黒焔公爵と春の姫〜役立たず聖女の伯爵令嬢が最恐将軍に嫁いだら〜

玉響

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8.黒焔公爵様との晩餐(2)

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食堂内はがらんとしていて、私達のほかは、給仕の使用人が二人だけだ。
楽しい晩餐とは言い難い、重苦しい空気を感じるのは、公爵様のオーラのせいだろうか。
それでも、私は懸命に公爵様に話し掛けた。
けれど返ってくる言葉は「ああ」か「そうか」のどちらかだけ。
やはり、打ち解けるのは難しいのかしら。
暫く沈黙が続き、メインのお料理が下げられ、デザートが運ばれてきた頃、突然公爵様の方が私に話し掛けてきた。

「イースボルの街は見たか?」
「はい。想像していたよりもずっと活気がある、素敵な街でしたわ。お昼に、スモーブローという食べ物をいただきましたが、とても美味しかったです」
「スモーブローか。イースボルの名物料理だな」
「塩漬けのサーモンとピクルスがとても相性か良かったです」
「黒焔公爵領は、短い夏の間に取れる食材を塩漬けや酢漬けにして保存するのが主流だからな」
「そうなのですね」

そう言えば、先程から運ばれてくるお料理にもピクルスが多いわね。
ちなみに実家であるスピラエラ伯爵家の領地の特産はフルーツと野菜。今度、日持ちがしそうなものを、送ってもらおうかしら。

「この土地は、一年の半分以上が雪に覆われ、常に魔物や異民族の襲撃の危機に晒されている厳しい土地だ。ここに来た以上はそれなりの覚悟を持ってもらいたい」
「覚悟、でございますか?」
「ああ。私は貴族だが、将軍職を賜っている軍人でもある。……つまり、戦いの中で命を落とす可能性もあるという事だ」

燭台の光を受けて、公爵様の高い鼻梁が顔に影を作っている。
深紅の瞳は、蠟燭の炎を宿して揺らめいていた。
本当に美しい人。こうして見ていると、まるで動く芸術品のよう。
こんな方が、戦場で敵の命を奪うなど想像が出来ない。

「……承知、いたしました」

何と答えるのが正解なのか分からず、返事をする。
聖女の仕事で、人の死を見たことは何回かある。
その方が苦しまずに逝けるように癒やしの魔法をかけるのが精一杯だったけれど、戦場での死は
おそらくそんな穏やかなものではないのだろう。

「でも、そうならないように私が公爵様に加護の魔法を授けます。私には、その位しか出来ないかもしれませんけれど……」

すると、公爵様はグラスに注がれた血のように赤いワインを、ぐいっと飲み干した。

「お前は、加護の魔法が使えるのか?」
「え、……ええ、聖女ですから。……おかしい、ですか?」

どうしたのかしら?聖女の中で加護魔法を使うのは、私一人だったけれど、そんなに珍しい力ではないはず。

「いいや、おかしくはないだろう。ただ、我が国においてはあまり使われていない魔法だ」

確かにそうね。聖女の価値は、結界の強さと大きさで決まる。私が作れる結界は、せいぜい自分の周囲くらいだ。
魔力の質も量も高いのに、いざ使うとなるとうまく行かない。それ故に、私は落ちこぼれの聖女という烙印を押されたのだから。

「……その力を、発揮してもらうこともあるだろう」
「承知致しました。私でお役に立てることなら……」

私は少し不安に思いながらも、返事をした。
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