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3.黒焔公爵
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イースボルの街で簡単な昼食を取った後、もうしばらく馬車を走らせ、ようやく城の入口にある跳ね橋に到着する。
紙吹雪のように舞っていた雪が、いつの間にか止んでいた。
「近くで見ると、本当に立派なお城ね。ドラゴンが群れで襲ってきても耐えられそうだわ」
「物騒な事を仰らないで下さい。でも、確かに王城よりも堅牢そうですよね」
馬車を降りると、跳ね橋を歩いて渡り、まるで物見遊山に来たかのように辺りを見回しながら城門をくぐっていくと、いつの間にか分厚い雲にうっすら切れ間が出来て、そこから陽が差してきた。
しかも何の偶然か、ちょうどスポットライトのように、暖かな光の筋が私に当たる。……お天気には歓迎されているのかしら。
と。目の前に聳え立つ巨大なお城の扉の前に、男性が立っているのが見えた。光の加減で姿がよく見えないのだけれど、ゆっくりとこちらへ近付いてらっしゃる。
お城の方よね?出迎えに来て下さったのかしら。
失礼があってはいけないと思い、私は慌ててカーテシーをした。
「シャトレーヌ・スピラエラ伯爵令嬢とその伴の者で相違ないか?」
その方は、私の前で立ち止まった。使用人にしては、随分と高圧的な物言いね。……でも、今まで聞いたこともないくらいに低くて、よく通る声だわ。
「はい。私がスピラエラ伯爵家の長女シャトレーヌでございます。伴の者は私の侍女でエブリンと申します」
「顔を上げろ」
私は命じられるままに、姿勢を正して面を上げた。
するとそこに立っていたのは、長いストレートの艷やかな黒髪に、燃え盛る炎のような、あるいは血のような紅い瞳。そして見上げるほどの長身に漆黒の衣装を纏った、この世の者とは思えないほど美しい男性だった。
「遠路はるばるご苦労、我が花嫁よ」
……この方が、黒焔公爵様……。私は緊張の為に、ごくりと喉を鳴らした。
「お初にお目にかかります。黒焔公爵様でいらっしゃいますか……?」
彼が纏う空気は、人を寄せ付けないような、見えない威圧感がある。震えそうになる声を、絞り出した。
「いかにも。私が極北の黒焔公爵アデルバート・グロリオサ。……お前の夫となる者だ」
そう言って、公爵様は僅かながら口角を上げた。微笑み、と言うには程遠いけれど、それでも私は少しだけ安心した。……とりあえず、いきなり追い返される事はなかったわ。
「珍しく陽が差しているが、それでも外は冷える。殊に王都から来た者の身体にはこの寒さは堪えるだろう。続きは部屋で話すぞ」
「え……きゃっ!」
公爵様の体が更に近寄って来たかと思うと、私の体が突然浮き上がった。あまりに唐突な出来事で、私は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
私の体は、公爵様によって横抱きに抱え上げられていたのだ。
家族以外の男性に触れられるのも初めてで、どうしていいのかわからない。
そんな私をよそに、公爵様はあろうことがそのまま城内へと歩き出した。
「お、お嬢様!」
エブリンと荷物を持った護衛達が慌てている。
「公爵様、お、降ろして下さい」
「……」
私の懇願に何も答えず、公爵様はどんどん進んでいく。公爵様は長身でいらっしゃるから、移動の速度が早いですし、視界も物凄く高くて怖い。
「降ろして下さいと申し上げたのが、聞こえてらっしゃらないのですか?」
私は勇気を出してもう一度お願いしてみた。
「……聞こえていたら何だと言うのだ」
「私、自分の足で歩けますから、降ろして頂きたいのです」
「長旅で疲れているだろう。大人しくしていろ」
私の意見などまるで聞く耳持たずだわ。初めから期待したのが間違いね。相手は、最恐将軍と畏れられる人嫌いの黒焔公爵様ですものね。
紙吹雪のように舞っていた雪が、いつの間にか止んでいた。
「近くで見ると、本当に立派なお城ね。ドラゴンが群れで襲ってきても耐えられそうだわ」
「物騒な事を仰らないで下さい。でも、確かに王城よりも堅牢そうですよね」
馬車を降りると、跳ね橋を歩いて渡り、まるで物見遊山に来たかのように辺りを見回しながら城門をくぐっていくと、いつの間にか分厚い雲にうっすら切れ間が出来て、そこから陽が差してきた。
しかも何の偶然か、ちょうどスポットライトのように、暖かな光の筋が私に当たる。……お天気には歓迎されているのかしら。
と。目の前に聳え立つ巨大なお城の扉の前に、男性が立っているのが見えた。光の加減で姿がよく見えないのだけれど、ゆっくりとこちらへ近付いてらっしゃる。
お城の方よね?出迎えに来て下さったのかしら。
失礼があってはいけないと思い、私は慌ててカーテシーをした。
「シャトレーヌ・スピラエラ伯爵令嬢とその伴の者で相違ないか?」
その方は、私の前で立ち止まった。使用人にしては、随分と高圧的な物言いね。……でも、今まで聞いたこともないくらいに低くて、よく通る声だわ。
「はい。私がスピラエラ伯爵家の長女シャトレーヌでございます。伴の者は私の侍女でエブリンと申します」
「顔を上げろ」
私は命じられるままに、姿勢を正して面を上げた。
するとそこに立っていたのは、長いストレートの艷やかな黒髪に、燃え盛る炎のような、あるいは血のような紅い瞳。そして見上げるほどの長身に漆黒の衣装を纏った、この世の者とは思えないほど美しい男性だった。
「遠路はるばるご苦労、我が花嫁よ」
……この方が、黒焔公爵様……。私は緊張の為に、ごくりと喉を鳴らした。
「お初にお目にかかります。黒焔公爵様でいらっしゃいますか……?」
彼が纏う空気は、人を寄せ付けないような、見えない威圧感がある。震えそうになる声を、絞り出した。
「いかにも。私が極北の黒焔公爵アデルバート・グロリオサ。……お前の夫となる者だ」
そう言って、公爵様は僅かながら口角を上げた。微笑み、と言うには程遠いけれど、それでも私は少しだけ安心した。……とりあえず、いきなり追い返される事はなかったわ。
「珍しく陽が差しているが、それでも外は冷える。殊に王都から来た者の身体にはこの寒さは堪えるだろう。続きは部屋で話すぞ」
「え……きゃっ!」
公爵様の体が更に近寄って来たかと思うと、私の体が突然浮き上がった。あまりに唐突な出来事で、私は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
私の体は、公爵様によって横抱きに抱え上げられていたのだ。
家族以外の男性に触れられるのも初めてで、どうしていいのかわからない。
そんな私をよそに、公爵様はあろうことがそのまま城内へと歩き出した。
「お、お嬢様!」
エブリンと荷物を持った護衛達が慌てている。
「公爵様、お、降ろして下さい」
「……」
私の懇願に何も答えず、公爵様はどんどん進んでいく。公爵様は長身でいらっしゃるから、移動の速度が早いですし、視界も物凄く高くて怖い。
「降ろして下さいと申し上げたのが、聞こえてらっしゃらないのですか?」
私は勇気を出してもう一度お願いしてみた。
「……聞こえていたら何だと言うのだ」
「私、自分の足で歩けますから、降ろして頂きたいのです」
「長旅で疲れているだろう。大人しくしていろ」
私の意見などまるで聞く耳持たずだわ。初めから期待したのが間違いね。相手は、最恐将軍と畏れられる人嫌いの黒焔公爵様ですものね。
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