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番外篇10 護衛騎士の恋心(7 ドミニク視点)
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そんなある日。
宿敵とも言えるスネーストルムが攻め入ってきたとの知らせが届いた。
イースボル城内に、緊張が走ったのは言うまでもない。
スネーストルムは、この地を雪と氷に閉ざされた呪われた大地にした憎き奴らだ。
この土地で育った子供は皆、スネーストルムは悪なのだと教えられる。
だから奴らが攻めてきたと聞くだけでもこんな雰囲気になる。
ぴりぴりとしたこの空気感は久しぶりだ。そういえば奥方様が嫁いでこられて以降に奴らが攻め入ってきたのは今回が初めてだな。
俺はそんな事を考えながら奥方様の後ろでぼんやりとしていると、突然奥方様が黒焔公爵様に駆け寄っていくのが目に入る。
「アデルバート様、お願いがございます。……私を、一緒にお連れください」
その言葉に俺は驚いて、弾かれたように奥方様を見た。
「駄目だ。危険すぎる」
すぐさま反応した黒焔公爵様の返答は予想通りのものだった。
「何故です?」
「我々は、戦いに行くのだ。女を伴ってなど、行けぬ」
「……アデルバート様。確かに私は女です。でも、男性に守ってもらうだけの存在ではありません。お忘れかもしれませんが私はアデルバート様の妻である前に、聖女です。共に戦う事が出来ます」
奥方様は黒焔公爵様の毅然とした態度にも引き下がる素振りは見せず、信じられないくらいに堂々としていた。
「……しかし」
「聖女は、騎士と共に戦に出かけるのは日常茶飯事でしょう?私がアデルバート様の妻だからと、それを理由に出来るとは思えません」
最恐将軍と謳われる黒焔公爵様に向かって真っ直ぐに意見を述べる奥方様。
………エブリンさんが、この方を尊敬しつつも心配する理由が、とても良く分かるな。
自分の事よりも、他人を優先してしまう人なんだろう。
「そもそも私が貴方の許に嫁ぐことになったのは、『聖女ならば妻を娶ってもいい』とアデルバート様自身が陛下に伝えたからです。アデルバート様が聖女を妻に望んだのは、こうした討伐の為ではないのですか?」
危険を承知で、ご自身の役目を全うしようとしてらっしゃるのだろう。
その責任感の強さは素晴らしいな。
「しかしお前を危険な目に遭わせる訳にはいかぬ」
「……先程も申し上げましたが、私は聖女です。王都にいた頃も討伐に同行した事はありますし、守って貰う必要はありません。決して足手まといにはなりませんから、私をお連れください」
そんな奥方様の必死の訴えにも、黒焔公爵様は全く聞く耳を持たない様子だった。
奥方様の事が、余程大切なんだろう。
でも、大切に城の奥で守る為にこの方を娶った訳じゃないだろう。
それに、何よりご本人が『聖女』として我々の力になってくれると仰っているのに、それを拒絶するなんていつもの黒焔公爵様らしくない。
俺は腹の奥で微かな苛立ちを覚えた。
「黒焔公爵様、奥方様は俺がきっちりとお守りしますから、同行させてもいいんじゃないですか?」
気がつくと、口をついてそんな言葉が飛び出していた。
「……」
当然だが、俺の言葉にも黒焔公爵様は僅かに眉を動かしただけで、厳しい表情は変わらない。
「奥方様が同行してくだされば、騎士だって安心して戦えるのは事実でしょう?それに、黒焔公爵様が留守の間に、別の異民族がイースボルを襲う可能性だって否定できないし、城にいたっていつ暗殺者が奥方様を狙うか分からない。それであれば、どこにいたって危険なのは変わらないと思いますけど」
一気にそう捲し立てると、黒焔公爵様は目を閉じて、溜息をついた。
黒焔公爵様の周りの空気が、瞬時に十度位下がった気がする。
「……好きにしろ」
黒焔公爵様は不機嫌を隠そうともせず、ただ一言そう告げると、マントを翻してその場から立ち去っていったのだった。
ついあんなことを口走ったせいで、奥方様の希望通り、許可は下りたけれど………エブリンさんは心配するだろうな。
