姿勢を正して面を上げた。
するとそこに立っていたのは、長いストレートの艷やかな黒髪に、燃え盛る炎のような、あるいは血のような紅い瞳。そして見上げるほどの長身に漆黒の衣装を纏った、この世の者とは思えないほど美しい男性だった。

「遠路はるばるご苦労、我が花嫁よ」

……この方が、黒焔公爵様……。私は緊張の為に、ごくりと喉を鳴らした。

「お初にお目にかかります。黒焔公爵様でいらっしゃいますか……?」

彼が纏う空気は、人を寄せ付けないような、見えない威圧感がある。震えそうになる声を、絞り出した。

「いかにも。私が極北の黒焔公爵アデルバート・グロリオサ。……お前の夫となる者だ」

そう言って、公爵様は僅かながら口角を上げた。微笑み、と言うには程遠いけれど、それでも私は少しだけ安心した。……とりあえず、いきなり追い返される事はなかったわ。

「珍しく陽が差しているが、それでも外は冷える。殊に王都から来た者の身体にはこの寒さは堪えるだろう。続きは部屋で話すぞ」
「え……きゃっ!」

公爵様の体が更に近寄って来たかと思うと、私の体が突然浮き上がった。あまりに唐突な出来事で、私は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
私の体は、公爵様によって横抱きに抱え上げられていたのだ。
家族以外の男性に触れられるのも初めてで、どうしていいのかわからない。
そんな私をよそに、公爵様はあろうことがそのまま城内へと歩き出した。

「お、お嬢様!」

エブリンと荷物を持った護衛達が慌てている。

「公爵様、お、降ろして下さい」
「……」

私の懇願に何も答えず、公爵様はどんどん進んでいく。公爵様は長身でいらっしゃるから、移動の速度が早いですし、視界も物凄く高くて怖い。

「降ろして下さいと申し上げたのが、聞こえてらっしゃらないのですか?」

私は勇気を出してもう一度お願いしてみた。

「……聞こえていたら何だと言うのだ」
「私、自分の足で歩けますから、降ろして頂きたいのです」
「長旅で疲れているだろう。大人しくしていろ」

私の意見などまるで聞く耳持たずだわ。初めから期待したのが間違いね。相手は、最恐将軍と畏れられる人嫌いの黒焔公爵様ですものね。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...