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1巻
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しおりを挟むプロローグ
「それじゃあ、お疲れ様でしたー!」
タイムカードにサインをもらうと、私は高らかに挨拶をし、ダッシュで外へ飛び出した。
七月下旬。バイト先であるこの大学構内のカフェは、大学が夏休みを迎えると同時に長期休業に入ってしまう。でもそれが、私にとっては大変都合が良いのだ。
キャンパス内を歩きながらスマホを取り出し、いつものSNSのアイコンをタップする。そして私のハンドルネームの入ったページを開き、書き込みを始める。
梨世@サマコミ二日目東657z
仕事おわった~!! サマコミまであと二十六日! 気合い入れるぞおおおお(^o^)
サマコミ――正式名称サマーコミックスタジアム。それは、年に一度のオタクの祭典である。
その日、世のオタク達は巨大なホールに集結し、同人誌を売買しては交流を深める。その規模は年々大きくなり、今やニュースでも取り上げられるほど。
なのでその一ヶ月ほど前ともなれば、オタク達は夜を徹して漫画を描いたり小説を書いたり、グッズを作ったりと、まぁ準備に余念がない。
かくいう私もその一人。ただし私の場合、作るのは本でもグッズでもない。
衣装、なのである。
そう、私はコスプレイヤー。
コスプレイヤーとは、コスプレする人のこと。最近ではレイヤーっていう略称もある。
で、コスプレっていうのは、アニメやゲームのキャラクターの服を着て、そのキャラクターに扮することである。オタク系のイベントでは、そんなコスプレイヤー達の華やかな衣装も見どころの一つなのだ。
アニメやゲームのキャラに扮すると言うと、なんだかマニアックな印象だけど、コスプレを侮ってはいけない。今やコスプレの文化は世界的な広がりを見せ、三十近くもの国が参加する国際的なイベントまであるほど。品質だって、もはや映画の衣装顔負けと言っていい。服はもちろん、武器や鎧、角や翼といったオプションまで、まるで画面からそのまま抜け出てきたように、本物そっくりに仕上げるのだ。
本物と言っても、元は二次元のイラストだから、構造が謎だったり、再現がそもそも不可能だったりする物もある。そこを試行錯誤して、なんとか自分なりに表現してみせるのが、コスプレイヤーの腕の見せどころだ。
今ではコスプレ衣装を扱う専門業者もあるけれど、私はあくまで自作派。衣装を作るためのハウツー本やネット講座、他のコスプレイヤーさんの技術を参考にしながら、何度も縫い直し、自分の納得のいく物を完成させる。その時の達成感がまた格別なのだ。
……なーんてかっこつけてしまったけど、実は業者にお願いするだけの資金力がないっていう世知辛い事情もあったりするんだけどね。
「ただいまー」
仕事場から家までは、地下鉄を使ってだいたい十五分くらい。家といっても独り暮らしなので、ただいまーなんて言ったって返事はない。
実家は田舎。オタク系イベントなどろくになく、県外のイベントに参加すると交通費がかなり痛い。そのため、高校卒業と同時に思い切って単身上京したというわけ。親は放任主義なので特に止められることもなく、それどころか時々食料とか送ってくれる。上京して六年、専門学校を卒業し、現在バイトで生計を立てている身には非常にありがたい。
パチリと電気をつけると、見慣れた部屋が照らし出される。玄関から部屋全部が見渡せる1Kマンション。築十五年、日当たり悪し壁は薄しの格安物件。これといって特筆するところのない普通のマンションだけど、一つ、とっても気に入ってるのは、大きなクローゼット付きなこと。
狭い玄関を上がって、頑張ってDIYしたキッチンを通り、ベッドに鞄を放り投げる。
ベッドに机、テレビという必要最低限の家具しかない部屋の中で、一つだけ目立っているトルソー。トルソーっていうのは、よく服屋さんにあるような、胴体部分だけのマネキンのことね。そのトルソーは、まだなんにも着てないすっぱだか。
そう。まだトルソーに着せられる服ができていないのだ。
しかし! まだサマコミまで一ヶ月弱ある。その間、ちょこちょこ日雇いのバイトはするつもりだけど、基本的にお仕事はない。これから頑張って作るぞー!