彼女の顔が脳裏に浮かび、俺は奥方様の力になれたという達成感と、エブリンさんへの罪悪感の狭間で彷徨う心を抱え、黒焔公爵様が出ていった扉をじっと見つめるのだった。
宿敵とも言えるスネーストルムが攻め入ってきたとの知らせが届いた。
イースボル城内に、緊張が走ったのは言うまでもない。
スネーストルムは、この地を雪と氷に閉ざされた呪われた大地にした憎き奴らだ。
この土地で育った子供は皆、スネーストルムは悪なのだと教えられる。
だから奴らが攻めてきたと聞くだけでもこんな雰囲気になる。
ぴりぴりとしたこの空気感は久しぶりだ。そういえば奥方様が嫁いでこられて以降に奴らが攻め入ってきたのは今回が初めてだな。
俺はそんな事を考えながら奥方様の後ろでぼんやりとしていると、突然奥方様が黒焔公爵様に駆け寄っていくのが目に入る。
「アデルバート様、お願いがございます。……私を、一緒にお連れください」
その言葉に俺は驚いて、弾かれたように奥方様を見た。
「駄目だ。危険すぎる」
すぐさま反応した黒焔公爵様の返答は予想通りのものだった。
「何故です?」
「我々は、戦いに行くのだ。女を伴ってなど、行けぬ」
「……アデルバート様。確かに私は女です。でも、男性に守ってもらうだけの存在ではありません。お忘れかもしれませんが私はアデルバート様の妻である前に、聖女です。共に戦う事が出来ます」
奥方様は黒焔公爵様の毅然とした態度にも引き下がる素振りは見せず、信じられないくらいに堂々としていた。
「……しかし」
「聖女は、騎士と共に戦に出かけるのは日常茶飯事でしょう?私がアデルバート様の妻だからと、それを理由に出来るとは思えません」
最恐将軍と謳われる黒焔公爵様に向かって真っ直ぐに意見を述べる奥方様。
………エブリンさんが、この方を尊敬しつつも心配する理由が、とても良く分かるな。
自分の事よりも、他人を優先してしまう人なんだろう。
「そもそも私が貴方の許に嫁ぐことになったのは、『聖女ならば妻を娶ってもいい』とアデルバート様自身が陛下に伝えたからです。アデルバート様が聖女を妻に望んだのは、こうした討伐の為ではないのですか?」
危険を承知で、ご自身の役目を全うしようとしてらっしゃるのだろう。
その責任感の強さは素晴らしいな。
「しかしお前を危険な目に遭わせる訳にはいかぬ」
「……先程も申し上げましたが、私は聖女です。王都にいた頃も討伐に同行した事はありますし、守って貰う必要はありません。決して足手まといにはなりませんから、私をお連れください」
そんな奥方様の必死の訴えにも、黒焔公爵様は全く聞く耳を持たない様子だった。
奥方様の事が、余程大切なんだろう。
でも、大切に城の奥で守る為にこの方を娶った訳じゃないだろう。
それに、何よりご本人が『聖女』として我々の力になってくれると仰っているのに、それを拒絶するなんていつもの黒焔公爵様らしくない。
俺は腹の奥で微かな苛立ちを覚えた。
「黒焔公爵様、奥方様は俺がきっちりとお守りしますから、同行させてもいいんじゃないですか?」
気がつくと、口をついてそんな言葉が飛び出していた。
「……」
当然だが、俺の言葉にも黒焔公爵様は僅かに眉を動かしただけで、厳しい表情は変わらない。
「奥方様が同行してくだされば、騎士だって安心して戦えるのは事実でしょう?それに、黒焔公爵様が留守の間に、別の異民族がイースボルを襲う可能性だって否定できないし、城にいたっていつ暗殺者が奥方様を狙うか分からない。それであれば、どこにいたって危険なのは変わらないと思いますけど」
一気にそう捲し立てると、黒焔公爵様は目を閉じて、溜息をついた。
黒焔公爵様の周りの空気が、瞬時に十度位下がった気がする。
「……好きにしろ」
黒焔公爵様は不機嫌を隠そうともせず、ただ一言そう告げると、マントを翻してその場から立ち去っていったのだった。
ついあんなことを口走ったせいで、奥方様の希望通り、許可は下りたけれど………エブリンさんは心配するだろうな。
彼女の顔が脳裏に浮かび、俺は奥方様の力になれたという達成感と、エブリンさんへの罪悪感の狭間で彷徨う心を抱え、黒焔公爵様が出ていった扉をじっと見つめるのだった。
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