黒焔公爵と春の姫〜役立たず聖女の伯爵令嬢が最恐将軍に嫁いだら〜

玉響

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87.シャトレーヌ(アデルバート視点)

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王都から、イースボルまでは馬車なら五日はかかるだろう。
陛下からの勅書には、その令嬢の好みや服の寸法などが事細かに記されている手紙が添えられていた。………どうやら王妃の差金のようだ。
さしずめ、スピラエラ伯爵夫人あたりに根掘り葉掘り聞き出したのだろう。………手紙に、ドレスの型紙まで付けられているではないか。ご丁寧な事だ。これは暗に、令嬢の好みに合わせて身の回りのものを用意しておけと言うことだろう。
私はすぐに城下町の全ての仕立て屋に、とりあえず、手紙に書かれていた通りのドレスを五十着程、三日で仕立てろと命じておいた。

私も社交界には数えるほどしか顔を出していないが、その令嬢もどうやら同じようだ。………余程容姿に問題があるのか?それとも、家が困窮しているのか?
貴族でありながら、十八になるまで婚約者もおらず、平民と共に仕事をしていると言うのだから、変わった娘なのだろう。
あちらも嫌々嫁いでくるのだろうから、せめて衣食住の保障くらいはしなければなるまい。

「いくら王命とはいえ、選ばれた令嬢も気の毒なことだ………」

私はまるで他人事のように、呟いた。


※※※※※

翌日。
この日も朝から雪がちらついていた。
予定通りなら、件の令嬢は昼頃には到着するだろう。
私はいつものように朝の鍛錬を済ませ、執務室で領主としての仕事を片付けていく。
少し休憩を取っていると、執事のオーキッドが入ってきた。

「失礼致します。旦那様、スピラエラ家のご令嬢が城下町に到着したとの知らせが参りました」
「………そうか」

私は溜息をつくと、机の上の書類を片付けた。
そして、無造作に纏めていた髪を解くと、立ち上がる。
それでも、出迎えくらいはしなければならないだろうと、重い足取りで城門の方へと足を向けた。
外へ出ると、いつの間にか雪が止んでいた。
珍しい事もあるものだ。
私は目を細めた。
その時だった。
城門を潜って、一人の少女が歩いてくるのが見えた。そして、すぐ後から侍女らしき少女が付いてくる。
突然、分厚い雲にうっすら切れ間が出来て、そこから陽が差してきた。
しかも何の偶然か、ちょうどスポットライトのように、暖かな光の筋が少女に当たったのだ。
蜂蜜のような色の金髪に、春の野に咲く菫の花のような色の瞳。可憐な少女だった。
女など、皆同じだと思っていた自分を嘲りたくなるほど、美しい。
私は何かに取り憑かれたかのようにゆっくりと令嬢に近寄っていった。
私の存在に気がついたのか、令嬢は慌ててカーテシーをした。

「シャトレーヌ・スピラエラ伯爵令嬢とその伴の者で相違ないか?」

私は令嬢の前で立ち止まった。

「はい。私がスピラエラ伯爵家の長女シャトレーヌでございます。伴の者は私の侍女でエブリンと申します」
「顔を上げろ」

私が命じると、令嬢………シャトレーヌは姿勢を正して面を上げた。
菫色の双眸が、私を捉えた。間近で見ると、聡明そうな顔立ちをしていることに気がつく。
私は柄にも無く、鼓動が早くなるのを感じた。

「遠路はるばるご苦労、我が花嫁よ」
「お初にお目にかかります。黒焔公爵様でいらっしゃいますか………?」

まるで、温かな南風のような声だった。
このシャトレーヌという令嬢は、春の女神の化身か何かなのだろうか。

「いかにも。私が極北の黒焔公爵アデルバート・グロリオサ。………お前の夫となる者だ」

そう言って、私は微笑む。
この娘を見ていると、何故こんなにも胸がざわつくのだろう。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。

「珍しく陽が差しているが、それでも外は冷える。殊に王都から来た者の身体にはこの寒さは堪えるだろう。続きは部屋で話すぞ」

シャトレーヌにもっと近付きたい。触れたい。
そんな気持ちが抑えられず、私はシャトレーヌを横抱きにすると、そのまま部屋まで運ぶことにした。

「公爵様、お、降ろして下さい」
「………」

私はシャトレーヌの懇願を聞き入れることなく進む。私の中で、炎の竜が動き始めたのを感じた。

「降ろして下さいと申し上げたのが、聞こえてらっしゃらないのですか?」
「………聞こえていたら何だと言うのだ」
「私、自分の足で歩けますから、降ろして頂きたいのです」
「長旅で疲れているだろう。大人しくしていろ」

シャトレーヌが嫌がっているのが分かったが、私は彼女を離すことができず、抱きかかえたまま部屋へと案内したのだった。
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