さあ、さっそく作業開始だ。
まずモチベーションを高めるため、今作ってる衣装のキャラが登場するアニメ、『ミッシング†ナイト』、通称『M†N』の主題歌を口ずさむ。あ、壁が薄いから、お隣に配慮して小声でね。
このアニメ、去年放映された勇者VS魔王もの。一度最終回を迎えて放映終了したんだけど、デザイン性の高いキャラコスチュームが人気を博し、『ミッシング†ナイト セカンドシーズン』の製作が決定したのである!
新シーズン始動に当たりキャラクターの衣装も一新され、そのデザインが先月ネットでも発表された。今年のサマコミは、きっと『M†N』の新衣装で来るコスプレイヤーも多いことだろう。かく言う私もその一人。『M†N』に出てくる魔王の僕、邪神を崇める女神官のコスプレをするつもりだ。
でも、一番好きなのはやっぱり魔王のキルフィールド・アンゴルモア様! あの残忍冷酷超ドS俺様キャラが私のど真ん中直撃。勇者グレンもすごい人気だけど、私は断然キル様派だね。
私はうっとりとキル様の雄姿を思い浮かべつつ、クローゼットに手をかける。
作業前に、クローゼットに保管してある衣装達を眺めるのが私の習慣。今まで作った作品は我が子に等しい。
思えば色んな衣装を作ったものだ。前回作ったドレスなんかは、本当に苦労した。装飾はそんなに多くないけど、スカートのドレープが綺麗に出なくて、何度やり直したことか。胸元のスパンコールも、一つ一つ手で縫いつけている間に夜が明けて、目にクマを作ったっけ。でも妥協しなかったおかげで、かなりクオリティの高い上品なドレスに仕上がったと思う。あ、タック付けにも苦労したな。あれは今回の衣装にも使うから、もう一回見て思い出しておこう。
なんて考えながら、クローゼットを開いた……のだが。
「な……何よこれーーーーーーーーーーーーー!?」
上下左右の部屋から苦情確実。私は大声を出してクローゼットの前で立ちすくんでしまった。
その中には、私がこれまでイベントで着た衣装達が並んでいるはずだった。人に譲った物もあるけれど、少なくとも十着くらいはあったはず。なのに、それが影も形もなくなっていたのだ!!
それだけなら空き巣かとも思うのだけど、いや、だとしたらものすごくマニアックな泥棒だけど!
おかしいのはそれだけじゃなくて、クローゼットの中には見覚えのない服が並んでいたのだ。それも、男物。
一瞬、本気で部屋を間違えたのかと思った。でも咄嗟に振り返った私の目に映るのは、やっぱり私の部屋。自作トルソーのある部屋なんて、このマンションじゃ私のとこだけだろうし。そもそも鍵を開けて入ってきたんだから、間違いのはずないよね。コスプレ衣装を盗んでいって、男物の服を代わりに置いていく……そんな変な泥棒ってあり? マニアックなんてレベルじゃないよ?
それにしても……と、改めてクローゼットの中を見る。
……なんか、ダサイ服ばかりだなぁ。中年のオッサンが着るような地味なトレーナーやスラックスばっかり。そう思い、何気なくハンガーの一つに手を伸ばした時だった。
ふわっと体が浮き上がり、右手が何かに引っ張られるかのように、すごい勢いでクローゼットの中に引きずり込まれる!
「きゃあああああああああああ!?」
為す術もなく、クローゼットの中に吸い込まれていく私の体。
ぶつかる! と思って目を閉じたけど、ぶつからない。おかしい、クローゼットがこんなに広いわけないのに。
恐る恐る目を開けてみると、周囲は真っ暗。引っ張られる感覚はもう消えていたけれど、今度は平衡感覚がない。足の下には地面の感触もない。上も下もわからない。
わけもわからず、クローゼットの中(?)を泳ぐようにもがく私。すると、真っ暗な視界に突然一筋の光が差した。
――そして。
ドスン!
