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4.寝室にて
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そのままの状態で広い城内を移動し、とある部屋の前に辿り着いた。
公爵様はその扉を乱暴に開く。綺麗に整えられた室内は、落ち着いた雰囲気だった。
「ここは私達夫婦の主寝室だ。隣には居室もある。好きに使うがいい」
そこで初めて私は公爵様の腕の中から解放された。
でも、なぜいきなり主寝室なのかしら。普通は隣の居室だとか、お城の応接間だとかに通されるものが筋かと思うのですが、私はどうして寝室に連れてこられたのでしょうか。
「まずは旅支度を解くといい。お前の連れてきた侍女を呼ぶか?」
「簡単な着替えであれば一人でも大丈夫ですけれど、持参した荷物がなければ、着替えがございませんわ」
私がそう伝えると、公爵様はああ、と低く唸った。
「そちらの奥の衣装部屋に、少しだけ用意をしてある。お前のために仕立てたものだから遠慮はいらん。それから、他に必要なものがあれば用意させよう。では着替えが終わるまで、部屋の外で待っている」
「あ、ありがとうございます……」
思いの外の高待遇に、私は戸惑ってしまう。いくら自分で承諾したとは言っても、渋々迎えた花嫁なのだからもっと冷たくあしらわれると思っていたわ。
もやもやとしながら衣装部屋に足を踏み入れた私はそこで固まった。
少し、とおっしゃいましたよね?衣装部屋とは思えない広さの部屋を埋め尽くすほどのドレスが用意されているのですけれど。
公爵様をお待たせするのは心苦しいので、私はその中で目についた若草色のシンプルなドレスを選んだ。コルセットを締める必要がないものだったので、一人でも着替えられる。
……それにしても、デザインも色合いも私好みですし、服のサイズもまるで採寸したかのようにぴったりなのはどうしてなのかしら。
訝しげに思いながら公爵様をお呼びする。
「このような素敵なドレスをたくさんご用意頂き、ありがとうございます。でも、あんなにたくさん用意して頂いてしまって心苦しいのですが……」
「気に入らなかったか?」
公爵様が完璧な曲線を描く形のよい眉をピクリと動かした。
「いえ、どれも素晴らしいものばかりで、私のような者には……」
私がそう言いかけた瞬間、公爵様の深紅の瞳が鋭く光った。
「お前は、私の妻になる者だ。二度とそのように、己を卑下する事は許さぬ」
……怖い。美人か怒ると迫力があると言うけれど、そんなレベルの怖さではない。この方、魔法や武器を使わなくても、視線だけで魔物を殺せそうだわ。
その迫力に気圧されて、私は何も言い返せない。
「理解したのなら、返事をしろ」
「……はい」
懸命に絞り出した声は消え入りそうなほど微かなものだった。……何も睨まなくてもいいと思うのですが。
「怯えているな。私が怖いか」
公爵様が、まるで私を値踏みするかのように眺めているのを感じた。
怖くない、と言ったら嘘になる。今だって体が震えだしそうだ。でも、想像していたような残酷な方ではなかった事に安堵しているのもまた事実だ。
「怖いと思う気持ちと、そうでない気持ちが半分ずつ、でしょうか」
私は正直に答えた。
「そうでない気持ち?」
公爵様が少し意外そうに目を見開いた。
「噂で聞いていた黒焔公爵様は、人嫌いで残酷な方だと……。ですから、私はもっと冷たくあしらわれると思っていたのです。でも、公爵様はわざわざ出迎えまでしてくださって、こんなに素敵なドレスまでご用意下さっていたのが、少し意外で・・・」
公爵様の視線を感じ、私は口をつぐんだ。……少し正直に話しすぎてしまったかしら。
公爵様はその扉を乱暴に開く。綺麗に整えられた室内は、落ち着いた雰囲気だった。
「ここは私達夫婦の主寝室だ。隣には居室もある。好きに使うがいい」
そこで初めて私は公爵様の腕の中から解放された。
でも、なぜいきなり主寝室なのかしら。普通は隣の居室だとか、お城の応接間だとかに通されるものが筋かと思うのですが、私はどうして寝室に連れてこられたのでしょうか。
「まずは旅支度を解くといい。お前の連れてきた侍女を呼ぶか?」
「簡単な着替えであれば一人でも大丈夫ですけれど、持参した荷物がなければ、着替えがございませんわ」
私がそう伝えると、公爵様はああ、と低く唸った。
「そちらの奥の衣装部屋に、少しだけ用意をしてある。お前のために仕立てたものだから遠慮はいらん。それから、他に必要なものがあれば用意させよう。では着替えが終わるまで、部屋の外で待っている」
「あ、ありがとうございます……」
思いの外の高待遇に、私は戸惑ってしまう。いくら自分で承諾したとは言っても、渋々迎えた花嫁なのだからもっと冷たくあしらわれると思っていたわ。
もやもやとしながら衣装部屋に足を踏み入れた私はそこで固まった。
少し、とおっしゃいましたよね?衣装部屋とは思えない広さの部屋を埋め尽くすほどのドレスが用意されているのですけれど。
公爵様をお待たせするのは心苦しいので、私はその中で目についた若草色のシンプルなドレスを選んだ。コルセットを締める必要がないものだったので、一人でも着替えられる。
……それにしても、デザインも色合いも私好みですし、服のサイズもまるで採寸したかのようにぴったりなのはどうしてなのかしら。
訝しげに思いながら公爵様をお呼びする。
「このような素敵なドレスをたくさんご用意頂き、ありがとうございます。でも、あんなにたくさん用意して頂いてしまって心苦しいのですが……」
「気に入らなかったか?」
公爵様が完璧な曲線を描く形のよい眉をピクリと動かした。
「いえ、どれも素晴らしいものばかりで、私のような者には……」
私がそう言いかけた瞬間、公爵様の深紅の瞳が鋭く光った。
「お前は、私の妻になる者だ。二度とそのように、己を卑下する事は許さぬ」
……怖い。美人か怒ると迫力があると言うけれど、そんなレベルの怖さではない。この方、魔法や武器を使わなくても、視線だけで魔物を殺せそうだわ。
その迫力に気圧されて、私は何も言い返せない。
「理解したのなら、返事をしろ」
「……はい」
懸命に絞り出した声は消え入りそうなほど微かなものだった。……何も睨まなくてもいいと思うのですが。
「怯えているな。私が怖いか」
公爵様が、まるで私を値踏みするかのように眺めているのを感じた。
怖くない、と言ったら嘘になる。今だって体が震えだしそうだ。でも、想像していたような残酷な方ではなかった事に安堵しているのもまた事実だ。
「怖いと思う気持ちと、そうでない気持ちが半分ずつ、でしょうか」
私は正直に答えた。
「そうでない気持ち?」
公爵様が少し意外そうに目を見開いた。
「噂で聞いていた黒焔公爵様は、人嫌いで残酷な方だと……。ですから、私はもっと冷たくあしらわれると思っていたのです。でも、公爵様はわざわざ出迎えまでしてくださって、こんなに素敵なドレスまでご用意下さっていたのが、少し意外で・・・」
公爵様の視線を感じ、私は口をつぐんだ。……少し正直に話しすぎてしまったかしら。
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