唐突に平衡感覚が戻り、私の体は光の中に投げ出された。
衝撃は感じたものの、痛みがそれほどなかったのは、ふかふかのカーペットの上だったからか。
……カーペット? 私の部屋はフローリングで、こんな上質なカーペットなんて敷いたこともないはずだけど。
「ここ……どこ?」
思わず、そんな言葉を零していた。私は、確かに自分の部屋にいたはずなのに。目の前に広がるのは、見慣れた狭い1Kマンションではなくて。
その十倍はあろうかという、ひろーいひろーい部屋だった。見覚えなんて全くない。
床にはふっかふかの真っ赤なカーペット。こんなに毛足が長いのに、チリ一つ絡んでいない。
その上にはダブルベッドの二倍くらいありそうな、大きなベッド。私の部屋には入りそうもない。
そして大理石のようなツヤツヤの石でできた、高級そうな机。
壁のあちこちには凝った細工の銀の燭台がついていて、その先では紫色の炎が揺れていた。
うん。ベッドと机はまだいいわ。けどこの燭台は怪しい。普通の人の部屋には普通、紫の炎が灯る燭台なんてない。自作トルソーがデンッと置いてある私の部屋も普通の人から見たらなかなか怪しいだろうけど、この部屋の主はそれ以上にマニアックだわ。
それとも、ここは撮影用のスタジオか何かかしら? 最近ではコスプレ撮影用のスタジオも増えてきたって聞くけど……
そんな怪しい部屋だけど、一つだけ。たった一つだけ、見覚えのある物があった。
それは、私の背後にあったクローゼット。ううん、厳密に言うとその中身。振り返った私は、思わず「あっ」と声を上げてしまった。
クローゼット自体は机と同じ石造りで、髑髏とか目玉とか禍々しい装飾がごてごてとついた怪しい物だ。開いた扉から服が掛かっているのが見えなければ、一見してクローゼットとはわからなかっただろう。いやいやそんなことはどうでもいい。その、掛かってる服が問題。
それは、どれもこれも私が作ったコスプレ衣装だった。自分で作ったんだから間違えようもない。この世で唯一無二の衣装達。
咄嗟に一つ、手に取ってみる。……手を伸ばしてしまってから一瞬焦ったけれど、今度は吸い込まれるようなことはなかった。
……うん、間違いない。やっぱりこれは私が作った物だ。縫製の仕方、飾りのつけ方、イベントで汚してしまった箇所。こんなところまで全部一緒な衣装なんて、どこを探したってあるわけない。
でも、じゃあなんで私のコスプレ衣装が……こんな見覚えのない部屋に?
よく見ると、クローゼットの外側は石造りだけど、内側は私の部屋と同じ木製だった。下に引き出しがついているのも同じ。開けてみると、やっぱり私の普段着が入っていた。つまりクローゼットの中だけが、私の部屋の物と同じなのだ。
まるで……クローゼットの中身だけが、入れ替わってしまったかのように。
私がそんな考えに行きついた時だった。
「そこで何をしている?」
食い入るようにクローゼットの中を見ていた私の背後で、突然声がした。
さっきまで誰もいなかったのに。足音もしなかったし、何の気配もしなかったのに。
恐る恐る振り返ると、黒髪ショートの青年が、いつの間にかすぐ傍に立っていた。
「だ……誰?」
「それはこちらの台詞だな。ここは俺の部屋だ。人の部屋に勝手に侵入した貴様こそ誰だ」
真っ赤な瞳に射抜かれて、私は思わず後ずさった。かかとがクローゼットにこつんと当たる。
何、カラコン? やっぱりここはスタジオで、この人レイヤー?
ううん……でも……
赤い瞳は、とってもミステリアス。切れ長の目に通った鼻筋。抜けるように白い肌は肌荒れとは無縁そう。それらが絶妙なバランスで配置された顔だちは、日本人離れしててすごく綺麗だけど。
――着てる服が、その全てを台無しにしている。
中年のオッサンが着てるみたいな、グレーのトレーナー。そして、下はどう見てもジャージ。端整な顔とは不釣り合いもいいところで、首から下はまるっきり休日のお父さんである。コスプレイヤーだとしても、メイクだけ済ませて着替えがまだってこと?
「どうした、早く答えてみよ。答えぬのなら……」
「ああっ、あの、ええと……私にもわからないんです。自分の部屋のクローゼットを開けて、気が付いたらここにいて」
通報しそうな勢いで黒髪赤目のおにーさんが迫ってきたので、私は慌ててありのままを話した。
「本当なんです。自分のクローゼットの中に見覚えのない服があって。不思議に思ってよく見ようとしたら、クローゼットに吸い込まれちゃって。その証拠になるかはわからないですけど、ほら、この中に私の服があるでしょ?」
うっ、我ながらひどく支離滅裂なことを言ってるな。正直に話してるだけなのに。
こんなんじゃ納得してもらえそうもない……
と思いきや、そうでもなかった。彼は赤い瞳をついっと私の後ろのクローゼットへと向ける。
「ふむ……確かにこんな服は、俺のクローゼットにはなかった」
そりゃそうでしょうよ。マニアックな趣味は部屋を見ればわかるけど、さすがにこのおにーさんがこの衣装を見て「これは俺が普段着てる服だ!」とか言ったらドン引きするわ。
まあ、それ以前にこの人かなりの長身だし、私は普通体型の女性。サイズが合わないのは一目瞭然。彼がこの服を自分のだと言うには無理がある。
「ね、不思議ですよね。まるで、クローゼットの中身が入れ替わったみたいで……」
「事実、そうだろうな」
彼はクローゼットに近付くと、私の服に触れた。
「かすかに魔力の淀みを感じる。それが空間の歪みを引き起こしてしまったのだろう」
「空間の……歪み?」
何そのファンタジー。いや、でも、クローゼットの中身だけが入れ替わってしまうなんてこと自体、日常では有り得ないわけだけれど。
「あの……もしかして、もしかしてですよ?」
「何だ」
「ここは日本じゃないとか言いませんよね?」
「ニホン? なんだそれは」
待って待って待ってーーー。ドバーッと冷や汗が出てきましたよー。
いや、待って待って。落ちついて自分。
「で、でも、おにーさん、日本語喋っていますよね?」
「言語が通じることを言っているのならば、当然だ。この城には多数の種族がいる。もちろん言語も異なる故、不便のないよう意思疎通が可能になる魔法を城全体に掛けている。言語を持たぬ種族でもない限り、意思疎通ができぬということはない」
城。ここ城なんですか?
確かに、部屋は広いし家具もカーペットも上質そうだし納得~、って納得できるか!
と脳内セルフ突っ込みをしてしまうくらいには混乱している。
「えっと……つまり、ここはどこなんでしょう……」
「死の国トゥオネラ。ここはそのトゥオネラを統べる魔王の居城――すなわち、魔王城である」
――という設定でキャラコスのスタジオ撮影をやっていまーす☆
って雰囲気では……なさそう。
トゥオネラなんて国も、魔王が治める国なんてのも、当然ながら聞いたことなんてなく。
つまり、ここは日本でもなければ地球でもない、全く違う世界……ってこと? そんなの困る!
「か、帰ります!」
叫びながら、私はクローゼットに頭を突っ込んだ。クローゼットに吸い込まれてここに来たのだ。もう一度クローゼットに入れば、元の世界に帰れるはず!!
……しかし、現実はそう甘くなかった。
あの吸い込まれるような感覚も、浮遊感もない。何も起こらない。
「え、うそ、なんで?」
衣装を押しのけ、頭だけでなく体ごとクローゼットに入る。やっぱり何も起こらない。ただのクローゼットの中。焦る私の背中で、嘲笑が聞こえた。
「無駄だ。今ここから感じる魔力はごく微量。空間を歪めるほどの力ではない。恐らく一時的な現象だったのだろう。……しかし、異空間の存在は把握していたが、異世界の者がこちらに来るなど初めてだ。何故……」
「そんな……だったら、次は、次はいつ繋がりますか!?」
クローゼットの中から、おにーさんを見上げて問いかける。おにーさんは何か考え込んでいたようだけど、私が声を上げると小馬鹿にしたようにこちらを見下ろしてきた。
そして、絶望的な言葉を投げつけてくる。
「空間の歪みが自然に発生するなど、今まで聞いたこともないな。いくつもの要因が重なった上で、奇跡的に起こったことと見ていいだろう。恐らく次はない」
「そ、そんな……じゃあ、私はどうやって元の世界に帰れば……」
「よもや帰れるなどと思ってはいまいな?」
冷たい声が、ぴしゃりと私を打ち据える。
「気まぐれに問答に付き合うのもここまでだ。さて、ニンゲンの分際で我が居城へ立ち入った報いを――」
彼の声はもはや頭に入ってこない。涙が溢れ、その姿も霞んで見えた。
「泣いて命乞いか? いいぞ、無様に泣き叫ぶが良い」
アニメの悪役みたいな台詞を吐かれた気がするが、それすら耳をすり抜けていく。
私は転がるようにクローゼットから飛び出し、ただただ己の切なる願いを口にした。
「困ります!! 私を日本に帰して下さい!」
「クク……家族に会いたいか? それとも友か? 恋人か?」
綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべ、彼が問いかけてくる。
その問いに、私は力いっぱい、こう答えていた。
「サマコミです!」
おにーさんの赤い瞳が、点になった。
「サマ……コミ? 人の名前か?」
「違います我が国最大級のオタクの祭典です!! 年に一度の祭です! この日までに最高のコス衣装を完成させなければならないんです! 抽選にも受かってスペースも取れてるんです! 今年は神レイヤーも多く参戦するはずできっとキル様コスの人もいっぱいいて、だから、帰れないと困るんです! とても困るんです!!」
私の涙ながらの訴えに、おにーさんは渋面になって頭を押さえた。
「魔法が発動してないのか……? 急に言語の理解に障害が……」
「なんとか帰る方法はないんでしょうか? このクローゼットの中をもう一度入れ替える方法はないんですか!?」
恥も外聞もあったもんじゃない。ドン引きされようが気にしてる余裕もない。家族は田舎の実家にいるし、バイトは長期休業に入ったばっかだし、しばらくは大丈夫。でもサマコミは待ってくれないのだ。サマコミ自体に間に合っても、衣装が間に合わなければ意味がない。異世界の魔王城で捕まってる場合ではないのだ。
泣いて縋りつく私の形相にちょっと引いてるおにーさん。だけどすぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「俺を誰だと思っている? 空間を少しばかり歪めるぐらい俺の力を以てすれば訳もないこと」
パァァァァーーーー
希望の光が今、差し込んだ!!
今、私にはおにーさんが輝いて見える。服はダサいけど顔は美形、いや、ものすごく美形だし、とてもいい人だ、服はダサいけど!!
「お……お願いします!! 今すぐ私を元の世界に戻して下さい! ついでにクローゼットも元に戻して下さい!」
「断る」
ピシィッ! と間髪をいれず叩きつけられた無慈悲な答えに、私は石化した。
そんな私を愉快そうに見下ろし、彼は意地の悪い笑みを浮かべて口を開く。
「俺は魔王だ。何故貴様のごときニンゲンの小娘の願いなぞ聞き入れなければならん。ここまで戯言に付き合ってやったが、それも終いだ」
魔王。
そっか。さっき魔王城って言ってたもんね。
そりゃ魔王がいてもおかしくない。おかしくないけど。
「うそでしょ?」
「何故そう思う? トゥオネラの魔王と言えば、俺を置いて他にはおらぬ」
「だって……だって……私の知ってる魔王様は……」
こんなダサい服着てません!!
という言葉を、私はすんでのところで呑み込んだ。
だって魔王と言えば、漆黒の長いマントとか髑髏のアクセサリーとか禍々しい杖とか装備してて、翼が生えていたり角が生えていたりとか、なんかこう、邪悪な何かが漂ってくるもんじゃないの?
いや、確かに顔だけ見ればね。ちょっと陰鬱そうな美形で、なんか私の愛するキルフィールド様っぽいし、黒髪赤目とかも禍々しい感じはする。
でも、それを全て台無しにするこのオッサンコーディネート! 禍々しさの『ま』の字もないわ! 魔王失格です!
――と、ここまで頭の中でメガホン持って叫んだけれど、まさか本人の前で口に出すわけにもいかず。
今のところ、彼が……魔王が家に帰るための唯一の頼みの綱。気分を害されても困る。この世界ではこの装いが超ハイセンスデザインなのかもしれないし。
「と、とにかくお願いです神様魔王様! どうか一刻も早く私を元の世界に戻して下さい! 一生のお願いです!! なんでもしますから!」
「……ほう?」
ひたすら拝み倒す私を見て、魔王が興味ありげな声を漏らす。
「なんでも、とは? 貴様が何か俺に有用なことができるとでも?」
う……嫁入り前の女性が、男性に対して軽々しいことを言うものではなかった……
とはいえ幸か不幸か、私は決してナイスバディでも美人でもない。魔王様のお気に召すとはとても思えない。聞き返すその声が、多分に嘲りを含んでいるのもそのせいだろう。
何も言えない私を見て、魔王の顔から笑みが消える。
そして、ぞっとするほどに冷たい顔をして、氷点下の声を紡いだ。
「さらばだ、ニンゲンの小娘よ。我が前に現れた不運を嘆きながら消えるがいい」
魔王が手を掲げると、突然燭台の炎が風に煽られたように揺らめき始めた。薄暗かった室内が、さらに暗さを増していく。
パシッと、魔王の手の周りで火花が弾けた。まるで、強力な魔法が炸裂する前触れのように。
――ううん。〝まるで〟じゃなくて、きっと実際にそうなるんだ。
ああ、駄目だ。私、殺されてしまう。
そう思った瞬間、乾いた私の唇から声が滑り落ちていた。
「――待って下さい! 服! 私、あなたの服を作ります!」
魔王の手の中で膨れ上がりつつあった光が、その動きを止めた。
無意識に発した言葉だけど、そうだ、これしかない。
私は震える手をなんとか動かして、クローゼットの中の衣装を指し示した。
「この服は全部私が作った物です。これは自分が着るために作った物ですけど、これから魔王様のために作ります! 魔王様に相応しい、唯一無二の服を!」
魔王はクローゼットを見やり――並ぶ衣装達にマジマジと視線を這わせた。
そして少し俯き、何か考えるような素振りを見せ――やがて、ふっと、手の中の光を消した。
腰が抜けて、私はへなへなとその場に崩れ落ちてしまう。魔王はそんな私の傍に膝をつき、再び冷酷な笑みを浮かべて私の顔を覗き込んできた。
「貴様、名はなんと言う?」
「え……と、り、梨世……」
唐突に名を聞かれ、咄嗟にハンドルネームを名乗った。
だって魔王に本名教えたら、それ使って呪われそうじゃない? なんとなくだけど。
でも彼は、特に魔法を使う様子など見せず。
「よかろう――リセ。貴様に三日の時を与える。それまでに俺を満足させるような服を仕立てることができたなら、貴様を元いた世界に戻してやってもいい」
――どうやら、チャンスを与えてもらえたようだ。
「だが、俺を失望させる出来なら――その時は、魔物の餌にでもなってもらおうか。今ここで俺に殺される以上の恐怖と苦痛を伴うだろうがな」
その言葉に背筋が震える。
本当に、この人は魔王なんだ。
この人は私が恐怖するのを楽しんでいる。私の顔が引きつった時、彼の笑みは心底愉快そうだった。
それから彼はすっと立ち上がり、私に背を向けた。そして、
「マギ」
と、名前のようなものを口にする。
すると突然、空中から人が現れて、魔王の足元に跪く。
0
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